124P/Mrkos P=5.6years
Klet天文台の Antonin Mrkos は、1991年3月16.69日と17.04日に撮影した写真に高速で移動する15等の天体を発見した。このときは小惑星か彗星かはっきりしなかったが、
Mrkosが翌日に彗星であることを確かめた。パロマーにシュミットカメラには14等の彗星状で写っていた。さらに、串田氏と村松氏は発見前の16日と17日の写真に14等で写って
いることを見つけた。...from Kronk's web page
アントニーン・ムルコス(1918年1月27日(?)−
1996年5月29日)はチェコの天文学者である。ストシェムホビー(St?emchovi)で生まれた。1938年にBrno大学に入ったが、
第二次世界大戦が勃発して研究は中断された。1945年にスロバキアにあるスカルナテー・プレソ天文台のスタッフになり、彗星発見などで活躍した。1957d彗星は明るくなった
ので有名。
1957-1959年のソビエトの南極探検に加わって南極点に到達。1961-63年にもチェコスロバキアの南極探検隊の隊長となってオーロラなどを観測した。その後、誰かが彼を殺
そうとしてミネラルウォーターの瓶の中に濃縮した洗剤を入れた瓶をまぜてあったので彼は3度目の南極観測に行けなくなったばかりか、それ以後固形物は食べられなくなっ
た。
1966年から1991年の間、ムルコスはKlet天文台の指導者であった。1968年から写真観測を始め、1977年には小惑星観測に乗り出した。長年にわたり小惑星センターへデータ
を送り続け、1985年から1988年の間は第6委員会の会長であった。発見した彗星は13個で、4つの周期彗星(18D/Perrine-Mrkos, 45P/Honda-Mrkos-Pajdusakova, 124P/Mrkos
and 143P/Kowal-Mrkos.)が含まれ、C/1957P1という明るい彗星もあった。小惑星は273個発見したが、アモール群の5797番ビボイBivojとトロヤ群の3451番メントルMentorが含
まれる。アイルランドの歌手エンヤEnyaの名前がついた小惑星6433番エンヤ、小惑星9007番ジェームスボンドもムルコスが発見した小惑星だ。小惑星1832番は彼の名前が付け
られている。....wikipediaなど
■2008年の回帰 T = 27.2107 Apr. 2008
■1996年の回帰 P/1995 S3 (MRKOS) ,T = 1996 Nov. 9.0771 TT
★ iauc6250によると、C. W. Hergenrother と W. Offutt は9月20日にこの彗星を検出した。彗星は10月21日に20.2等と報告されている。近日点通過は96年11月。=== aids 148 1995 Oct.12-Nov.06
Circular No. 6250 COMET P/1995 S3 (MRKOS)
■1991年 1991k P/Mrkos

パロマのHelinらが3月16日に撮ったフィルムからAntonin
Mrkosが15等の高速で移動している物体を発見したのがこの彗星です。ムルコスによるとその天体は中央集光があって拡散していたそうである。このあたりの発見事情については天文ガイド9106に詳しい。
その後の観測から放物線軌道が計算されているが、3月21.41UTのHaleの観測によると13.8等とやや明るく観測されている。そして彼は「the
comet appears like a faint star with some diffuseness.」とコメントしていた。新しい軌道では、周期5.5年の周期彗星となっています。4月14日に14.1等(Morris)、16日に14.2等(Pearce)、17日に14.1等(Pearce)となっています。.......ASTRO
AIDS 93 1991 MAY
★★1991年4月9日、からす座の右を速く南下していて、うみへび座に入ったところで撮影できました。金野栄敏さんが3月21日の写真を送って下さっていましたが、恒星に近いイメージで割合明るく写っていました。それで、Apr.09.49502UTに15分露出1コマ撮っただけです。
T=91 Mar. 19.342(arc=Mar.16-21)から計算した位置(α=11h36m10.48s,δ=-26゜10'09.7")から3’ほど北北東にメトカーフで止まったイメージがありました。13.5等ぐらいで恒星に近いイメージです。.......ASTRO
AIDS 93 1991 MAY
★★1991May 04.49UTにやりました。 T=91
Mar.18.99022(arc=910315-910408)の要素から計算した位置(α=10h57m39.8s,δ=-37゜57'20.8")には彗星らしいイメージは見つかりませんでした。その後、入手した新しい要素(T=91Mar.18.99318,arc=910315-910420)から計算した位置(α=10h57m37.56s,δ=-37゜57'39")ピタリに周りの恒星よりやや短い星像のものがありました。また、1991May17にこの場所を撮影してそれが移動してしまって写っていないことを確かめました(*1)。
彗星はm1=15等,dia.=0.2’,DC=3で、Apr.09.495UTと同じ様な恒星に近いイメージです。よく見ると、p.a.=30゜ぐらいになにか伸びているようです。Apr.09の写真を見返すと、やはりその向きに何か淡いものがあるようにも見えますが、ガイドがぶれているのでそれ以上のことはわかりません。
1991May17.4905UTにも撮影しましたが、新しい要素で計算した位置にはなにも発見できませんでした。1991May04から13日経っていますが、彗星は暗くなったのでしょうか。このときの彗星の赤緯は-40゜53'で、かなり南に低く、露出中は観測所の南側にある樹木に少しひっかかっていたし、高度11゜という低空でしたから透明度もよくありませんでした。写真の極限等級はおよそ16等です。
次の闇夜には南に下がっているので観測できません。この彗星は発見時にはコマがあったのでしょうが、私が撮影した写真にはコマは写っていませんでした。アマチュアの機械では見えないコマがあったのかもしれません。それとも、核だけの彗星が突然バーストしたところを発見されたが、その後は核からの物質の供給がなかったとも考えられます。光度観測を結んでみると
m1 = 8.4 + 43 logΔ + 5 logr
ということになります。
............ ASTRO AIDS 94 1991 JUNE
-------------- NEW星の広場観測報告
------------------------------------------
----YY-MM-DD.方法 m1 m2 口径 F倍率 dia. DC tail 空 コメント
91k 91-03-21.69P 14 1.5' O 16F3.3 4 Nコマキタニヒロガル
348金野 栄敏 587
91k 91-03-22.72 14.0 0.2' 3 20LF4.85 4 N 353大友 清康 251
91k 91-04-02.51P 13.5 0.5 O 16LF3.3 4 N 348金野 栄敏 593
91k 91-04-03.51P 13.5 0.5 O 16LF3.3 3 N 348金野 栄敏 595
91k 91-04-09.50P 13.5 0.2 5 31cmF4.2 2 N 209津村 光則
81
91k 91-05-04.49P 15 0.2 3 31cmF4.2 2 N 209津村 光則
82
91k 91-05-17.49P <=16 31cmF4.2 2 N 15トウヨリクライ
209津村 光則 83