☆ 自然をカメラでどこまで表現出来るか?
”身近な自然” のサイトで挑戦
☆ アジア周辺諸国を陸路国境越えする旅日記
暑々、辛々、猥々
アジアの風に魅せられて
| ア ジ ア 旅 日 記 の サ イ ト スーツケースを転がして高級ホテルに泊まる旅ではなく、五体・五感で現地の空気を嗅ぎ分けながら、 バックパックを背負いバスなどを使いシャクトリ虫の様に移動速度を落とした旅日記です。 |
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| アジア番外編 2006年秋 イタリア紀行 |
晩秋のイタリアを北のコモ湖から南のポンペイまでバスで下る旅日記。 イタリア北部、中部辺りまでは晩秋の日本の風景そのもの、違和感が ありませんが、ローマから南に下るとシュロの樹やサボテンが出てくる。 美術館ではイタリア古典絵画の本物に出会えて感激。 ローマでは映画 「ローマの休日」 でオードリー・ヘッブバーンとグレゴリー・ ペックが歩いた場所を辿る。 バチカン美術館は残念ながら入場出来ず。 ベスビオ火山の爆発により一夜にして灰に埋もれたポンペイ発掘遺跡。 |
| 2005年秋 25日間 メコンの国旅日記 |
バンコクを起点に陸路中国雲南省西双版納(シーサンパンナ)まで往復。 東南アジアと中国の接点を歩く。 ラオスから雲南省に入った途端、英語が全く通じなくなる。 ラオスのムアンシン〜シェンコック〜フェーサイの移動は旅行者が少なく 車も船もすべてチャーターしなければ動けない。 タイに入るとぐっと旅がし易くなる、タイはやはり微笑みの国なんだなー。 |
| 2004年秋 26日間 ミャンマー旅日記 |
ミャンマー出国直後政変が起き、親スーチー女史派の首相が更迭され、 軍部の強行派人物が取って変わる。 政権がどうなろうと、ミャンマーを旅していると気が休まる。 ヤンゴン市内でバイクやサイカーが全く走っていなかったのは驚きです。 人に優しく親切で、気楽に旅が出来、まったり感じる国でした。 コンニチワ、オゲンキレスカ、これが日本人への決まり文句。 |
| 2003年秋 24日間 インドシナ旅日記 |
メコンの流域国、食と宗教が似た国、ベトナム・カンボジャ・ラオス・タイ・ ミャンマー、それがインドシナです。 仏教信仰のこれら5ヶ国を陸路国境越えした旅日記です。 ベトナムからラオスに入ると、スッと肩の力が抜け、元気が出てくる。 とにかくベトナムは気が抜けない国だ。 前年断念したカオ・プラ・ビーハン遺跡ですが、今回は行って来ました。 |
| 2002年夏 25日間 タイ・ラオス陸路周遊 |
ラオスのサワンナケートからベトナムへ抜ける予定が、現地バス会社 窓口の対応の悪さから嫌気がさし、ラオス最南端のカンボジャ国境まで 下ってしまう旅行記です。 ラオス南部も一度は行きたかった所なのです。 タイのカオ・プラ・ビーハン遺跡に行くためのタクシーチャーター料の 値引交渉で金額が折り合わず、日本人の意地を見せて取り止め。 |
| 2001年夏 22日間 タイ北部旅行 |
海上に燃料投棄後元の空港に緊急着陸、別の空港からやっと飛び立ち、 7時間遅れで深夜にようやくバンコク到着。 チェンマイでカレン族の村に泊まる国際色豊かな山岳トレッキング参加。 メーホンソンの首長族の村、首長娘の家で夕飯をご馳走になる。 ゴールデン・トライアングル、メーサイからミャンマーに入国、etc. |
| 2000年秋 アンコール遺跡写真集 |
雨期の終わりでしたが、空から見るトンレサップ湖の周囲は一面水浸し。 ポルポトの悪夢から覚めたカンボジャ。 専用バスという無菌室に入ってバンティアイ・スレイに移動。 東洋のモナリザと対面!! |
ミャンマー エーヤワディー川の水浴


タ イ
ワット・サー・シー
ラオス ルアンパバーンにて
タイ サンクラブリーにて



タイ 首長族の少女
タイ アカ族の女性
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