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お暇な方々だけへの前回に続くお暇な時期のどうでも良い告白話です。
> でも、この「なまず騒動」(たぶん「騒動」になるんでしょう)が、
--# あ〜た!、私しゃ決して好きこのんで求めているんじゃないんです。
出来る事なら美味しいモン食べて優雅な旅を満喫したいとは思ってるんです。
ただ、その〜、B型故の定めなのか、不運なのか〜、だけなんです。
> 初めての中国だったわけではないんでしょう?
> この段階では、もう、すでに、何度か中国には来ていた、ということですよね。
はい、私中国に通って10年ほどになりますが、例の4声発音が
まったく出来ず、誤解の更なる上塗りに嫌気がさし、いまだに筆談のみで
ずうずうしく中国旅行を押し通しています。
で、この時は確か〜、2000年の5月連休です。
> 野人が生息すると言う神農架あたり?
場所は湖北省恩施を中心に見ますと神農架は北で、朝日寺村は西に
なります。 まっ、長江に沿った南側の似たような地域ではあります。
では中国釣行顛末記のその2準備編です。
前述、大ナマズのお話を聞いたことの始まりが2月でした。
行くとすれば今度の5月連休+休暇で日程は何とかなります。
JRも含め航空券手配はいつもの旅行社へ連休の為取れなければビジネス席も
やむなしとの決意をE-mailで済ませ、VISAはFM多の一年間有効が有りますので
問題はありません。旅の衣服や道具類はいつも同じなので帰国すればクリーニングし
消耗品は補充するようにしていますのでスーツケースを持ち出すだけです。
問題は釣りの準備なんです。
私の釣りはフライフィシングと呼ばれる重いラインを鞭のように操り、小魚や
昆虫を模した毛針を遠投し、且つ水中で動かし捕食性の魚を騙して釣るもので
ルールと伝統を重んじる特徴があります。
フライと呼ばれる毛針は鳥の羽など加工して自作し、決して生餌等を
付けてはならないんです。詳しくはロバートレッドフォード監督、ブラッドピットが
演ずるリバーランズスルーイットをご覧下さい。ちなみにこのDVDやビデオの
パッケージ写真は、この道ンッ十年の超ウルトラが付く名人でなければ出来ない
フライライン操作が描かれています。
野生のお魚さんには用心深く狡猾で百戦錬磨の奴だけが大きくなれる掟が有ります。
彼を擬人化し生活環境や日常行動、好物を想像する所から釣りは始まります。
相手は3000年のお国の大ナマズ、奴の性格は?、デイナーは何?、
ダイニングの場所は?寝室は何処?、と考えねばならない事は山ほどあります。
こんな時に日本でただ一軒だけの釣り店が東京郊外にあるんです。
日頃は己が野望を内に隠し、ひたすら優しい良きお父さんや、謹言実直な
仕事人間を長きに渡り装い、そしてその時が来ると思い詰めた顔でこのお店を
訪ねるんです、 曰く、スコットランドでアトランティクサーモンをフライで釣り
たいんだが・・・、ノルウェー沖で巨大オヒョウを・・、アラスカでキングサーモンを・・、
オーストラリアでバラクーダーを・・、南海で巨大アジを・・。
釣りをライフワークとし己の釣り人生を完結させる為に訪れるお店でワシントン条約も
霞んでしまう、ありとあらゆるフライの道具と材料がストックされているんです。
で、店主は日本のナマズと習性食性は変わらないであろう事や巨大な三本錨の釣り針や、
奇妙な毛針材料を準備してくれました。何と野鼠毛針、トカゲ毛針、ムカデ毛針、
瀕死のお魚毛針・・・。 ん〜、(^。^;) 美しさを競うフライとは思えん不気味な毛針ばかりです。
これで一応の準備は出来ましたので出発までの期間に夜はおぞましい毛針作りと、
毎早朝に家を抜け出し諏訪湖の日本ナマズ相手に毛針テストを重ねる日々となりました。
昼間はとても恥ずかしくて出来ませんから。
今になってですがこの行動力と熱心さを違う方面に生かせば私の人生も、もう少し
違う道が歩めたのではないか・・等と時々は思うのですが・・・。
既に手遅れのようで・・。 まっ、B型なんで深くは考えていませんが。
次回は出発と旅程編の予定です。
では、では〜、再見。 |
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中国の大ナマズ、その3出発編です。
さて3月も末近くになりホテルの予約と送り出す荷物の準備に取りかかりました。
ホテルの予約は1日目はJR関空駅手前のビジネスホテルを予約、これはHPの
゛旅の窓口゛を利用してNetで簡単予約できました。
2日目の武漢はいつもの武漢天安暇日酒店に英文E-mailで送信すると
翌日確認FAXが届きこれも簡単に予約OKが取れました。
問題は3日目の湖北省咸豊県高楽山鎮のホテル予約です。
ここをベースにし事前に釣り道具とキャンプ用品、食料を送る予定なので
是非とも予約を取った上で荷物の事前受け取りOKを承知してもらわねばなりません。
一応の手は尽くしましたが外国人が宿泊可能なホテルがあるのか否かが不明です。
やむなく私に大ナマズの話を吹き込んだフーさんに調査を依頼しました。
彼は兄夫婦が住む出身地の高楽山鎮へ電話し数日後に回答してくれました。
そこにはタバコ会社が経営する3☆ホテルが一軒有り、住所、電話番号、料金は
解ったのですがFAX番号がない!、再度聞きますとフーさん曰く、FAXは没有。
エッ、 無い〜?
まッ、泊まれて荷物を受け取ってもらえりゃラッキーと考え、彼に予約と
EMSで送る荷物引き受け交渉を御願いしました。更に数日後問題もなく
OKとの返事を彼から受け取りました。
ホテル名は黄梅賓館でSuRoomが260元と記憶しています。
出発の2週間前に送った荷物は、
釣り道具のゴアウエーダー、ウエーデェングシューズ、フライリール2ヶ及び釣りベストと道具類1式、
ゴアレインスーツの上着のみ、釣り竿は15f、#12の3本繋ぎと予備の14f、#11の
2本は機内持ち込みとしました。ちなみに日本では知床のカラフト鱒と九頭竜川の
桜鱒以外には使いようがない大物専用の釣り竿です。
野宿用品はウェスパーライト、チタンカップ2ケ、2m角で四方にひもを付けたゴアシート2枚、
軽量インフレートマット、BUCKの万能ツール、高輝度LEDヘッドランプ。
ウエスパーライトは燃料の種類や質を問わないコンロのため燃料の現地調達が容易です。
食料はチーズ500g、カロリーメイト10ヶ、レトルトカレー4ヶ、ドリップ珈琲20ヶ、タバコ2ケース、
ウイスキー小ビン、これが3日半の食事です。登山屋さんと比較すれば釣り師の
食事は質素なんです。
総計15kg以内でEMS費用は保険無しで14800円でした。保険無しの理由は同地域が
EMSの適用外で武漢から先は普通郵便小包扱いとなってしまう為です。
後は遠足を指折り数える小学生とほとんど同じ心境で、夜布団をかぶれば山奥の
大ナマズがおいで・・おいで・・と枕元に現れる日々が続きます。
さて出発の前日退社時間後に社内Netに休暇を書き込み、出かけてしまえば
こちらの勝ち・・と夜逃げ同然で脱走いたします。
翌日の昼に畳んだ1,5mの釣り竿2本といつものスーツケース30Kgとショルダーバックを担ぎ
JRで名古屋へ、ここで新幹線に乗り換え京都で関空行きの゛はるか゛に乗り換えましたが
頭の中はお魚さんの事だけで他のことはな〜にも考えられない状態と化しています。
悪事の祟りは直ぐに現れました。
゛はるか゛が京都駅を離れると同時に気が付いたんです。
これは今もって女房にも話す事ができません。
お顔も見ないMLの皆様なんでゲロ致します。
ショルダーバックが無い・・! (!_+)
パスポート、航空券、旅行用現金、PC、な〜んも無い。見事に新幹線の網棚に
ショルダーバックを置き忘れました。
釣り竿を手に持った事によりいつもの旅より荷物が1ヶ増えた事が原因でした。
これで今回の旅はここで終わったな〜、と落ち込むB型のおバカな釣り師であります。
中国奥地に棲む幻の大ナマズさんは、遙か深淵へと姿を消しつつありました。
ではお暇な方はまた次回に・・・。 |
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中国の大ナマズ、その4旅程編であります。
関空へ向かう特急・はるか゛の中で新幹線にショルダーバックを置き忘れた事に
気が付きましたが、最早何処行きの何号列車で何号車だったのかも知るすべが
無く携帯電話すら失ったバックの中では状況は絶望的で有ることを噛みしめます。
この時点では渡航はスッパリと諦め、幸いポケットの中の財布には今夜の宿泊代と
帰りのJRチケット代位は有りますので帰宅することだけは可能なようです。
立ち直りが早いのもB型の特徴で今しなければならないことを考え、この゛はるか゛の
乗務員に届け出るか、次の新大阪で遺失物センターに届け出るか?
まっ、届けるなら専門家がいる新幹線駅の方がいいだろうとJR新大阪で足取りも重く
下車致します。自分を呪いながら遺失物センターを訪ね状況を伝えますと、年配の
係員の方が暫くお待ちくださいと、奥へ消えると私の置き忘れた茶色のショルダー
バックを持って現れたではありませんか。 (O_O) (・_・、)
私が乗った新幹線の終着駅が新大阪で有ったことが幸いし乗務員の方が
ここへ届けたそうです。そして中身を見たこの方は、関空を始め近郊の全駅と列車に
緊急で連絡済みだったとのことでした。ちなみにこの方は謝礼はまったく受け取らず、
義務ですから、と言われるだけで多少のお小言を頂いたのみなので、帰国後に
礼状と心ばかりの物をお送りいたしました。さらに新大阪から改めて乗った゛はるか゛の
乗務員に゛よかったですネ゛と声をかけられ手配書が回っていた事実を改めて噛みしめ、
恥ずかしさと情けなさに消え入りる思いを味わいます。
この一件に懲りまして現地に着くまでは旅に集中する事にして、お魚さんの事は
しばらく忘れる事を誓いました。
夕闇迫る関空駅到着後は普通電車で一駅戻りタクシーで予約したビジネスホテルに
宿泊し翌朝8時にはホテルのマイクロバスで関空へ到着いたします
JASカウンターでは恒例の31Kgのスーツケースの重量超過料金を巡るバトルは
私の勝ったな〜!で決着し、搭乗時にスチュワーデスさんに釣り竿を預けると、
後は何事もなく無事広州白雲机場へ午後に到着となります。
中国はいつものように来る者は拒まず・・で迎えてくれ、束にした1.5m程の釣り竿も
見とがめられる事無く税関を通過致しました。
年代を感じさせる少し薄汚れて狭く暗い広州白雲机場ですが、いつもの懐かしい
中国の臭いを感じながら出迎えの人混みをかき分け外に出ます.
恥を晒した昨日を思いだしながら先ずは一服し気を引き締めて、荷物を確認し
僅か5分の移動で済む隣の建物、国内机場へと歩き出します。
近代的ながら二つに分かれてしまった上海空港には無い便利さが有ります。
武漢行CZは2時間後の予定のなで、先ずはCZのカウンターでチェックインの
儀式が待っています。釣り竿は袋を開けて中身を確認して頂き機内持ち込みの
OKを取り、重量超過のスーツケースは秤を指さしながら伝票を取り出す係員に
困った顔をしながら日本語発音のウォブトンハンユゥ、トイプチーで難なくかわし、
係員の舌打ちを背中で聞きながら2階の国内線入場ゲートへと向かいます。
ゲート手前のカウンターで机場建設費を購入し航空券とパスポートのチェック、
セキュリティチェックでは再度袋を開けて釣り竿を取り出しOKを頂くと階下の
出発ロビー奥の池のある喫煙スペースで珈琲を飲みながらしばしの休憩となります。
機内では釣り竿を預けることもなく着席すると、今回は定刻通りに武漢行きCZ
は飛び立ち、1時間半ほどで日没間近な武漢天河机場へと到着しました。
毎回ながらヤクザな空港タクシーとバトルの末に納得は出来ませんが100元で折り合い、
夕日に赤く染まる大小の沼地を窓から見ながら今夜のお宿、武漢天安暇日酒店へと
向かいます。市内に入りますと既に華やかな照明が点灯し発展を続ける内陸の
要衝都市である武漢は行き交う人々も賑やかです。夕方のラッシュの中を40分
ほどで懐かしいいつものホテルに到着です。
夜食はホテル前の食堂で麺と薄焼きを6元ほどで済ませ、ダイヤルアップで
PCでの送受信を済ませると、もう外出することもなく明日の武漢発恩施行き
WUの時間を確認します。
当時の武漢航空は武漢天河机場とは違う場所で、武漢市内のド真ん中に
有りました。ホテルからは僅か10分程度の距離だったと記憶しています。
空港への入り口は商店街の小さな小路へひょいと入るような感じで、この奥に
空港が有るとはとても思えない場所でした。
幻の大ナマズさんを訪ねておバカな釣り師はなんとか武漢へたどり着きましたが、
次回はオンボロプロペラ機で恩施へ、更に野越え山越えで重慶と境を接する
土家族自治区の咸豊県高楽山鎮へ向かいます。
旅行に出られない時期のムダ話にお付き合い頂き有り難うございます。 |
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お暇な時期の告白話で始めたのですが、無駄口と誤字脱字だらけの駄文に
我ながら嫌になり、SARSが収束してoffシーズンが終わるか、どなたかが、
いい加減にせい、(-.-#) と言ってくれないかな〜、等とお待ちする気分と、
だんだん恥ずかしくなってきまして、もう二度とオフ会に顔は出せん
な〜と思っています。
もうヤケで中国の大ナマズその7です。
山道3時間の後に朝陽寺村に入り、ダム湖を右下に見ながら暫く進みますと
巨大なダム堰堤が見えてきました。これを通りすぎてしばらくは路なりに
進みますとダム堰堤の下流右手に橋がありこれを渡りますと路は急な下りになり
街(?)の中心へと入ります。この手前にダム堰堤に上る路があり車は入れず
ここで下車致しました。ザックを背負い釣り竿2本を手に持ちダム堰堤を歩き
堰堤終端に張り出した岩盤に穿たれた50m程のトンネルを抜けますと急に
目映く視界が開けてダム堰堤とダム湖の全容が広がります。いや〜、
でっかい!、が正直な感想です。対岸までは概略ですが400〜500m位は
有るかと思います。トンネルを抜けて直ぐに船着き場が有りまして、すでに
乗客数人が大きな荷物を持って待っています。
まだ出発までに時間は有りそうな雰囲気なので朝食パンの残りとチーズの
欠片で昼食を済ませ、ここで腰までのウエーダー(防水釣ズボン)と
ウエーデングシューズ(水中用のフェルト底の靴)に履き替え釣ベストを着ます。
天気は5月のカンカン照りで青空と若葉の緑とダム湖の深緑色がなんとも目映い
限りでした。程なく上流から10人乗り位の細長いドロ船の屋根付きエンジン付きが
到着し、乗客が浮き桟橋に下船し斜度30。距離50m位の斜面を登ってきます。
この斜面から想像するとダムはかなりの渇水状態のようでした。
ダム湖面の浮き桟橋までの斜面に階段等は無くドロの地面に足跡状の
くぼみがあるだけなので一歩間違えば数十m下のダム湖行きとなります。
他の乗客はみな履き物を手に持ち裸足で降りています。渡し賃は1元でした。
船のエンジンはさながら大きな建設機械が動いているようなドン、ドン、ドン、と
間延びした何とも不安になるものでした。
なんでこんな所に乗客がいるのか、また船があるのか解らなかったのですが
暫く行く内に理解致しました。おそらくこの乗客たちはダムが出来る前は
この川沿いに家が有ったのでしょう。ダムの着工と同時に予定水面より上に
家を移動したらしく、途中の2〜3軒有る集落らしき所で次第次第に降りて行き
ました。もう船には半裸の船頭と私だけです。
しかしこれからの景色がすごかった!、
ダム湖はかなり狭くなりましたが三峡を少し小さくしたようで両側は100mは
越える垂直の岩盤むき出しの壁となり空は上空ほんの僅かとなります。
さらに1時間位進みますともう帰りたくなったのか船頭がエンジンに負けずと何んか
怒鳴っています。おそらく、何処まで行くんじゃ〜、と聞かれたと想像して
恥ずかしいのですが 我做釣魚、下船此看風景后来決定、と書いた覚えが有ります。
(俺は釣りする、下船は見て決める)、と伝えたつもりなんです。中国語が使えれば
この船頭から聞きたいことは山ほど有るんですが仕方ありません。通じたのかどうか
解りませんがフン、てな顔で船頭は更に上流へ船を進めてくれますが景色は一向に
変化せず、両岸は取り付く島もない断崖が続きます。こうなると私の方がだんだん
不安になり、三途の渡し船もこんな具合で帰れそうもないな〜、等と考え出しまして
帰る、と切り出すタイミングを探るようになります。
そんな頃に漸く右手岩盤下に続く中州が現れ急峻ですが上空へ続くジグザグの
路らしきものが見えます。もうここが限度と船頭に指さし別れ際に船頭に船中で書いた
4日後の朝ここへ迎えに来てくれたら100元を支払うとメモを渡し下船致します。
船頭は頷きメモを持ち船をターンさせるとさっさと下流へと戻って行き、
騒がしいと思ったエンジン音も心細いくらいに小さくなって消えていきます。
頃合いは釣り師のゴールデンタイムに差し掛かりますが、もし釣れても
帰りは4日後の朝となる為、ここは慌てず今夜の豪華なSuRoom作りと、
リッチなディナーの準備、それと暗くなったら出来ない逃走口の下見を
優先いたします。上空の空は早くもあかね色に染まり始め、両岸を
切り立った崖に囲まれたダム湖の幅10m長さ100m位の泥の中州に
おバカな釣り師はタダ一人となります。
では今夜はこの辺で失礼致します。 |
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中国各地の様子を断片的に伺いますと夜明けが近いのかな
と感じられる昨今ですね。もう少しの我慢かなと思っています。
さてご迷惑さまですが゛中国の大ナマズ゛その8です。
夢にまで見た憧れの地に立ったおバカな釣り師では有りますが
既に夕暮れ間近です。はやる心を無理矢理押さえ込み先ずは
明るい内に身の安全と暫く滞在するお家作りを優先致します。
岩橋@蘇州様のご指摘通りここで何が恐ろしいかと言えばダム湖に
付き物の遙か彼方の雨降りによる急激な水位の上昇なんです。
対岸の水面と目標物、そして自分の足下に枯れ枝を立て水位と同位置に
目印を縛り付けます。渇水状態では有るがまだ雨期には間があること、
長江の支流の支流のそのまた支流ですが、このダム湖の大きさや
流程から考えると日本の渓流やダム湖のように雨、即増水はまず無いこと、
中州の堅さや断崖下部の様子から考え数週間以上に渡り水没した形跡が
無いことで自分を納得させます。
もしの場合は僅かに路らしきものが有る後ろの断崖を上れば避難は
可能なようですが、ほぼ垂直面をジグザグの上る岩場の路で
空身であれば何とかいけそうな程度の路です。さらにたとえ上に出たとしても
その先は・・?、なのですが、まっ、取りあえずの避難は可能なようです。
それもだめなら釣り師の奥の手は防水ズボンを膨らまし、ザックの中に
機材もろとも押し込みますと簡易浮き袋が出来上がり、ザックを逆に胸に背負い
真夏であれば服を着たまま淵やダム湖を泳ぎ渡る手が有るんです。
日本の渓流では時々これをやり、ダム湖等で電力会社の保安員に
見つかりますとこっぴどく叱られます。
お次は落石が及ばない場所に太い枯れ枝二本を立てゴアシートで斜めの屋根を
作り、もう一枚のシートを下に引きその上にインフレートマットを広げます。
このマットはエアーバルブを開けば自動的に膨らみ地面の凹凸を吸収して
快適なベッドをお約束してくれるんです。そしてもし風が出れば枯れ木を外し
お屋根のシートを直にかぶり、粗大ゴミの行き倒れ状態のお宿となります。
薄暗くなって来ましたのでヘッドランプを点け、カップに開けたレトルトカレーを
加圧したバーナーで暖めます。この針金細工状のバーナーは燃料や気温に
左右されず畳めばポケットに入る便利物なんですが、今回入手したような
自動車ガソリンを使いますと多少の臭いが出るのが難点です。
乾パンを暖めたカレーに浸して口に放り込みカロリーメイト1箱とチーズの
厚切りが今夜のディナーです。
仕上げはダム湖の水で湯を沸かしもう一つのカップにドリップ珈琲をセットして
優雅な食後の薫り高き珈琲を頂きつつ見上げれば狭いながらも空は満点の
星空です。尚かつこの釣り場は私だけの占有で誰にじゃまされることもなく
TVも無い、電話も無い、♪、釣り師に取りまして以後は釣りだけを考えれば
良い、思わず歌でも歌いたくなるまさに天国に遊ぶ時間となります。
ヘッドランプはLEDの防水でリチュウム電池式を使うので気温に関係なく
12時間程度は使用可能ですが節約するため消灯しますと、ほんとに真の
闇状態でさらに物音一つ聞こえません。
暗闇で釣り竿を組み立てリールをセットしフライラインを引き出し朝一番で
使うフライ(毛針)を付け、明朝明るくなるのと同時に始める釣りの準備を
手慣れた動作で終えます。
虫除けに釣り用レインジャケットの上着を着けザックを枕に豪華な
SuRoomで、快適な睡眠を約束してくれるウイスキーを引っかけ
後はB型特有の爆睡となります。
中国は重慶や湖南省と境を接する、湖北省咸豊県朝陽寺村(鎮?)を
更に遡った山奥のダム湖の静寂な夜は、おバカな釣り師の豪快イビキに
満たされます。 (-。_)。。o〇
さて翌朝からいよいよ夢にまで見ました3000年のお国の
幻の大ナマズさんに自分の知識と技量と運を信じて挑戦致します。 |
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いよいよ3000年のお国の幻の大ナマズさんと騙し合いの開始です。
朝5時はここでは未だ暗闇ですが珈琲を煎れて目を覚ますと、細々とした
道具の入ったベストを着け釣り竿片手に中州の上流先端に立ちます。
対岸まではおよそ150mでフルキャストすれば50〜60m程度までは
カバー出来そうです。
フライフィシングのシステムはかなりやっかいな構成で出来上がっています。
ライン先端は毛針を結んだ細くて強靱なリーダーと呼ばれる2m程度のライン、
その後はティペットと呼ばれる先端に行くに従い細くなる3mのライン、
次はフライラインと呼ばれる12mの紡錘形をしたオモリとなる部分、
更に今回のように距離が必要な場合にはフラットビームと呼ばれる
断面が楕円形のラインを100m、その後ろは下巻きと呼ばれる
バッキングラインを更に100m程度をフライリールに巻き込みます。
そしてラインを浮かせる、水中で止める、ゆっくり沈める、早く沈める、は
フライラインの種類に依存する為、必要に応じて都度ラインの交換が必要です。
各ラインの結び目は釣り師独特の引けば引くほど締まり、結び目の強度低下や
飛翔時に抵抗が無い、それぞれの継ぎ目に合わせた結び方となります。
これを16フィートのダブルハンドの釣り竿でラインを一度後方空中に放り出し
竿の反動を利用して前方に投げ、ラインが伸びきり水面と水平になったとき
ふわりと落ちるように投げます。これは日本で開発された大きな湖や海でも
フライフィシングを可能としたシステムなのですが、長い釣り竿を振り上げ
ラインをフルキャストする過激な釣りのため、本場の英国では下品!の一言で、
片づけられ、広い釣り場を有する米国では大歓迎で迎えられた経緯が有ります。
この釣法で前方40mに置いた洗面器の中にフライを落とせるまでには
ゴルフや他のスポーツ同様に弛まぬ練習が必要な釣りでもあるんです。
一般論ですが釣りは餌釣りで10匹釣れるのであれば、ルアーでは5匹、
フライでは1匹等と言われています。それなのに何故フライで?と問われれば
より困難な方法で目標に挑戦しようとするお遊びで、高い山に登る、より深く
潜る、より早く滑る、決められた大きさのゴールにボールを入れると同様に
答えは゛ゲームです゛しか有りません。定められたルールで魚さんと対峙する
文化でも有るんです。
フライフィシングの講釈はこの程度として僅かに周囲が見え始めた頃合いから
朝の水温が冷たい時はお魚さんはまだ湖底の寝室に居ると想定して
深い所から探り始めます。前方180°を数回に分け探り終わると
開始した位置から1m刻みに下流へ移動しながらこれを続けて行きます。
ラインが水面に落ちてからカウントを始め湖底に着いた時間で水深を測りますと
おおよそ水深は5m程は有ることと、着底の時間差により湖底の地形を頭の中に
作って行きます。すでに谷底とはいえ空は明るく今日も晴天で暑くなることが
予想されるます。3時間ほど続けますが何〜んの変化も有りません。
朝食は乾パン、カロリーメイト、チーズ少々と珈琲で早々に済ませ、中断した
場所から更に下流を投げては手繰りを繰り返し探り続けます。
昼までに中州終端までを投げては少しずつたぐり寄せる動作を繰り返しましたが
何の手応えも無しです。アマゾンやメコン河では大ナマズさんに有効だった
と言う言葉を信じてフライを投げ続けますが、水際はドロが柔らかく
下半身はドロまみれ、さらに風もない谷底の真夏の気温は水辺とはいえ
グングン上昇し衣服はすでに汗でびしょ濡れです。
昼食後は体力温存の為暫く休憩と昼寝を楽しみ午後4時位いから
フライ(毛針)と動きを変えて再度最初から探り出します。
しかし夕方のゴールデンタイムを過ぎても何の手応えも無く周囲は
暗くなり初日は無情に終了致しました。
大きなため息と共にお家に転がり込みいつもの夕食を済ませると
疲労と筋肉痛に痛む体をすぐに睡魔がおそいます。
翌日早朝暗闇の中でパラパラ聞こえる異音に飛び起きますと
この季節に何で〜?と思えども恐れていた雨が朝から降り出しました。
では、今夜はこの辺で失礼致します。 |
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前回の9が中国でとはいえ、かなりマニアックな内容で有ったことを
お詫び致します。言い訳なんですが、このフライフィシングの思想と
信仰(?)を書かなければ私は単なるアホ!になってしまうと思いました。
でも、やってることは、はい、おバカな事に変わりはありません。
別件、
今朝の情報なのですが中国政府公報窓口によると
あの趙紫陽さんはご健在のようですね。驚きました。
では゛中国の大ナマズ゛その10です。
二日目は朝からの雨となりましたが他にやることも有りません。
シートの陰で毎度お決まりの朝食と珈琲を済ませると再び
レインスーツの紐を締め直し決意も新たに釣り場に臨みます。
幸いひどい降りでは無く谷間なので風も有りません。
風が出ますとフライフィシングは毛針の付いたラインを前後に
大きく振る為、風に煽られた釣り針が自分の後頭部直撃や
お耳貫通が起こるんです。そして大抵のフライ釣り師はこれを
経験済みなんです。
雨の為今まで干涸らびていた中州はダム湖特有の柔らかなドロ状態へ
姿を変え、周囲の断崖からは雨水がしみ出しダム湖へ流れ込み始めました。
視界の全てが灰色の世界に変わりましたが、しかしまだ水位の変化や深緑色の
水に濁りが入ったようすは見られません。こんな時はこれしか有りません。
ザックからMDを出すとボリュームを最大にして釣りしながら聴く曲は
これしかない、ワグナーのワルキューレの騎行!。
それもフルトベングラー指揮のウイーンフィルのもの。
これは滅び行く第三帝国末期の鬼気迫る演奏なんです。
( 我ながらほんとにヤケで病気の世界です )
その後雨も午前中には上がり、二日目も落日間近で辺りが薄暗くなり始め、
今日もこれまでかと思い、中州終端から下流に向けてヨレヨレ、フラフラでは
有りますが、気力を振り絞り姿勢を正し、投げた今日最後の一投に唐突にでした。
ズシ〜ンと重い衝撃が伝わります。
釣り師には瞬間的にラインの先の釣り針に何が有るのかは感触で解ります。
停まっていた血液が突然体中を駆けめぐる興奮状態を味わいます。
暫くの間をおいて不機嫌に身をくねらす重い動きが腕に伝わってきます。
これが大型の鱒類ですと一気に沖に向かって100m程度は突っ走り
釣り師は異音をあげてラインを吐き出し続けるリールを手で押さえ込み
ブレーキを掛けながら停まれ!停まれ!停まれ〜、と悲鳴を上げるんす。
しかし次の瞬間、重く押さえ込まれていた釣り竿はまた唐突に緊張を失い
跳ね上がり、釣り師はドロの上に仰向けにひっくり返りました。
何が起こったのかは歴然でした。
ラインの先端には毛針は無くリーダーごと引き千切られています。
一瞬で全てが終わった事を悟らねばなりません。残されたのは両腕に
あの重く伝わった感触だけです。お魚さんには掟が有り用心深く狡猾な
奴だけが大きくなれるのです。過去の経験から二度と奴は姿を現さないことを
釣り師は承知しています。私が傷んだ先端リーダー部の定期的な交換を
怠ったのが原因です。為す術もなくドロの上に座り込み自分の愚かしさを
噛みしめるだけでした。雨降りの後にお魚さんは補食のため活発に動き回る
と言われているセオリー通りの展開でも有りました。
幻の大ナマズさんだったのか、大きな鯉科のお魚さんだったのかは解りません。
今夜はもう夕食を取る元気もなく、釣り具も辺りに投げ出したままで
おバカな釣り師はお家の陰で膝を抱えて後悔に明け暮れます。
翌日は元気を取り戻し違う奴を求めて再度・・と遠投を繰り返しますが
ダム湖は沈黙を続け為す術もなく3日間の釣行を終了しました。
4日目の朝にほぼ食料は食べ尽くし残りは珈琲2ヶ、カロリーメイト1箱、
乾パンが袋の底に僅か・・となりました。約束では朝迎えが来てくれる事に
なっていますが・・・、
さて次回からは”行きは良い良い帰りは怖い”の中国一人旅帰還災難編と
なります。釣り師は大抵のことには平気ですから突っ込み、嘲笑、大歓迎です。
お便りお待ち致します。 |
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え〜、毎度お騒がの゛中国の大ナマズ゛駄文を書き連ねて其の11です。
4日目の朝にいつもの質素な食事を済ませますと、もうバーナーの燃料も
ボトルの底で僅かな音がするだけとなります。
今日も空は晴天で暑くなりそうな気配です。
釣り道具や僅かなキャンプ道具をザックに入れ、空き箱等の燃える物は
全て焼却し、ナイロンや樹脂類は袋に詰めてザックに入れ足跡以外は
何も無いように致します。
これで見納めと辺りを見回しながら名残を惜しみ、干涸らびたドロの中州に
仰向けになりますと、まざまざと両腕にあの感触が甦ります。
まっ、人生こんなもんさ、と立ち直りが早いのもB型の特徴です。
10時ころだったでしょうか、遠くから懐かしい間延びしたエンジン音が
聞こえ、長い時間掛かってドロ船は中州に舳先をめり込ませました。
私が書いたメモを振りかざす船頭に約束した100元を支払い、遠ざかる
3日間過ごした釣り場を未練がましく振り返ります。
中州を離れて僅か5分です、ゴワンと大きな音がして後部から青白い煙が
吹き出し船が身震いしました。うるさかったエンジン音が途絶えシ〜ンと
ダム湖の静寂だけです。最後部のエンジン直結操舵部でごそごそ始める
船頭ですが直ぐに私に何か喚くと船底にごろりと横になり目を瞑ってしまいます。
まっ、中国語は出来なくてもこの有様と彼の行動を見れば状況は理解できます。
それにしても諦めが良すぎるじゃない?とエンジンの調べます。あの煙は
おそらく焼き付きで早い時期ならオイルを流し込みシリンダーを少しでも
動かせれば何とかはなります。巨大な建設機械同様な鉄の固まりを調べますが
船頭の行動が正解で有ることが直ぐに解ります。私の持っているBUCKの
チャチな工具で何とかなるような物ではなく、なにせボルトの頭が5センチは
あります。
渇水期のダム湖のお水は流れることもなく、お船は同じ場所に漂うのみです。
やることもないので釣り道具を出し舷側で洗浄し、ドロまみれで臭う衣類を
脱ぎ捨て洗濯し船の屋根へ広げます、ついでにダム湖で行水し後は船頭同様に
船底でゴロリと昼寝の難民漂流状態となります。一眠りして時計を見れば午後1時、
残りのカロリーメイトと乾パンを船頭と分けて食い尽くし、最後の燃料で珈琲を
煎れればもう何〜にも有りません。今日中に何とか宿に帰らないと大変な事に
なるな〜と心配になる頃、船頭がむっくり起きあがりロープを持ち舳先に結び
始めます。彼の聴力視力はたいしたもので、私には聞こえず見えず
だったのですが下流彼方から船が上ってきます。
おそらくは返らぬ船を探しに来たものと思われます。
迎えの船に引かれて午後4時にダム湖堰堤の桟橋に帰り着きます。
50元は返せ、と言いたいところですが共に漂流した仲間なんで諦め、
ドロの壁を這い上がり遙か広がるダム湖を見ながら捨てぜりふを吐きます。
゛俺もミスしたがお前も餌でも無いもんに食いついた、だから五分五分だ゛。
ネバー・ギブアップ、釣り師の執念忘れるな〜゛。
船着き場から洞窟を越えて堰堤を歩き、続く道路を下れば朝陽寺村の街と、
高楽山鎮や黔江へ向かう国道とのT字路に出ますが、車の影も見えません。
こんな時は必ず車が現れる中国のハズですが、ここではだめなようです。
やむなく上り坂を袋に入った釣り竿片手にザックを背負い直しトボトボトと
対岸上方彼方の国道目指して歩き出します。途中で運良く上って来た
三輪トラクターに乗せて頂き橋を渡り国道T字路に出ます。
高楽山鎮と黔江を結ぶ国道なので傾くほどに荷物を積載したトラックや、
三輪トラックにトラクター等が時々通りますが、人が乗れるような車は
なかなか通りません。ホテルに依頼した期限が気になり始めるころ、ようやく
何か叫びながら来る軽四バンを見つけます。ドアを開け乗り込み、運転手が
何か言う前に高楽山市内と書いたメモと2元を運転席に放り込みます。
なんか言っていますが没有!と返し素知らぬ顔を決め込みます。
これで来たときの敵は取れたようです。釣り師はケチな上に執念深いのです。
夜8時ころに高楽山鎮の共産党本部前で降ろされ、あとは
バイクタクシー2元でようやく黄梅賓館にたどり着く事ができました。
さぁ、今夜は喰いまくるぞ〜!
では、今日はこの辺で失礼致します。 |
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寛容な皆様に支えられ゛中国の大ナマズ゛何と其の12で有ります。
我ながら呆れています。またこの旅の部分部分の出来事などは
以前MLに書かせて頂きました覚えもありますのでどうか
ご迷惑な方は即削除を御願い致します。
夜遅くに高楽山鎮の黄梅賓館に辿り着き、フロントでスーツケースを
受け取ると再度宿泊手続きし、お嬢さんに部屋を開けて頂き何はともあれ
バスに飛び込み綺麗サッパリとドロ汚れを洗い流し着替えいたします。
直ぐに街に飛び出し先ずは食堂を探し、ジャガ芋炒め、炒め餃子に
青菜炒め、麺、飲料を合計6元で今までの飢えを癒します。
既にお気づきかと思いますが毎度同じような物を食べています。
私が材料を知った上で美味い!と食べられるのはこんな程度なんです。
そのままホテルに戻り、はァ〜、ため息と共に久々の柔らかベッドに
倒れ込み翌朝目覚めれば既に10時は過ぎています。
釣り道具やキャンプ用品を荷作し、汚れ物をまとめてホテルを出て
近くのクリーノング店に持ち込み、次に郵便局を訪ねて自宅宛送り出します。
郵便局では梱包を解かれ中身を確認され再度荷作りの羽目となりました。
次に両替の為興業銀行と農業銀行を訪ねますが゛恩施か来風の
中国銀行へ行け゛との冷たい返事です。幸い無理に換金しなくてもホテルの
支払と明日のタクシー代を支払ってもまだ多少の元は残る計算なので諦めます。
路上の麺1元で朝食兼昼食を済ませのんびりと街を散歩しながら
教えられた街角を再度訪れ、明日早朝の約束でサンタナタイプを
200元で約束させ、ホテルで昼寝の後に夕方にフーさん宅を訪ね
明日発つ事を伝え別れを告げます。
街角で揚げパンと青菜炒めの晩飯後、明日の朝食パンや飲み物を買い込み
ホテルに帰ります。スーツケースに荷物を詰め込み恩施発13時のWUの
チケットを確認すると自分の目覚ましをセットし早々とベッドに入りました。
翌朝6時半にホテルの精算を済ませ約束の7時にホテル玄関に出ますと
フーさんが見送りに来てくれました。
やがて来たのは赤い廃車寸前のアルトです。大型のスーツケースを
後部座席に乗せれば何とかはなりますが、この車で恩施机場まで行くのは
難行苦行ですし、昨日の約束はサンタナを約束しています。
来た運転手君を問い詰めますが没有を繰り返すのみで、私、これを筆談で
行いますのでいつもながら間延びした何とも迫力の無いものとなります。
覗き込み事態を理解らしいフーさんは私に゛暫く待て゛と言い残し
運転手を促しその車に乗ると立ち去ります。
30分後何と!大熊猫のサンタナが到着し助手席から彼が降りてきます。
エッ!、・・・ (・_・、) 彼はこの街にはサンタナタクシーは無い、
話は済んでいるからこれで行け、と言うんですが・・・?
車のお屋根には立派なネオン看板まで載ってるんです。
まっ、話が済んでいるんなら私が何か聞くことも無いと考え、彼への
お礼もそこそこにサングラスに黒革コートのゴツイおっさんに握手しながら
”イ尓好、我叫xxxx”程度しか喋れないおバカな釣り師はこの車で恩施机場へ
向けて護送されます。いや〜、今思い出しましてもこの方の運転は豪快な上に
職権○用と言いますか、恐れ入りました。長い山道で追いついた車は全て
独特の音色とネオンで威嚇し端に避けさせ追い抜きます。これを通過する
街中でやられますと何とも気が引けて私助手席で都度小さくなります。
しかしその甲斐もなく頻繁に゛加水゛と書かれた路上のお店で停車し、
ラジエターに給水しないと走れない車ではありました。
それでも10時前には恩施机場に難無く到着し、私から200元を受け取り
スーツケースを降ろすと゛イールーピンアン゛の言葉を残すとあっという
間に姿を消してしまいました。はい、あれは悪い夢です。
武漢航空恩施机場に着きホッと一息を吐きましたが、ここまで辿り付いた
ことで油断した私は手痛い一撃を頂戴することとなります。
では、今夜はこの辺で・・。
では、では〜、再見。 |
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フライフィシングでは楽しい所だけを抽出すると3っ有ると言われています
第1はこれはお魚を騙して釣る勝った負けたの勝負の楽しみです。
第2はフライ(毛針)を作る楽しみで水棲昆虫や小魚の生態を観察し、
時期による姿態を鳥の羽や動物の毛で華麗に表現いたします。
あららゆフライは命名されジャンル別に収録されて出版され、その
収録数は何と数万種類に及びます。
第3の楽しみは釣行の旅で見知らぬ土地の魚に出会い
その多様性を知ることだ言われています。
大熊猫さんの全開運転で湖北省の武漢航空恩施空港に
10時過ぎには到着出来ましたので空港ロビーで飲み物を買い
昨夜のパンで質素な朝食兼昼食を済ませます。
武漢行きは午後1時発なので各窓口はまだカーテンが降ろされ、
乗客の姿もなく閑散としています。空港ロビーと書きましたが雰囲気は
田舎の駅の待合室と表現した方が良く小さな売店が隅に一カ所だけです。
12時近くになりますと乗客が次第に集まり始めロビーが賑やかに
なります。しかし小型機の乗客数としては明らかに人数が多すぎます?。
これは後日考えたのですが、この恩施空港には予約システムは無く、
そのため乗客は競争で当日チケットを求め、買うことが出来た乗客は
横の窓口で机場建設票を買い即ゲートインして搭乗していたと思われます。
私はポケットの中国元が少ない事もありショルダーバックからサイフを出し
机場建設票を買い、この後スーツケースを機内預けにする際に請求されれば
重量超過の支払いが必要と考え、サイフをショルダーバックではなくズボンの
ヒップポケットに入れボタンを掛けたんです。
ほどなくチケットカウンターが開くと同時に待っていた乗客が殺到し混乱が
始まりました。私は当時の裏カーボンの手書きとはいえ代金支払い済みの
予約票を持っていましたので離れたところでボケ〜?と見ていました。
すると先ほど立ち話をした中年の女性が混雑の中から私を慌ただしく
手招き致します。空いたら手続きすれば良いだろうと考えていた私ですが、
ここでは何か別の確認事項が有るのかなと、スーツケースを引き、ショルダー
バックを肩に掛け、手には釣り竿と航空券とパスポートを挟んだファイルを持ち
混雑の中に割り込んだんです。
窓口の女性は私の予約票を見ると搭乗券を発行し机場建設費票の窓口へ
行けと指さします。スーツケースを預けましたが重量検査も無く机場建設費票も
有りますのでゲートに入ろうとした時に違和感を覚えたんです。調べるとズボンの
ヒップポケットが立てに切り裂かれサイフが有りません。チケットが買えた乗客は
既にゲートインし歩いて飛行機に向かい、買えなかった方はロビーから外へ
出て行きます。
残された時間は僅かしかなくサイフの中に有った物を思い出すと
今回の旅行費用の日本円全部、多少の中国元とカード、今預けた
スーツケースの鍵等です。今ここできることはカード会社への使用停止依頼
程度です。゛緊急的対方付費゛とメモに書き先ほどの売店の女性に電話を
指さし手真似で御願いします。OKを頂きカード会社の海外からの
コレクトコールによる緊急連絡先に繋ぎ事情を話し即時カードの停止を
依頼します。これ以上の事は何も出来ず空港係員に急かされるまま恩施発
武漢行きWUに搭乗いたしました。機内ではこうなりゃ武漢に着くまで1時間半は
有るんで、何か手を考えにゃいかんなと手持ちの中国元をポケットから出して
数えて見ればしわくちゃ小銭も含めて150元位しか有りません。
緊急用のドル紙幣は有りますがスーツケースの中で、予備キーも
スーツケースの中です。カードは無し、現金は有れども鍵は無し、う〜ん、
やっかいな事になったな〜と離陸を始めるWUの機内で考え込みます。
考えられる対処方法は、
1っは武漢天安暇日酒店に転がり込み事情を話し泊めて頂き、その間に
ホテルのドル口座に自宅から送金させる。しかし5日は掛かるであろう。
第2は日本の取引銀行に連絡しそこの上海支店から同じくホテル宛に
送金させても3日は掛かると思われる。
3っ目はショルダーバックの中身の電源部が無いPC本体、日本の携帯電話、
万年筆、時計等のガラクタを売る、おそらくこれは幾らにもならんな〜。
4っ目は超硬ジュラルミン製のスーツケースをブチ壊す。
しかしこれもやっかいだぞ〜、 (*_*) マイッタな〜。
グダグダと手を考える内にオンボロプロペラ機は当時の武漢の真ん中、漢口の
空港に着陸いたします。さて考えもまとまらぬままバゲッジクレームならぬ
手渡しでスーツケースは受け取ったものの行く先も定まらず、空港ロビーで
一人考え込むおバカな釣り師で有ります。
この恩施発のWU機ですが、この数週間後に武漢近郊上空で落雷のため
全員死亡の墜落事故を起こしたことはご存じの方も多いかと思います。
この事故後この空港は閉鎖されWUは今の武漢天河机場に移動する事と
なりました。
では、では〜、再見。 |
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雑誌等でナチュラリストとかエコロジスト等と自然を相手とするスポーツを
楽しむ方々を紹介しているのですが、釣り師などは毛頭そんな輩では
有りません。タマちゃんの目尻に刺さった釣り針を見て己の所行を恥じない
釣り師はいないんです。私自身も既に欧米では禁止されている三本錨の
釣り針をやむなくでは有りますがあの湖底に沈めています。
これが後日鳥や動物に何を及ぼすか?、おバカな釣り師の欲望を
恥じ入るばかりで有ります。
さて゛中国の大ナマズ゛回を重ねること其の14です。
漢口の旧草原空港で考えあぐねていましたが、ここは決心してスーツケースを
こじ開ける事に致しました。とは言っても手の力だけでは何ともなりませんし
手持ちの現金は150元程度なので方法を考えます。、
工事店等で動力工具を借りて切断は可能ですが中身の被害は最低限としたいし
スーツケースは日本まで再利用が必要なので切断箇所は最小限としたいんです。
ならば時間は掛かるが手工具で自分でやるしかないと決心します。
まずタクシーで工具店に行き穴を開けるタガネ、それを打つハンマー、金属用
糸ノコギリと予備の刃、切断面を曲げるプライヤー、ガムテープ、を全部で
110元で購入致します。そのままタクシーで解放大路に近い小さな公園まで
行き、タクシー代25元を払うと残りはもう20元程度と寂しい限りとなりました。
もはや夕暮れ間近で今日は恩施空港で残り物のパンを食べただけなので
腹も減って喉も渇いています。長きに渡り旅の相棒として馴染んだスーツケース
ですが公園の草の上で、ゴメンよ、勘弁ネ、と先ずはタガネで穴を開け、
超硬波板ジュラルミン相手に地道な作業を3時間続けコの字型に切り開きます。
ようやく予備キーを取り出しロックを外しますと、 お金だ〜、(; ;)ホロホロ
切り裂いた痕はガムテープを両側から張り元通りにベルトを2本を架ければ
何とか旅は続けられそうです。 ヾ(^v^)k
近くの食堂で晩飯を食べてからタクシーで夜10時に武漢天安暇日酒店で
降りますと、残金は数元のみであやうくセーフとなりました。
予約無しの宿泊ですがOKとの事でチェクイン時の押金もドルで
支払いますが、手続き上の換金書類のやり取りだけで済みました。
その後に300ドル程度を換金し明日からの旅に備えます。
もはや外に出る気力もなく早々にベッドに潜り込みます。
翌日は武漢天河空港11時発のCAで広州へ向かう予定でが・・・。
今回の旅、災難は次から次と現れ私を中国から出すまいと致します。
゛行きはよいよい帰りは怖い゛中国釣行一人旅、また次回と致します。 |
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釣り師は嘘つきが多いのも事実です。釣った魚は頭の中で己の願望を
餌にだんだん成長いたします。これは世界共通の現象のようでロシアでは
釣った魚の話をするときは両手を縛ってから話させろ。しかし縛られた奴は
指で目玉はこんなに有った!と言った等の話が有ります。
無事に武漢天安暇日酒店に宿泊し翌朝は何時ものバイキング式朝食を
延々と食べ続け、更にサンドイッチを作り珈琲をポットに詰めて昼食に備えます。
武漢発広州行きのCAは11時発ですが、相次ぐ災難に多少は懲りまして
少し早めにホテルを後にしてタクシーで武漢天河机場へ向かいます。
たしか8時半頃には空港に着いたかと思います。机場建設費を買い
出発便をTV画面で確認しますが該当便は未だ表示されていません。
まっ、その内にゃ表示されるだろうと外でスーツケースを椅子代わりに
座り込み、今日は広州発午後3時のJASに乗り次げば夜には関空で、途中の
京都駅でおにぎりと天ソバが晩飯だな〜等とのんきに晩飯の心配など致します。
9時頃に再度TV画面を確認しますが未だ表示されません。さすがに心配になり
近くの空港係員にチケットを示し質問しますが゛間もなく表示される゛の返事です。
この後二度違う係員に問いますが、何れも゛没有問題゛のお返事です。
既に時計は10時を指しています。いや〜な予感に襲われ空港事務所を訪ね
チケットを示しながら質問しますと、係員は直ぐに私のチケットと自分の書類を
照合するとお答えは゛没有゛とおしゃいます。エッ・・・?。
これに乗れませんと当然広州発3時のJASには乗れないことになります。
暗然 (・_・、)、もう今夜の天ぷらソバは消え失せました。
既に支払い済みだとか、何で・・等と言っても始まりません。
係員は慣れた手つきで私のCAのチケットの便名にシールを貼ると手書きで
午後4時発のCZの便名を書き込み、同じく午後のJASも同様に明日の日付を
書き込みました。そして全て手配は行うので゛没有問題゛と事務所を
追い出されます。
中国でこの言葉と゛能゛を日本の感覚で受け取りますと後で、反則だ〜とか、
そんなの有りか〜と絶叫する羽目となるんです。
日程の遅れは1日で済みそうなので遅れることを自宅へ伝えようとカードを買い
空港ロビーの電話を使おうとしましたが5台の内4台は故障!、残る1台は
こちらの声は届かず自宅の次男の声だけが聞こえます。
どなたですか〜?、切りますよ〜。おい父ちゃんだってば! 無駄な事で
有りました。無情に料金カウンターだけが数字を刻んでいきます。
役にたたんのに金だけ取るな〜! (-.-#)
連絡も出来ずさてどうしようか?とロビー内を見渡せば何と電話機数台を
置いた電話屋さんが有ります。欲しい物が有れば直ぐに目の前に現れる
中国とはいえ、あまりのタイミングの良さに思わず疑いたくなってしまいます。
じたばたの末、昼頃にはチェックインし出発ロビーでサンドイッチと珈琲で
昼飯を済ませると2階隅の喫煙室で昼寝で時間を潰します。
広州行きCZは定刻の午後4時に飛び立ち、機内で今頃関空行きのJASは
もう出ちゃただろうな〜、 (×_×;) 今夜の晩飯と宿はどうするかな〜?
と相次ぐ災難にガックリいたしますが嘆いてもいられません。
一人旅は誰にも頼れず自分のことは自分で決着を付けねばなりません。
おのれCA、無い便を売り付けたな〜、このままでは済まさんぞ〜、と
メモを作り到着までを復讐の手順に費やすB型釣り師であります。
では今夜はこれにて失礼致します。 |
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では、゛中国の大ナマズ゛其の16で有ります。
前述、釣り師は嘘つきが多いと申し上げました。
しかし釣れなかった魚を釣ったとは絶対に言うことは有りません。
これは自らの目標や願望を打ち砕く事になるからなんです。
でも、釣った魚を釣れなかったとは平気で言うのです。
これには二つの理由が有ります。
1つはケチに起因するもので、どの河で、どんな季節に、どんな水位の時に、
どんな方法で等々、己が年に渡る莫大な時間と多くの費用を掛け知り得た情報を
何で他人にタダで喋らにゃならんのだ?、が有ります。
もう一つは多くの渓流釣り師は釣った魚をその日食べる分を除いて丁重に
河へ戻しています。そして次回来るとき或いは自分の子供たちの時代にも
釣りを楽しむ事が出来るように配慮している為でもあります。
曰く、”あ〜ァ、今日も何にも釣れなかったよ、あんな河、小魚一匹いないや〜”。
釣り師はこの言葉をまず信じることは有りません。
さて、武漢空港の係員に手配して頂いたCZは夕闇迫る懐かしい
広州白雲机場に到着致しました。いや〜、内陸から辿り着きますと
馴染みの空港は安心感が有りホッとする気分になるんです。
傷つけたスーツケースを引いて空港を出ますと、既に街には灯りが
点り、空港前の賑わいもいつも通りで何とも嬉しくなってしまいます。
ここまで来れば後は日本のJASに搭乗すれば明日には日本に帰れます。
トラブル続きの帰国の旅にうんざり気分でしたのでようやくホッとした
気分に浸る事ができました。
しかしこれからCA相手に決着を着けなければならない事があります。
天下のCAならば相手としては不足は有りません。
相手のミスを何で私だけが被害を受けなきゃならんのだと、お魚さんと
同じに相手が大きければ大きいほど燃え上がるのがB型でも有ります。
まずは空港ロビーにずらりと並びます航空会社の中からCAのチケット
売り場を訪ね係員のお嬢さんに機内で書いたメモを出します。
たしか〜、〃あなた達の日本支店は私に無い便のチケットを売った。
そのため私は今困難に直面しあなた達の援助を必要としている。
責任者に会いたい〃。などと書いたつもりの単語羅列の
ハチャメチャ中文だったと記憶しています。
すぐに空港のCAオフィスに案内されそれから延々2時間に渡り二人の
担当者と交渉を行い、まずは晩飯朝食を含む宿泊費を負担して頂ける
こととなりました。次々に変わる担当者相手にOKとNOのはっきりした
所までは交渉メモにサインをして頂き、最後はもはや紙切れと化した日本国内の
JR指定券と乗車券を巡っての攻防となります。しかし最後に出て来た方が
承知して頂き相当額の元を受け取る事が出来ました。
私都合の悪いことは゛ブトン?゛でかわして中国語が出来ないことを最大限に
利用した交渉でした。
しかしこのCAの係員の皆さんはどなたも礼儀正しい親切な方々でした。
しつこい上に中国語が解らない私に何とかCAの規定を説明しようと必死に
懇切丁寧に、そして決して投げ出すことなく相手をして下さいました。
ようやく、まッこんなもんかと納得して、CAやCZがトラブル時に乗客を放り込む
いつもの空港前の白雲机場賓館に夜9時ころチェックインいたしました。
CAから渡されたカードを渡し押し金100元を支払い小さなシングルルームに
荷物を置いて先ずは晩飯と1階の洋食レストランに行きます。
あれやこれやと西式で思い切り注文すると、フロアー責任者のお嬢さんが
CAから50元までだと言われていると伝えられます。
これでまたムッとなった私、更に追加注文し食後の支払い時に合計から
50元を引いた額を領収書にして頂き、帰国後いつもの旅行社に送りつけ
取り立てる事と致します。
狭いシングルルームに引き上げようやく落ち着き、今日も何とか
切り抜けられたな〜とバスに飛び込みますが、しかしです、
更に災難は翌日も続くのでした。 |
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延々と書き連ねた稚拙な中国釣行記もようやく終焉となります。
お暇な時期の告白話で始めさせて頂いたのですが、マニアックな上に
偏狭な内容で皆様にご不快な想いをさせたことお詫び致します。
私の住む街は源流を国立公園とする川が流れています。
この川が私たちのホームグラウンドで、夏場は退社時間後に夕方の
ゴールデンタイムを狙って釣りに出かけます。
国立公園地帯は釣り禁止の為、渓流魚が春の雪解け水や大雨の度に下流に
下り、毎年尽きることなくあらゆる釣り師の技量に応じた釣果を約束してくれます。
最近TV番組などで源流釣行等のタイトルで時々放映されるのですが、
人が近寄らない源流で有れば魚に警戒心は全く無く、誰がどんな方法で
有っても釣れて当たり前なのです。そしてこの源流に生息するお魚さんに
手を出せば・・・・数年後には魚の住まない荒廃した川が出現することと
なり、釣り師で有れば源流での釣りを戒めねばなりません。
さて、゛中国の大ナマズ゛終章の17となります。
広州白雲机場賓館にCAの奢りで宿泊し、関空行きのJASは午後3時発です。
時間も有りますので朝食後に広州駅近くの公園に出かけ散歩を楽しみます。
公園には各種の鳥かごを持たれた方々が集まり談笑しながら鳥さんの
華麗なさえずりを楽しまれています。中国に古くから有る楽しみのようで
時々感嘆するほどの美しいさえずりを聞かせて頂けることがあるんです。
でも私釣り師でも有りますので、あの羽はいい毛針の材料になるな〜なんて
目で見てもいるんです。空は5月の晴天で今回の旅の災難が幻のような
良い天気です。
ホテルを12時半にチェックアウトしその際に保証金の100元を返して頂きます。
その後ホテルロビー奥のレストランで軽い昼食を済ませ、広州白雲机場前の
駐車場を横切り国際空港へ到着し机場建設費票を90元で購入致します。
あとは何事もなくチェックやセキュリテイを通過し出発ロビーで搭乗を
待ちます。日本人の方々も見受けられ2週間ぶりに懐かしい日本語が
聞こえ何とも嬉しくなってしまいます。やがてアナウンスが有りJAS便の搭乗が
始まりました。私搭乗が始まってもまだのんびりとしていたのですが、
そのときまたアナウンスが有りました。
゛大阪行きJASxx便に乗られるxx様、至急JASカウンターまでお越し下さい゛と
聞こえます。私が今此処に居る事は誰も知らないはずですし、一人旅なんで
呼び出される覚えも有りません。何で〜?と思えどもトラブル続きの旅でしたので
いや〜な予感の方が先に来ます。おそるおそるJASカウンターを訪ねますと
日本人担当者の方が先ほど私がJASチケットカウンターに出した搭乗予約券を
示しながら”このチケットは不正に改ざんされている為、貴方をこの機に
搭乗させる事は出来ません”と告げられます。 (×_×;)
ほんと私、この時は゛最早これまで゛とその場に座り込みたい気分でした。
あの武漢空港の担当メ〜と心で罵りますが、今ここに到っては時既に遅しです。
武漢空港担当者が行った変更がJASに届いていなかった事と、
また私が変更後のリコンファームを怠った事にも原因が有りました。
思わず涙目になり昨日からの経緯を訴えました。
聞き終わった担当者の方は゛ご事情はわかりました。暫くお待ち下さい゛と
私を出発ロビーに残して姿を消しました。既にJAS便の乗客は搭乗を
終わりもう誰もいません。残された僅かな時間に方法を考えますが、
後はもう担当者にすがって泣く位しか思い浮かびません。
今回の旅行の予備日も使い果たし、もし明日発てば会社で晒し者の刑に
なるのは解っています。万策尽きたな〜、が実感でした。
やがて担当者の方が戻られ”今回だけの特別措置ですが、お席は準備
しましたのでどうぞ搭乗下さい”と言われるでは有りませんか! ヾ(^v^)k
思わずこの方の腕を掴み深々と頭を下げてしまいました。
この方、今はJALとなりましたが、今年4月末の広州出発の際にも
お元気に仕事されていました。姿を見かける度に、あの時はお世話に
なりました、と後ろ姿にお礼を言っています。
私を中国から出すまいとする最後の魔手を、間一髪で振り切りJAS便は
広州を離れ夜8時に無事関空に到着致しました。
上空からの懐かしい関空の灯りに涙ぐむおバカなB型釣り師で有ります。
イミグレも問題なく通過し最後は釣り竿や全ての荷物を持って税関検査です。
しかしこの税関担当者さん、何時もの型どおりの質問に私が答える間も与えず
゛で、釣れた?゛と聞くではありませんか!。
私思わず、お主、制服に身を隠してはいるが紛れもなく釣り師だな?。
さて、井上@打浦橋@上海様、以前の゛ネバー・ギブ・アップ゛なのですが
もうお気づきの通りです。
この年の12月、おバカなB型釣り師は決着を着けんと、新たな道具を用意し
再度現地に向かいました。しかしながら高楽山鎮に入った時点から毎日の
雨に降り込められ、それでもとあの渡し船の桟橋が有るダム堰堤に立ったのですが
ダム湖は茶色の水を満々と湛え人が遡航できる状況では有りませんでした。
゛お前もあの時痛い目に遭って学んだろうが、俺もまた修練を重ねた。
そして約束通り決着を着けるため此処まで来た。
しかし俺にはもうこれ以上進む事は出来ない。
勝負は引き分けのままで別れるが、人手に掛かることなく達者でな゛
と呟き立ち去る私にはダム湖の奥から雨音に紛れた
゛一路平安゛の声が聞こえたような・・・気がしています。 |
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