

| プロフィール | |
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| ■ 本名 | Luis Filipe Madeira Caeiro ‘Figo’ |
| ■ 生年月日 | 1972年 11月 4日 (35歳) |
| ■ 身長・体重 | 180cm 75kg |
| ■ 出身地 | リスボン(ポルトガル) |
| ■ 所属クラブ | インテル (イタリア) 背番号 7 |
| ■ ポジション | ミッドフィルダー(MF) |
| ■ 家族 | 妻(スウェーデン人)、娘3人 |
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フィーゴといえばバルセロナからレアルマドリーへの電撃移籍ばかりが 取り沙汰されるがそれより以前にも契約に関わるトラブルを起こしている。 スポルティング(ポルトガル)在籍中にセリエAのユベントス、パルマの 両クラブと仮契約を交わしてしまいその後2年間イタリアでのプレーを禁じ られる。そこへバルセロナから声がかかり鳴り物入りで正式入団を果たす。 フィーゴは移籍初年度から多大なる貢献ぶりを見せ、これでもかとゴールを 量産し続け、彼なくしてはバルサは語れないとまで言われキャプテンを任さ れるほどの存在に。そして運命の2000年、マドリーのペレス会長の公約通り 当時世界最高額と言われた約65億円の移籍金でバルセロナ最大の宿敵である レアル・マドリードへ電撃移籍をする。(直前まで彼は完全否定をしていた) ![]() 銀河系軍団第一号誕生 その金額の大きさから金の亡者のような扱いをされ、大きなショックを受け たバルサファンからは裏切者のユダと称されるように。そしてそれはいまだ に多くのバルサファンの心に色濃く残っており、クラシコでは彼がボールに 触れるたびに物凄いブーイングの嵐、コーナーに立とうものならペットボトル や缶など様々なゴミが彼めがけて投げ入れられ、度々彼自身がそれらを片付け ながらキックする場面も。ついには豚の頭まで飛んでくる始末で危険回避の 為にコーナー周辺に異例のネットが張られるようになる。ユーロ2004ポルトガ ル大会決勝戦ではバルサファンがピッチに乱入しフィーゴへバルサフラッグを 投げつけるといった事も起きており相当の信頼を寄せていた彼の裏切りともと れる移籍劇にいまだに納得できていない事がうかがえる。その後はマドリーに おいても彼の貢献度は高く、移籍後も2度のリーグ制覇など複数のタイトルを 取得、現在はEURO2004を持ってポルトガル代表からも引退しクラブに専念 できる状態になっている。マドリーとの契約満期は2006年6月。今1番去就が 注目されている選手の一人である(因みに彼の獲得から始まったペレス会長の 「レアルマドリード銀河系軍団計画」はその翌年にジダン、更に翌年にロナウド その又翌年にはベッカム、更にはオーウェンと留まるところを知らない)。 ![]() バルサフラッグを投げつけられた瞬間。 ちなみにこの男は乱入の常習者だそう。 ![]() 2005年5月ポルトガル代表復帰、同8月インテルへ移籍 マドリーにルシェンブルゴが監督就任してから、彼の構想からはずれたフィーゴ は2005年4月のクラシコ(しかもホームゲーム)で、ついにスタメンを外され屈辱 のベンチスタート。この試合を機に以後彼がスタメンで起用されることは無く、 同時に監督との確執までが取り沙汰されるようになる。フィーゴは「プレーさせて もらえないなら出て行く」と明言するようになりそれに対し監督は「起用を決める のは監督。不満があるなら出て行けばいい」という主旨の発言をし、両者の溝は ますます深くなっていく。クラブに専念するために代表から引退したフィーゴは、 その肝心のリーグ戦で短い時間しかプレーさせてもらえない不満から代表への復 帰を示唆するようになり、2005年5月それは現実のものとなる。移籍の意思を強く したフィーゴへ次々とオファーが届き、移籍先として噂されたクラブはインテル やリバプール、マンチェスターユナイテッド、バレンシアなどで、一時は日本の 新聞でJリーグ浦和レッズ入りも報道された(後に浦和はこれを完全否定)。マ ドリーは7月に恒例のアジア遠征が決まり、日本でも2試合親善試合が組まれ、 これが結局フィーゴの銀河系軍団としての最後の来日となった。最終的にリバ プールとインテルの一騎打ち状態となり、兼ねてからフィーゴのプレミア志望が 強いことからもリバプールへの移籍濃厚ではと報道されていたが、ついにインテル との契約に合意、移籍が決定。8/4にマドリーのオーストリア遠征先より直接ミラノ 入りし契約書にサインし、8/6に入団会見が行われた。(2年契約で背番号は7番) ![]() 2005.5.11付 スポーツ報知 ![]() 入団会見にて 2005/08/07 記 |
