「俊介、ねぇ、ねぇ・・・ねぇったら!!」
俊介はビクッとして真紀のほうを振り返った。
「・・・声が大きいって。運転手さんが驚くだろ」
「あ、大丈夫ですよ」
タクシーの運転手は帽子のツバに軽く手を当て、バックミラー越しに答えた。
「あんたが返事しないからでしょ。もう、何ボーっと窓の外見てるのよ。黄昏れちゃってさ」
「・・・別に」
「踏ん切りついてないんだ」
「何がだよ」
俊介は少し狼狽の色を見せた。そして真紀は俊介の顔色の変化が分かると続けざまに、
「そろそろ茜が成田空港着く頃じゃない?」
と言った。
「・・・」
「ホントにいいの?もう会えないかもしれないんだよ?」
「うるせぇな、あいつにはあいつの考えがあるんだろ、俺が立ち入ることじゃねぇよ。それに・・・茜はずっとパリに行きたがってたし」
俊介はまたそっぽを向いた。
「どうして素直じゃないかなぁあんたは」
軽くあきれながら、真紀は俊介の手に何かを握らせた。
「ほらこれ」
「何だよこれ?」
「茜から預かってた手紙」
「え・・・」
すぐさま俊介は手紙を開いてみた。
『俊ちゃんへ
手紙なんて書くの久しぶりだから何を書いていいかわからないけど、私の思いの丈を書きたいと思います。
今回パリに行くにあたって、私物凄く悩んだの。
行くべきか行かざるべきか。もちろんパリ行きは、またとないチャンスだったし、その話がきたときは、『絶対逃したくない』と思ったわ。これは私にとっての将来を決めることだし、自分の心に正直にならなきゃって、真剣に考えた。
でも、『これからずっと俊ちゃんと会えなくなる』って考えたら、自然と涙が溢れてきたの。あと、私がパリに行ってる間に俊ちゃんの心が別のところに行くんじゃないか、って急に不安にもなった。
それは私の中の勝手な思い込みなのかもしれない。それに、俊ちゃんは私のパリ行きを賛成してくれたんだから、こんなことを考えること自体、俊ちゃんに対して失礼なのかもしれない。だから、私も早くふんぎって気持ちをパリに向けなくては、と思った。
だけどね、もしかしたら俊ちゃんが引き止めてくれるんじゃないか、っていう気持ちが私の心の隅にあったことも否めないの。その気持ちがどうしても拭いきれないの。正直、直前になるまで、別れるのがこんなに辛くなると思わなかった。今、まだ少し心が揺れ動いています。ダメだね私。こんな中途半端な気持ちじゃ、真紀にまた「しっかりしろ」って背中叩かれそうだわ。
ごめんなさい、ホントはこんなこと書くつもりじゃなかったんだけど、これが今の私の本心です。ただ、これだけは言わせて下さい。私は俊ちゃんのことが大好きだし、これからも好きでいます。その気持ちは変わりません。
私はパリに行きます。これ以上俊ちゃんに迷惑をかけたくないし。
それではさようなら。
P.S 真紀に伝えておいてください。私は大丈夫です。強くなります、と。』
「茜・・・」
最後まで読み終わらないうちに俊介は自然と口を開いていた。
その様子を見て、真紀が、
「口では強がってたけど、茜がずっと不安でしょうがなかったこと、あんた分かってたでしょうに」
と、横から口をはさんだ。
「あ、あの、運転手さん」
俊介は身を乗り出した。
「おそらく成田発12時5分の便ですね、飛ばせばまだ間にあいますよ」
運転手は腕時計を確認しながら言った。
「運転手さん・・・」
「すいません、根っからのおせっかいやきな性分で」
「いえ、ありがとうございます、飛ばしてください」
「国際線、成田発パリ行き12時5分の便にお乗りの方は、出発ロビーまでお越しください」
アナウンスが流れると、後ろ髪ひかれる思いで、茜はゆっくりと腰を浮かし、ロビーへと足を向けた。しかし、もう一度後ろを振り返り、誰かを探すように目を動かした。
「来るはずない・・・か」
と、踵を返そうとしたときだった。
「茜ーーーー!!」
茜のはるか前方、一直線にこちらに向かってくる男の姿が見えた。
「俊・・・ちゃん?俊ちゃん!」
「はぁはぁ・・はぁはぁ」
俊介は両手を膝の上に乗せ、息をととのえた。そして右手をゆっくりと茜の肩へと運ぶ。
「どうして・・・どうして・・・」
と、茜の目から一筋の涙が頬を伝った。
「はぁはぁ・・・茜・・・パリへは行くな」
そう言うと、俊介は腕を茜の背中に回し、おもいっきり抱き寄せた。
「うっ、うっ、うん・・・ごめん、私・・・自分に嘘ついてた・・・、ホントはずっと・・・俊ちゃんと・・・」
俊介の胸の中で泣きじゃくる茜。
「わかってる、俺のほうこそ・・お前の気持ちを全然考えてなくて・・・」
「俊ちゃん・・・大好き」
「うんうん、よかったよかった」
腕を組み、首を何度も前に振りながら感慨深げに真紀はその二人の様子を見ていた。そしてさらに、真紀のすぐ近くのソファに腰掛けて、俊介と茜の一部始終を見ていた男がいた。
「ホント、不器用だよなぁあの二人」
「あ、なんだ明彦来てたんだ」
真紀は明彦の隣に座った。
「お前らなら必ず来ると思ってたんだよ」
「でもさ、ホントよかった、間に合って」
「ああ、やっぱりあいつらには、ハッピーエンドが似合ってるよ」