長野・小布施
Obuse

日本のあかり博物館と小布施陣屋跡
  江戸時代から大正時代までの照明用具963点を中心にあかりの歴史をわかりやすく紹介している。館長の金箱正美氏の収集品で、文部省の重要有形民俗文化財に指定されているもの。
  小布施は江戸時代から明治にかけ、千曲川の堆積土を利用した菜種栽培が盛んで、最盛期には油しぼりを行っている家が29軒もあった。絞った油は高崎から江戸へも運ばれていたとのこと。
  陣屋跡は、江戸時代、小布施一帯が天領であった時期の代官所の跡である。
  小布施町は千曲川東岸の松川扇状地に広がる町で、町名の由来は古代の豪族布施氏によるとの説があるが真偽は不明。
  古来、栗の産地としても有名で、江戸時代には小布施栗として幕府に献上された由。なお、この小布施は善光寺平の河東(かとう)地方を貫く谷街道(現国道403号線)と上州に通ずる毛無道(けなしみち)の分岐点にある宿場町で、昔より商業が発達したところであった。  
  小布施の「栗羊羹」と「栗鹿の子(くりかのこ)」は余りにも有名。栗鹿の子は、栗餡に大粒の栗が入った栗きんとんのこと。若鹿の斑紋の様に綺麗だったことから栗鹿の子と呼ばれるようになった由。
  個人的には「栗鹿の子羊羹」が旨かった。これは栗羊羹に栗の実が入ったものである。又、帰路上信越自動車道の小布施パーキングエリアで買った「栗おこわ」も旨かった。今回の撮影会の幹事を引き受けていただいた、地元の写真仲間F氏の推薦だけのことはあった。
高井鴻山記念館
  北斎を小布施に招いた北信濃一の豪商、高井鴻山の隠宅や北斎のアトリエなどを修復し、鴻山の作品等と共に展示している。高井家は江戸時代初期に移住し、もともとの家業は酒造業とのこと。
  今回は写真仲間11人が、3台の車に分乗しての北国街道撮影会の一環としての訪問であった。
  この後、近くの雁田山北西麓にある北斎の絵で知られた岩松院に行った。



ルート


上信越自動車道 信州中野IC
又は長野電鉄河東線 おぶせ駅下車

〜皇大神社〜小布施陣屋跡
〜日本のあかり博物館
〜高井鴻山記念館〜北斎館
〜岩松院

歩行 1時間

駐車場
 町営東町駐車場、他  有料

休憩所・トイレ
あり

0311/0401
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