バイオフィードバック


 「精神一到、何事か成らざらん」、朱子語類に出てくる有名な句である。精神を集中して事に当たれば、いかなる難事でも成し遂げられないことはないと言った意味である。また、心頭を滅却すれば、火もまた涼しという言葉もある。これは、無念無想の境地に至れば火さえ涼しく感じられると言う意味である。どんな苦難にあっても、その境涯を超越して心頭にとどめなければ、苦難を感じない意味と、広辞苑に書いてある。

 しかし、多くの人にとって、言う易く行うは難しとは、このことを言うのであろう。
禅の世界で、悟りを開いた状態を言うのであろうか。ヨガや禅の瞑想状態の時、すなわち精神状態が、雑念や不安から解放され、安定した心理状態になったときは、血圧や呼吸数、心拍等も下がり、非常にリラックスした状態になる。脳波で言う、いわゆるα(アルファ)波が出ている状態になるのである。

 この時は、記憶力、集中力も増し、ストレス、イライラを取り、リラックス出来、例えば受験時のアガリ、スポーツのプレッシャー、赤面、対人恐怖等の除去や、寝付きが良くなる等の状態になるのである。この状態を、訓練により必要なとき、自由に作り出そうというのがバイオフィードバックである。自立神経訓練とも言う。

 バイオフィードバックとは、自分の意志で自分の気持ちを自由にリラックスさせる練習を行い、その結果、自律神経によって調整されている血圧や、脈拍などを間接的にコントロールしようという治療法を言うのである。

 普通、自分の血圧や脈拍、皮膚の温度など自律神経によって調整されているものは、自分の意志では調節できないと考えられてきた。例えば、不安を感じたり、緊張したりすると、自然に血圧が上がったり、脈拍が早くなってしまうことは日常良く経験することである。

 ところが、不安や緊張を感じるような場面でも、場数を踏んでくると、それほど緊張しなくなり、血圧や脈拍も以前ほど上がらなくなるのである。

 この事より、自分で直接自律神経に命令して、コントロール出来なくても、間接的に自律神経の機能をコントロール出来ることが経験的に分かると思う。この訓練を治療として行うのがバイオフィードバックで、自律神経訓練とも言われているのである。

 対象疾患としては、高血圧、慢性頭痛、慢性不安、気管支喘息、不眠、レイノ−病、てんかん、不整脈等があげられている。もちろん、この治療を行う目的のバイオフィードバック装置は厚生省で指定された医療機器になり、国内でも何社か製造販売している。

 しかしこれらは、大型で高価である。一般の人には簡単に使用出来ない。それに対し、小型で安価な製品が、ドイツ、カナダで作られ、日本でも売られている。これらの製品は携帯用で、どこでも使用できるようになっている。日本でも、スケートや射撃の選手や、短距離の選手等が、この装置により訓練を行い、成果を上げていると発表されている。値段は2,3万円で買えるので、興味ある方は試してみると良い。

 使用方法は意外に簡単である。私も、各社(海外)のものを使用したことがあるが、どれも使い勝手が良かった。これら安価品は、丁度パソコンのマウスのような器械で、手を乗せ、人差し指と薬指をを電極の上に乗せるだけで準備は完了である。

 原理は、皮膚インピーダンス(GSR、ガルバニック・スキン・レジスタンス)の変化を捉えているのである。そしてGSRの変化を音と光で教えてくれるのである。最初、音(又は光)が聞こえるようにつまみを調節し、精神統一、又はリラックスを促進させ、その音が聞こえなくなるように、心身をコントロールするのである。そして、音が聞こえなくなったら、またつまみを操作し、音が聞こえるようにして、同じ事を繰り返していくのである。

 これを3〜4度程繰り返し行うとかなりα波が出るようになった。音(光)は、皮膚抵抗の変化に追従しているのである。医科向けの器械は、このGSRの他に、体温や脈拍、血圧、筋電図、脳波等を併用して、より変化の度合いをわかりやすくしている。つまり、訓練しやすくしているのである。これは、嘘発見器にも応用されていることは良く知られている。それほど、精神状態の変化に敏感と言うことになる。

 ここまで、書くと簡単と思われる方も多いと思う。しかし、最初はなかなか音が小さくならず、あせったりして、逆に音が大きくなってしまうことも多い。私の場合は、例えば、「足の先が暖かくなる」と言いながら、精神を統一していくと、α波が出るようになった。眠れないとき、羊の数をかぞえていくと同じ原理である。慣れてくると、器械に頼らなくても出来るようになる。スポーツ選手が行っている訓練はまさしくこのことなのである。

 野球のK投手(巨人)が、投球前にボールに向かって何か呪文を唱えているのも、多分この原理の応用なのであろう。

 こんな便利な器械(小型で安価なもの、大型はある)も日本製では無い。なかなか商売としては売りにくいからなのであろうか。原理的には、2,3千円で出来る器械であるので、製品化が待たれるところである。知り合いのT大の神経精神科の教授も、小さくて安価なものが出来れば、使い道が多いと言っている。

 それにしても、こんな事を考えていると、人間という動物は複雑でデリケートな動物だなとつくづく思う今日この頃である。
             

0011
Hitosh


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