ぼくの選んだ歌(3)与吉のテーマ
与吉のテーマ
さあ みんな
手をとり 助け合い
かたを くんで
あるいていこう
にんげんは みな ともだち
ぼくらは なかま
かたを くんで
あるいていこう
 
さあ みんな
手をとり 助け合い
ちからを あわせて
あるいていこう
にんげんは みな ともだち
ぼくらは なかま
ちからを あわせて
あるいていこう
 
「与吉のテーマ」は、「走れ与吉」のメインテーマの歌だ。メインテーマの歌のわりには「みんなで力を合わせて助け合って、なかよくしよう」というだけの、中身もとくにない何ということもない歌だ。
 この何ということもない歌を、それでも、ぼくはけっこう気に入っている。そのわけをこれから話そう。といっても、もともとまわりくどいぼくのことだ。どんなはなしになるかは、やってみなければわからない。
 さて、ぼくの劇には、ともだちのなおちゃんが曲をつけている。「走れ与吉」は、ぼくがなおちゃんといっしょに作った最初の劇だ。その意味でも、けっこう思い出が残っている。もう二十五年ぐらいもむかしになる。ぼくは、なおちゃんと六年生を担任した。そのとし、学芸会があった。五クラス二〇〇人の子どもたちに何の劇をやるかという話になった。
「さがすのめんどくさいから、つくるよ」と、ぼく。
「つくってくれるなら、曲はつくるよ」と、なおちゃん。
 なおちゃんは、三年前の学芸会では、自分で劇をつくって曲もつくったらしい。ぼくは見ていないので知らないが、みんなの話によると、かわいそうなことにつまらなかったらしい。ぼくは「こんどは、ぼくがつくるから、だいじょうぶだよ」といった。曲はことばに左右されるものだ。おもしろいことばには、おもしろい曲がつく。「ことばをもって音をたちきれ」というのが、とりあえずのぼくの姿勢だということになる。
 みんなは口々に勝手なことをいった。三年前の六年生がやった「走れメロス」がかっこよかった。あんなのができたらいいな。二百人も子どもがいるから、斉藤隆介の「ベロ出しチョンマ」みたいな一揆ものにすれば、人数がいっぺんにいっぱいはけていい。でも、一揆ものだとがさつになっちゃうから、「ロミオとジュリエット」みたいな恋物語がほしいな。ほんとうに、みんな勝手だった……。
 ぼくは「走れメロス」みたいで、「ベロ出しチョンマ」みたいで、「ロミオとジュリエット」みたいな劇をつくった。(ぼくは自分でいうのも何なんだけど、創造力や想像力にはあまり自信がないけど、他人のものをペタペタとつぎあわせて、それらしく見せるようにする方の才能には多少自信を持っているのだ。)
 できた劇に、ぼくは「走れ与作」という名前をつけた。当時、北島三郎の「与作」がまだはやっていた。「与作は木ィを切る。ヘイヘイホー……」というあれだ。むかしのことで、よく覚えていないが、「走れメロス」と「ベロ出しチョンマ」と「ロミオとジュリエット」を合体したのだから、もうこわいものなしだ、タイトルぐらいは遊んでもいいだろうという気持ちだったように思う。
 みんなはいった。「こんなのダメだよ」「劇やるまえに、笑っちゃうよ」「与作の歌を思い出しちゃって、劇にならないよ」等々。散々だった。にこにこしながら、みんな情け容赦もないことを次々にいう。そして、「走れ与作」が「走れ与吉」になった。みんな、中身ではなく与作という主人公の名前がふざけていてダメだということだけだったのだ。
 これは、先日死んだいかりや長介のネーミングと全く逆のケースになる。いかりや長介は、「おまえ、芸をまじめにやりたかったら、名前をふまじめにしろ」とハナ肇にいわれて、本名のちょういちをちょうすけにかえたという。ぼくは、ふまじめな名前をまじめな名前にかえたことになる。もし、ふまじめな名前のままにしておいたら、ぼくの「走れ与作」は「8時だよ、全員集合」みたいにヒットしただろうか。
 余談ついでにもうひとついうと、そのころは、まだ、ワープロもパソコンもなかったので、手書きで作った「走れ与吉」の台本は、面倒くさいので直しもしないで、主人公名を与作のままで印刷し、練習に入った。ロミオとジュリエット役は、与吉とさよで、おたがい反目しあう日なた村と日かげ村に住んでいる。悪殿様が年貢米をとりたてて食う米も残らないという設定だ。一揆をおこしてもとてもかなわないが、二つの村の力を合わせればどうにかなるだろうと与吉がいい、さよを人柱にしてとなり村までひた走ることになる。ここで、ロミオがメロスに変身する。
 走っていった与吉は、つるぎ、川、火という「三枚のお札」のやまんばみたいな障害物に出会い、一応与吉が火につつまれるところで、ちょっと不安ぽく幕がおりる。再び幕が開いたとき、そこには人柱のさよがいる。東の空に日が昇っても、与吉は帰ってこない。さよを殺すのかと、村人たちはさよにせまる。劇の中で、いちおう一番か二番か三番ぐらいに緊張した場面だ。感極まったさよは与吉の名をさけび、一瞬の沈黙があって、今度は客席の後ろから、与吉がさよの名を呼ぶ。そこには、日かげ村の村人たちを伴った与吉の姿があった……と、感動する(!)場面で、練習中のある日、ちょっとしたハプニングがおきた。「さよを殺すのか」と日なた村の人々がせまったとき、感極まったさよ役の森さんは「与作さぁーん」とさけんでしまったのだ。客席の後ろの与吉は返事をできなかった。舞台の上もフロアーも一瞬のうちに笑いのうずになった。さけんだ本人だけは気づかずにポカンとし、あとは全員笑いころげていた。ぼくは、そのときはじめて「走れ与作」にしないでよかったと思い、台本を直さないで与作のまま印刷してしまい、「ごめんなさい森さん」と思った。(森さんはさよ役を立派にやってくれたとてもしっかり者の六年生です。)
     *
 ここから、ちょっと話を「与吉のテーマ」の歌の方に引き戻す。三つの名作を合体させたこの劇を、ぼくはとんとん拍子に書いたのだが、一カ所だけ立ち止まり、考え込み、こまったところがあった。それが、与吉が戻ってきた場面だった。さよがさけび、与吉が答え、与吉は日かげ村の人々を引き連れて再び舞台の上に立った。ここでは、もう与吉は歌うしかない。ぼくとしても、ここまで書いてきたのだから、与吉が歌うことに異存はない。しかし、どうしても、ここで歌う納得する歌詞が出てこないのだ。内容的には「おれは、こうしてかえってきた。日かげ村の人たちもいっしょだ。さあ、これから二つの村の力を合わせて、殿様のところに行こう」ということになるのだが、どんなことばをつけても、しっくりこない。浮いてしまうのだ。
 与吉は多くの障害を越えて、いま、さよのまえにいる。これは、いうまでもなく明らかなことで、いうまでもないということは、もうことばはいらないということなのだ。言葉がいらないときにうたう歌の歌詞には、いったいどんなことばがあるのだろうかと、ぼくは考えたことになる。かなり、ああでもない、こうでもないと考えたすえに、ぼくの頭の中に浮かんだのは笹川良一の「ことば」だった。
 もう笹川良一が死んでからずいぶんとたっているので、笹川一家がどうなっているのか、日本船舶振興会がどうなっているのか、競艇レースがどうなっているのか、ぼくは全く知らないが(よく考えたら、むかしも競艇レースのお金がどうなっていたのか、ぼくは全く知らなかった。)
 ぼくが知っているのは、ひっきりなしに流されていた笹川良一のテレビCMの言葉だけだった。「世界は一家、人類はみな兄弟。お父さん、お母さんを大切にしよう」というCMがずいぶんと流された。それに続いて「戸締まり用心、火の用心」というCMもずいぶんと流された。ぼくはそのとき(ほんとうに世界が一家なら、戸締まりなんかをする必要はないのに)と、笹川良一の「ことば」の嘘らしさと空々しさにあきれていた。が、「与吉のテーマ」の歌詞を考えているときに、ふと、この笹川良一の「ことば」が頭にひらめいてしまったのだ。何も、こんな悪いやつにばかり「いいこと」をいわせておく必要はない。ぼくたちだって、同じように空々しいぐらいの「いいこと」を並べ立てたっていいのではないか。そのとき、ぼくは、そう思った。
 こうしてできあがったのが「与吉のテーマ」のことばになる。「さあ、みんな、手をとり、助け合い、力を合わせて歩いていこう/人間はみなともだち、ぼくらは仲間、力を合わせて歩いていこう」
 全く同じそぶりををしているが、「与吉のテーマ」のことばの対極には、笹川良一のことばがあると、ぼくは思っている。ことばには、そのことばに至る物語がある。笹川良一には、そこに至る笹川良一の物語がある。だから、どんなに世界は一家だとか、お父さんお母さんを大切にしようといわれても、ぼくはこのことばを信用しない。同じように、与吉のことばには、そこに至る与吉の物語がある。だから、与吉は「さよ、おれは、こうして戻ってきたぞ」とはいわない。「日なた村の諸君、おれはこうして日かげ村の人々を説得して連れてきたぞ」ともいわない。「おれたちの力は二倍になった。二倍の力でもって、悪殿様をやっつけにいこう」ともいわない。与吉はただ「さあ、みんな手をとり……」と、まるで笹川良一のように歌うだけだ。
 ことばのそぶりは同じでも、与吉の物語は笹川良一のそれとはちがう。そのちがいを読み取るのは、劇を見ている観客たちだ。ぼくは、あえて同じそぶりで対極の物語をもつことばをそこにおいた。そこにおくことができたということで、ぼくは、この歌をけっこう気に入っている。これで、ぼくがこの歌をけっこう気に入っているという話はおしまいだ。