49日目     12月3日(水)         晴   那覇〜阿嘉島
移動:那覇〜とまりん〜〔フェリー〕〜阿嘉島
走行距離:約30km  総走行距離:8120km
食:うどんとかれーとぎょうざをまぜた代物 体調:快調                   


朝起きると、

『 はて、僕は、どこに行こうか・・・ 』

そんなことを1時間くらい思案していた。
離島に行くにしても、
どこに行けばいいのか?

薦められる所は、

『 西表・石垣・竹富・波照間 』

などの離れた所ばかり、
僕は、5日間くらいしか沖縄にいないんだから、
そらぁ、遠い島は除外なのです。
なぜなら、
フェリーが毎日出てなかったりするから。

そんなん考えてたら、
どうしたらいいのか分らなさ過ぎて、
とりあえず、フェリー乗り場に行こうと思った。

ハト VS 無垢な少年


求人を見るのも楽しみだったりします。


何よりもこのガソリンの値段!
本土よりも10円以上は安い!
最初、軽油かと思ったくらいだった。


さんぴん茶購入。

ちなみにうこんのお茶は、

『 うっちん茶 』


フェリー乗り場で、適当にパンフレットをもらって、
思案した。


『 久米島・渡名喜島 』

は、絶対に行こう。

そう決めた。
というのも、原付で走るには丁度良さそうな広さだったから。

渡名喜島にしたのは、
その久米島から直接フェリーが出てたから。

これだけじゃ、つまらん。
ということで、


@ 粟国島

A 渡嘉敷島

B 阿嘉島・座間味島


この3つから一つを選ぼうと考えた。
フェリー乗り場の人に話し掛けると、
粟国島に行くという。

その人が言うには、

「 粟国島は観光地化されてないから、より自然に近いよ。 」

ということであった。
僕は、粟国島がいいかなぁと思った。


まだ、決められないでいた。
僕は、フェリー乗り場のガイドの人に聞いた。


kan 「 すいませ〜ん、この3つの中で、どれがお薦めですか? 」

ガイド 「 そらぁ、座間味ですよ。ここの海は綺麗な事で有名なんです。 」


という返事だった。
あまりにも断定的だったので、
そこにしようと大きく傾いた。

これら3コースのフェリーはどれも同じ出発時間
(10:00)

だった。

とりあえず、
久米島は後回しにしておいて、
座間味島に行こう。

決めたのが、フェリー出発30分前だった。
座間味島に行くには、
フェリーは阿嘉島に一旦、寄港する。

とりあえず、
阿嘉島で一泊しよう。

その次の日は、
座間味島に行こう。

次は、那覇で1泊。

次の日は、渡名喜島で1泊。

次の日は、久米島で1泊。

次は、本島に戻ろう。


そういう計画だった。

とりあえず、離島1日目は阿嘉島で。

フェリーに乗りこんだ。
衝動的だった。
衝動的に乗ったのだ。

昨日までは、本島を回る予定だったのに。




さようなら〜、着いたばかりの、那覇。


今まで乗ったフェリーの中で一番小さい為か、
水飛沫が凄く、



水が大量に飛んできました。
でも、
これもまた楽しい。


だんだんと、目的地が見えてきた。


うぉ〜、海がほんとに綺麗だ!


接岸!


本島に小さな小島なだけに、
レタスやら
( 多分、タコライスにのる )
生活物資がフェリー内にありました。


原付の隣の隣くらいに、
赤いマウンテンバイクがあった。



早速、三つ連なっている島の一つ、
飛行場だけの島に行き、
飛行場を写す。


後ろがセスナ機。
前が窓が無防備に開いた駐車車両。
(これを見た時は、笑ったが、後に普通の光景となる)


島内を探検しよう!

ビーチに来た。
やんごとなく綺麗だ。


澄んでる!


砂浜に目をやると、
なにやら足跡。


辿っていくと・・・



貝でした。
(真中左上の丸いのが貝・あとは草)


こんなのが生き物で生存してたんだね。


さっきの貝を海の中でも見つけた。
(岩場にいたよ)


ニョキニョキっと。


泳ごうと思って、
モモまで入るも、
やっぱり冷たく、
風が吹いてたし、
1人だったので、浸かるのは止めときました。



小さな漁港に行くと、
釣りを地元の人がしていた。

近づいてみると、

岩場があるんだぁ。
綺麗な海だね。

そう思ったら、
岩場みたいな黒いのは、
『 みじゅん 』
という名の体長10cmの魚で、
から揚げ・刺身
にすると美味しいそうな。


僕は、これだけの魚群がいることに驚いた。
なによりここまで見えるのは、
水が綺麗だからだし、
ここまで魚の大群を視覚したのは、初めてだったから。
( 岩場から魚群に変わった驚きもあった )

ただ、こういった大群は地元でも滅多にないらしい。
運が良かった。僕。



これがみじゅん。
みうらじゅんじゃないよ。


更にいろいろなところをみると、
ハリセンボンが!

地元の人は、普通の光景といったかんじだった。


この島に、土方の人々がいて、
釣りをしていたが、

1匹釣れたらしいが、

釣ったばかりの魚の尻尾に
釣り糸を結びつけて、


泳がせては、引っ張ったりしていた。


カニもいました。


ここは、米軍が沖縄戦で第1歩を記した地。


道にて、ヘルメットをかぶっていない人がいた。
この島ではあたりまえなんだろうか、
僕は、ヘルメットをしている事が恥ずかしかった。

まるで、
田舎の中学生が自転車運転時に、
ヘルメットをさせられている時の気持ちと同じ、だろうか。


僕は、島の道という道を走ろうと思い、
こういったところにも行き、


展望台にも登った。
この双眼鏡、僕は、どこにお金を入れたらいいか分らなかったが、
どうやら、そのままでも見えるらしい。


途中、鳥を撮りました。


移動中、
原っぱで、少年二人、少女二人がサッカーしていたので、


kan 「 おお〜、サッカーしてるのか! 」


と話し掛けると、

子供 「 おじちゃんも、やる〜? 」

ときたので、
サッカーをなりふりかまわずやってしまった。

楽しい。


こういった実も初めて見ただろうか。


日も暮れそうなとき、
僕は、最後の道である、この島で一番大きな浜に行った。
そこを見たら、フェリー乗り場に行こう。

ビーチに着いたが、
キャンプ場も近くにあった。

そこのキャンプ場で誰か、テントを張っていた。

フェリー内で見た赤いマウンテンバイクがあった。


僕は、そのテントの持ち主に話し掛けた。


kan 「 いつからキャンプなさってるんですか? 」

キャンパ 「 今日からですよ。 」

kan 「 僕、日本一周、あの原付でやってまして。 」


などと話していると、

キャンパ 「 そうだねぇ〜、君はそこで寝るといいよ。 」

とトイレを指差した。

僕はトイレで寝られない人だったのだが、
しきりにそのキャンパーは薦めるのである。


そこに違う若者が来た。

その若者も今日、来たという。
テントを東屋で張っていた。
(ここでは便宜上、『東さん』という仮名にしておきます)
東さんは、あまり話をしようとせず、
近くの高台へと颯爽と登っていった。

キャンパーと話を進めると、
その人は、日本のどこでも仕事が出来る、
そんな仕事をしているという。

更に聞いていくと、
職業・占い師
だった。



しばらく話をしていると、
辺りは、もう、暗くなっていた。

僕は、東屋で寝ることにした。

 そのキャンプ場は島内で隔離された場所にあった。
民家との距離は1km位だろうか。
しかも、そのキャンプ場と民家の集落を結ぶ道は
街灯など無く、軽い山を越えなくてはならない。

僕は、原付で売店などを回って、
夜、暗くなってからキャンプ場に戻った。
その、
戻る途中で、鹿を見た!

この島には、

『 ケラマジカ 』

という天然記念物の鹿がいる。

 僕は、夜道に鹿がいて、
鹿が僕に驚いてピョンピョン跳ねている
その状況に驚いた。
とても。

その日は、
東屋でその若者と夜、話し込んだ。
(若者といっても、33の人なんだが・・・)

僕の持ち合わせの日本酒で乾杯し、
寝ました。