52日目     12月6日(土)         晴/雨/曇   阿嘉島
移動:阿嘉島
走行距離:約35km  総走行距離:8200km
食:熱帯系魚たち・島豆腐・久米仙・オリオン         体調:順調                           


晴れ日やかな状態で起床。
何かスッキリした状態で起きたが、
東さんから昨晩の様子を聞き、スッキリ感が吹き飛んだ。

大さんと中さんはスキューバをしに町のほうに行った。

昨日東さんが釣った魚2匹と、
昨晩港にいたおじちゃんからもらったカワハギ1匹を
焼いて食べることにした。

東さん、カワハギの皮をハギハギ剥いで、焼いてくれた。


非常に香ばしい匂いが立ち込め、これがキャンプなんだと思った。
自給自足生活って感じだった。
しかし、これだけで本島に自給自足生活なんぞ出来るものかと思うと、
横井正一氏のサバイバル生活がいかに凄かったかがわかる。


占い師さん 「 おぉっ!今日は島豆腐が売ってる日だよ〜。
土曜日に島豆腐売ってるんだ〜。
原付貸してくれないか〜。 」


と、占い師さん島豆腐を買ってきてくれることになった。


魚もいい感じで焼けてきた頃、
占い師さんも島豆腐を持って帰ってきた。




これは、豆腐を固める前のにがり入りの豆腐である。(たぶん)


これが非常にうまい!
魚も、生きた状態から手に入れて、食すというのも
作られた世界ではない、昔からの味という気がした。
これらの魚の味としては、
非常に淡白。
これは、
熱帯地域だから魚に脂分が少ない為だろう。

スウェーデン産のサーモンが何で旨いのかが解る気がした。


今日で、東さんが沖縄本島に帰る。
僕も、帰る。

東さん 「 kanさんは帰らない方がいいんじゃないですか?
仲間も新しい人が来たんだし。 」

kan 「 そうっすかね〜? 」


僕は、あっさり帰るのを止めた。

占い師さん 「 お〜い!早く海に入って泳ごうよ〜! 」

僕と東さんと占い師さんは、
浜辺に行った。


最初に占い師さんがシュノーケルとメガネを付けて先に潜った。
ブイのところ
( 浜辺から約100m )
まで行って、戻ってきた。

占い師さん 「 君もやらないと〜!せっかくなんだから〜。
もぅ〜景色が凄い綺麗だよ〜!
これをやるのがいっっっちぶぁんだよ〜! 」

と言うのである。

浜辺近くの明るい水色と同じ色した
真中付近にある地帯より20m奥がブイの位置


ヒレを着け、メガネをつけ、僕はブイまで向かった。
恐らくもう到着しただろうという所まで泳いで
水面に顔を出した。
海面ぎりぎりからの視点だと、
いったいどこまで泳いだのか、判断しづらい。


kan 「 あとどれくらいっすかー? 」

占い師さん 「 まだまだ〜!ハハハ! 」


もう足はつかないくらいの水深になっていた。
2.5mくらいか。

1人で泳いでいると、非常に怖かった。
実は、小学校2年の時には、
水面に顔すらつけられなかった
大の水嫌いだった。

その後、スイミングスクールに通い、
小学生の内に泳げるようにはなったが、
未だに深い海は不快。


kan 「 まだですか? 」

占い師さん 「 な〜に怖がってるんだよぉ〜!まだまだぁ〜ハハハっ! 」


実際にはすぐそこなのか?
いや、たぶんすぐそこまで迫っているはず。


そう思いながら、引き返した。


僕は、浜辺に来ていた今日この島に着いたばかりだという
30代の人にシュノーケルやらヒレやらを貸してあげた。


その人も、やっぱり怖くて途中で引き返してきた。

やっぱり占い師さんは野生児なんだ。


次は、東さんが挑戦したがキャンプ場で占い師さんが
魚を獲る為にモリを作っていたので、
そちらを見ていた。

丁度そのキャンプ場は浜辺を見とおせる場所にあり、
東さんが潜っている様子も見れた。

東さんは、ず〜と海底を見つづけながら、
泳ぎつづけていた。

浜辺と水平に(真横に)泳いだり、
ちょっと変な方向に泳いでいた。


占い師さん 「 東くん、変な泳ぎ方だなぁ。 」

kan 「 あのまま沖縄本島にいってマラソンするんじゃないですかね。 」


東さんは、ちゃんとブイまで辿り着いてた。


東さん 「 いや〜驚いた!下を見たまま泳ぎ続けていたんだけど、
顔を上げたら隣の島が目の前にあるわけ!
えぇっっ!辿り着いちゃったよ!
と思ったら、
実は、いつの間にか、
出発した浜辺に方向が変わっていただけだった・・・
本当に驚いたよ! 」


なんと味のある人か!


そうこうしていると、だんだんと曇ってきた。

そして、

降った!

遂には、向こうの島が全く見えなくなった。



しかも、台風かっていうくらい強い風が吹き荒れて、
東屋の荷物が吹き飛ぶし、滅茶苦茶だった。



非難している時に、
先ほどついたばかりの30代の方と会話したが、
衝動的に沖縄に行こうと思い立って、
飛行機で那覇まで行き、
そこからセスナでこの島まで来たそうな。

セスナに乗る前に搭乗者全員が体重計に乗って、
体重を量ってから、
機体のバランスを保てるように、乗る席が決められるんだと。

で、この30代の方は1人で自転車でこの浜辺まで来て、
雨に打たれる羽目になったんだと。


セスナ乗ってみたいが、
フェリーで那覇からここまで1時間という短さなのに、
大金払えないなぁ。


雨が小雨になった頃、その30代の人は町のほうに帰っていった。

東さんもフェリー乗り場の方に向かっていった。


太陽が出ていなくて、泳げないし、
連日の飲酒で昼から呑めないし、
何をすればいいのか分らなくなり、
フェリー乗り場でノートパソコンでも動かそうと、荷物を持った。


占い師さん 「 お〜い、帰っちゃうのか?? 」

kan 「 いや、パソコン動かしに行くんです。 」

占い師さん 「 でも、そんなに荷物持っていかなくていいんじゃない? 」

kan 「 いや、それなりに大きいものなんで。 」


占い師さん、僕が帰ってしまうんじゃないかって、
心配な表情だった。
意外に、寂しがり屋じゃないか。


待合室でパソコンを動かしていると、
東さんが現れ、

東さん 「 何か飲みたいものありますか? 」

kan 「 DAKARAでお願いします。 」

肝臓いたわれせて頂いた。


時は過ぎ、フェリーがお迎えに来た。

東さんとは4日間この島で楽しんだ。
毎晩呑んで語った。
僕らは、堅く握手を交わし合った。

東さんは、フェリーに乗りこんだ。


船 「 ボゥオオオオオー! 」
っと汽笛を鳴らしながら、東さんは去っていった。
東さんの瞳には光るものがあったのを僕は見た。


そして、見えなくなっていってしまった。

この島がここまで楽しかったのも、東さんが居たからだろう。
しかも、偶然に同じ日にこの島に来た。
普通は宿に泊まるんだろうが、
僕同様、宿に泊まらず、
キャンプ生活という共通項があったからこそ
夜酒を呑みながら微かに月明かりに照らされた鹿を見ながら
話をして、ぐっすり寝れたんだろう。

さようなら。




他の見送り人も多く居た。

僕は、明日この島を出ようと決意した。

しかし、この島で僕は何をしようか何も思いつかなくなっていた。

適当に原付を走らせた。



適当に写真撮ったりしてたら、

おばあさん2人とおじいさん1人に遭遇した。
中に入り、話を聞くも、
ハッキリ言って何を話しているのかサッパリ分らない・・・

おばあちゃんの片手には沖縄名物
『 シークワーサー 』
が。

おばあちゃん、シークワーサー食べながら
話をしていた。
おばあちゃん達、シークワーサーの皮をそこら辺に撒き散らせて
投げ捨ててた。

それを見て、
「 オイオイ、美ら島汚しちゃいけんよ。 」
なんて思ったが、これが普通なんだと悟った。


おばあちゃんが、僕にシークワーサーをあげてくれた。


こんなのなのだが、
形は小さなミカンだが、レモン級にスッパイ!!!!

kan 「 ホニョホニョニョ〜〜〜〜 」

食べた後の感想だった。
おばあちゃん、笑ってくれた。
しばらく会話をして、おばあちゃん達立ち去る。



なんとゆっくり歩いている事か。


そのまま今夜も
占い師さん・大さん・中さんと4人で
酒浸りだったが、
明日、旅立つっぽいことを言うと、

一同 「 えぇ〜! 」

占い師さん 「 旅はゆっくりすればいいんだよ〜。だめだよ〜そんなんじゃ〜。
じゃぁ、仲間はずれだな〜。 」

kan 「 マジっすか。それは、こまりました。あぁ、じゃぁ、もう1日居ようかな。 」

占い師さん 「 いや、うちらは引きとめないけどね。 」


などという、会話が十回くらいされ、
遂には、もう1泊させられてしまったのだった。