しあわせの基準



「明日?何、急に」
「いーから場所決めろよ」


 ――急にそんなこと言われてたって・・・

なぜか、明日ふたりで出かけることになった。
部活も終わり、並んで歩く帰り道、加賀が突然「明日デートすんぞ」なんて言い出した。今日は金曜日。

しばらく考えた後、ボクが「じゃあ・・・」と、場所を提案したのは最近オープンした水族館。
その場所へのアクセスを考えるように加賀が黙り込む。
「あー・・・あそこか・・・」
考えに集中する時、加賀は顎に手を添えるクセがある。
対局時にも時折目にするそのクセ。結構好きだったりする。

 ――つい、目がいくんだよね

シャープな顎のラインに添えられる、少し骨ばった長い指。
視線に気づかれないように、少し見上げる位置にあるその横顔を盗み見る。
「んー・・・じゃ、明日10時、迎えに来っから」
「っ・・・え?ドコって??」
悔しいことに、加賀に見とれていたらしく、急に話を振られ話の流れが掴めなかったボクは、
慌てて聞きなおしたものの、時すでに遅く・・・一段とトーンの下がった加賀の声が聞こえた。

「・・・・・・オレ様の話を聞き流すたぁいい度胸してんな。ったくよぉ」
「!!いっ・・・」
手加減ナシで額を指で弾かれた、その場所を擦りながら抗議の声をあげてみる。
「痛いなぁ!」
「話聞いてねぇからだろ。明日10時だからな!じゃあな」

いつの間にか、お互いの家への分岐にさしかかってたらしく、
加賀は念押しするように待ち合わせ時間を告げると、自宅へと伸びる道に足を踏み出した。

背中を向けたまま手をひらひらと振る別れの挨拶。
いつもこの場所でその背中を見送ってる。

いつもの風景、いつものセリフ。
背を向けられると妙に寂しさが襲ってくる・・・これもいつものこと。

 ――何か・・・悔しい

そう思った途端、まだそんなに離れていない位置で加賀が立ち止まった。
ポケットに両手を押し込んだまま、カバンを脇に抱えたポーズで振り返った加賀は、無言でボクの目の前まで戻ってきた。
「?何?どーかした・・・?」
ボクの質問に加賀が小さく溜め息をついて呟いた。
「帰り辛ぇだろーが、んな顔で見送られたらよ・・・」
何で帰り辛いんだろう、と疑問がよぎった瞬間に掠めるようなキスをされた。

瞼を閉じる間もなかった所為で垣間見れた加賀の表情は、どこかいつもと違って見えた。・・・そんな気がした。
同時に漂ったタバコの匂いも手伝ってか、鼓動が高鳴る。
その動揺を気づかれないようにと、精一杯の力で加賀の胸を押し退けた。
「っ!ちょっと・・・ココ、どこだと思ってるんだよ」

 ――家の近くだし、まだ明るいし・・・誰かに見つかったらどうする気なのさ

「場所変えりゃあイイって意味か?」
そう言ってニヤリと悪戯っぽく笑うのはいつもの加賀で、ボクは相変わらず膨れて怒鳴るだけ。
「そーゆー意味じゃないよ!まったくもぉ!」
「図星だから怒てんじゃねーのかよ」
「違うって言ってるだろっ!?帰るっ!」
どんどん顔に熱を帯びてくるのが分かる。
それを隠したくて加賀に背を向けたボクは、勢いに任せてそのまま家へと歩き出した。
「明日10時だからなー寝坊すんなよ」
「分かってるよ!!」
きっとニヤけてると思われる加賀の表情を想像しながら、ボクは振り返ることもなく、怒鳴るような返事だけをしてその場を去った。

加賀がボクの背中を見送ってるなんて、当然、知るハズもなく。

+++++翌日

「っ・・・うっせーな・・・ったく」
枕もとで鳴っている携帯を、まだ覚めきらない目を必死に開けて探す。
「・・・・・・はい・・・」
『・・・加賀・・・?』
「あー?・・・何だよ、朝っぱらから・・・」
『・・・10時過ぎなんだけど・・・?』

電話の向こうから聞こえる、明らかに怒りを含んだ筒井の声に一気に目が覚める。
冗談であって欲しいと願いを込めて壁の時計へと目をやるが、信じたくない現実を突きつけられただけだった。
『寝坊すんなって言ったクセに』
「悪ぃ、マジわりぃ。急いで用意すっから・・・」
会話を続けながらもベッドから降りて出かける準備を進めていく。
『じゃあ・・・ボクがそっち行くから。その間に準備できるだろ?』
確かに、身支度を整えてから迎えに行くより筒井から来てくれた方が時間に無駄が無い。
「そうすっか・・・んじゃ、また後でな」
『うん。じゃあ後で』


そう言って会話を終わらせた二人の顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。


2002.11 筒井のモノローグを目指すものの挫折(泣)
なぜかラストは加賀視点。あーもー・・・・・・
「加賀好き好きオーラ」全開な筒井ってのも、結構好きで書いてみたいんだけど
どうにも加賀がガンガン押しまくるイメージが強くてムズかしいですなぁ。