阪井変電所跡の廃線跡で遊ぶ子供達、廃線跡は車が来ないので子供達にとっては安全な遊び場です。
このカーブを曲がるとすぐに連絡口がありました、正面には紀勢線の工事中の高架が見えます。
もし野鉄が廃止されなければ線路は直進し、高架下に野鉄海南駅が新設されたと思います。
日方駅です、区画整理に伴い整地され、もう駅の痕跡はほとんどありません。
4月14日鉄道友の会阪神支部主催で阪神に行った野鉄車両の見学会に参加しました。
阪神電鉄尼崎工場で久しぶりに24−32と再会出来ました、廃止されてから2年ぶりです。
茶色に塗られ、台車は阪神大震災の被災車両が履いていた仮台車の上に載せられていました。
やはり24は正面からの顔がGOODです。
24の内部です、野鉄の路線図が当時のまま残されています。
阪神電鉄のお話では、この後元の台車を履き、センタープール付近の高架下で保存するそうです。
お盆過ぎの8月19日、再び野鉄跡を訪問しました。
北山駅西方の林の中を通過した線路跡、写真のトリミングの違いで同じ写真でも感じが違います。
重根駅跡もすっかり整地され、電車が交換していた頃の駅の面影を感じられません。
この年はこれが最後の野鉄跡訪問でした。