み な と 街 お た る
『小樽港・北防波堤』
 1908年に完成した1,280mの北防波堤は約100年たった現在もその機能を遺憾なく発揮している。廣井勇氏による。
 調査、計画、設計の日本初のコンクリートを本格的に用いた築港工事で工法、使用した重機、技術と、すべて時代の最先端にあり、小樽が世界に誇れる近代化遺産と言える。
『おたる潮まつり』
 今年で35回目を数えるおたる潮まつり。多杉な催し物の中で特に盛り上るのが神輿パレードである。小樽市内の各神社の神輿が一同に集まり市内をねり歩き、港にあるメインステージ前で迫力ある宮入りをする。 この日の為に日本中から担ぎ手が集まる。小樽は担ぎ手達にも人気があるらし<、街は人の波にうなる。
『小 樽 運 河』
みなと街おたるの歴史は運河と共に歩んで来たと言っても過言ではないだろう。明治〜大正の創ろうとした時、昭和の埋立てようとした時、いずれも街を二分する長く大きな論争を繰り広げた。隆盛から斜陽へそして平成になり、年間900万人を超える観光都市小博の「顔」になった。
 写真は新しい冬の風物詩、「おたる雪あかりの路」である。ノスタルジックな雰囲気かなんともあたたかい。
『日本一のフェリー』
 小樽が「斜陽の街」と呼ばれていた1970年、当時の小樽商工会議所木村円吉会頭が推進した「新日本海時代構想」に基づき、日本初の長距離フェリーが就航した。その昔、北前船が小樽に様々な文化を運び、そして今、フェリーが観光客を運ぶ。みなと街おたるのフェリーは「斜陽の街」のレッテルを剥がした立て役者の1つに間違いないだろう。
『小 樽 港』
かつて小樽は日本の、世界の小樽と呼ばれた時代があった。
小樽港に北前船が立ち寄り小樽商人を生み、幌内の石炭を運ぶ為、鉄道が敷かれ商都小樽の成長に弾みをつけた。小樽運河や北防波堤をはじめ、港に潤沢な国家予算が投じられ小樽は発展を続けた。昭和に入り日本一のフェリー就航、近年ではロシアとの交流と、港があったからこそ「発展:があった。小樽にとっての「港」は文字通り母なる港(うみ)と言えよう。