例年になく雪解けが遅く、4月というのに小樽市郊外はまだまだ雪に囲まれている。特に筆者(横田)の居住する望洋台は未だに銀世界。
今年の夏は果たしてくるのだろうか?
さて、ライオンズの年度初めは7月からだが、世間(?)の年度初めは4月から。俗に言う平成17年度初めての例会・選挙会が7日開催された。
会長挨拶では聾学校の卒業式の模様が紹介され、「簡素な中にも心温まる式であった」と感想を述べられた。なかでも会長が感心されたのは「在校生が卒業生に花束を贈る場面で、車椅子の在校生から花束を受け取る女の子の卒業生が、ごく自然に車椅子の子供の目線まで自分の体を下げて受け取った」という状況を目の当たりにした時だそうである。何のぎこちなさもなしに、自然に体が動いて相手が渡しやすいように身を低くする。生活をともにする中で自然に身についたと思われる「相手を思いやる心としぐさ」。昨今、子供に関する暗いニュースが多い中での一輪の花のような、我々が忘れがちであるこうした「心」を思い出させてくれた会長挨拶であった。
選挙会では次期会長のL山本以下執行部が発表された。
幹事報告で先の5LC親睦ボーリング大会の「4連覇達成」が報告され、優勝に貢献した各ライオン、まあまあ貢献したそれなりのライオン・・・が幹事から紹介された。いずれにしても我が「みなとLC」の並外れたボウリングの腕前と、遊びに対する類まれなる執着心をまざまざと見せつけてくれた。ツイスタータイムはL横田がピンチヒッター。次期テールツイスターということなので前哨戦であったが、気負いすぎて「長〜い」とのお叱りも。話も堅くなかなか落ちなかったが、まぁ次年度からのお楽しみというところでご勘弁を。
ボーリング大会の優勝者等から記念のドネーションがあったほか、L北村からは「街頭で『そこのお爺さん、お爺さん』と呼ばれ、交通事故に気をつけるようにと夜行反射材を貰ったが、お爺さんと呼ばれた時は自分ではないと思った。高齢者と認められた記念に!」とよく判らない2,000円のドネーションがあった。暖かい春が早くくるように、そして我がライオンズの各種活動が大きく飛躍することを祈りつつ例会は幕を閉じた。
本例会は、小樽市助役 鈴木忠昭様、ライオンズクラブ国際協会 国際理事 L石橋幹雄をはじめ331-C地区役員、市内クラブ役員、市内ブラザークラブ三役をご来賓として迎え開催された。
オープニングは、小樽ブラスファイブの生演奏でスマートかつ厳粛にスタート。
会長L山岡の挨拶では、44年の歴史をふりかえるとともに、「本年7月よりは、L山本一博のもとに45周年という節目の年を迎え、そして時を同じくしてL本間義章を先頭に『331-C地区第52回年次大会』が小樽で開催される。」「以上をふまえ、私どもみなとライオンズクラブのメンバーは、さらなる『ライオニズム』の高揚に励んでいきたい。」と述べた。
CN44周年記念アクティビティは、「小樽みなとライオンズクラブわくわく実験教室」として小学生を対象に空気・気圧の実験教材一式30万円相当が、小樽青少年科学技術館へ贈られた。今後、5/17の北手宮小学校をてはじめに、市内各学校で活用される。
懇親会は、国際理事 L石橋幹雄と名誉顧問 L鈴木 博のウィサーヴで開宴。
BGMを努めた小樽ブラスファイブは、社会人ブラスバンド「ウィンドアンサンブル」のメンバー。専門はクラッシックだそうであるが、「涙そうそう」などの演歌・ポピュラーメドレーを次々と奏で喝采を浴びていた。
新鮮な海の幸満載のお楽しみラッキーカードも終わり、宴も終盤へ。L田中のリードボーカルで、最近珍しくなった「また会う日まで」を参会者全員で合唱。
締めに次期第2Rリジョン・チェアパーソンL奥村哲央が閉宴のことばを述べ、和やかな中に散会となった。






