りーちの実生館

実生の勧めにいたる大言壮語

   かつて、人間が手を出さなくても恐竜は絶滅してしまった。原因はともあれ、もし、恐竜の時代に人間が居て、「これは、保護すべきものだから、残さなくてはいけない」と考えていたら、今ごろ浅草寺の境内あたりで、チラノザウルスの餌が50円で売られていたかもしれない。氷河期などというのは決して人間の仕業ではない。その結果、多くの動植物が滅びていったことと思う。人間のために滅びていったものも数多くあるだろう。そうしてみると、人間の営みというのも自然の一部であり、大気汚染とか開発といったものも、火山噴火とか小惑星の衝突と同レベルのものなのかもしれない。
   しかし、人間の欲望で滅びてしまうものもあるが、人間の意志によって救われるものもあるはずである。大自然の意志に比べれば、小さな企てかもしれないが、「種」を滅びから救うために我々が為さなくてはいけないことは、「種」の保存、しいては増殖のための技術を向上確立し、次世代に引き継ぐことだと思う。

これからの話は、関東地方南部で雪割草を育ててきた私の経験談と、耳学問の一部です。初めて雪割草を育ててみようという方の参考になれば幸いです。
 雪割草培養風景

移植後の雪割草苗

大好き雪割草

   長い冬をじっと我慢して、ようやく春の気配を感じるようになるころ、開花し始めるのが雪割草である。冬のあいだ閉じ込められていた欲求不満が解き放たれる一瞬である。私にとって雪割草が印象深いのはそんな理由によるのだろう。ものの本によれば、雪割草とはキンポウゲ科のミスミソウ、オオミスミソウ、スハマソウ、ケスハマソウの通称である。スハマソウは岩手から関東、ミスミソウは中部以西に分布し、多様な変異を見せるオオミスミソウは新潟を中心とした裏日本に分布する。ケスハマソウは中部地方以西、四国などに分布しているという。

交配のこと

   交配親(byシブリング) は重要である。突然変異などというのはあまり考えられず、自然界の常として親の形質を色濃く引き継ぐのは雪割草とて同様である。しかし、概してそれは良い花を作り出すための価値観であって、原種の血筋を保存するための価値観ではない。由緒正しき原種を保つのであれば、自家受粉であればよい。標準花の自家受粉ならば、開花時に雄蘂から花粉の吹くのを確認して花を外側から軽く摘まんでやれば、容易に受粉する。ところが交配を意識した途端に欲求不満がつのることになる。雄蘂、あるいは雌蘂の退化した、いわゆる不稔性花となると、必ずしも意図した交配ができるわけではない。花の咲くタイミングがずれるからである。従って、交配を重ねて行く過程で、潜在的に良質の形質を持つ標準花(花粉親)をある程度残しておき、開花期間に幅を持たせる必要がある。
   より色の濃いものを狙うか、花形のよいものを狙うか、多弁花を狙うか、目的はまちまちであるが、多くのなかから形質の優れたものを選別するのである。なおかつ雪割草は本芸を発揮するには時間がかかる。初花で本芸を発揮するのは希と考えなければいけないだろう。そうしてみると、目的を持って交配するのであれば、じっくりと腰をすえる必要がある。

播種のこと

   親株の早いものは2月くらいから開花を始め、開花から2週間くらいで結実する。種の採取の基準は、軽く触れるとポロポロ落ちるころとされている。私の場合は採取後、すぐ播種してしまうが、一週間ほど乾かしたり、播いてもすぐ覆土せず、種自身に光合成をさせるというベテラン育種家の方々もいる。ただし、採取してから長期間播種しないと、発芽率が極端に落ちるので注意が必要である。
   播き床にはそれほどこだわらないが、自分の場合は適当なビニールポットの底にミズゴケを敷き、その上に中粒、細粒の用土を乗せて播種する。覆土は種が隠れる程度である。このときミズゴケの上にマグアンプ大粒を4、5個乗せておくと、発芽後の経過が良いようである。なお、播種後の置き場所は発芽自体が翌春になるわけだから、日陰で何ら問題ないし、その方が水遣りなど管理しやすい。
 

移植のこと

   播種の翌年、春早くいわゆるカイワレ葉と呼ぶ双葉が展開し始める。用土の間からかすかにグリーンがのぞいたときの嬉しさというのはたとえようもない。冬の間に多少凍りついても問題ないようである。ただし、霜柱が立って発芽し始めた種子を持ち上げてしまうのは考えものである。いずれにしても穏やかに冬越しさせるにこしたことはない。意識して播種したもの以外に、親株の鉢にも零れ種から発芽してくる。発芽さえすれば、後は親株と同様の管理で問題ない。成長を促すために、2000倍くらいの液肥を毎日与えていると本葉を展開する場合もある。私の場合は、カイワレ葉が展開し切って、陽をあびて固まった時点で、播種と同様の用土でポットから適当な育種箱に移植するが、あまりカイワレ葉が込み合っていなければ、秋の植え替えでもよい。


水遣りのこと

   以降、親株の重なる部分が多いので、親株の管理を基本に話しをしたい。水遣りの秘訣は乾かさないことである。夏越しには乾きめがよいという解説書もあるが、これは鉢内の蒸れを恐れてのことであり、夏越しの置き場が日の当たらない涼しい場所であれば問題ない。どれくらいの渇き具合で大丈夫か判断するほうが難しい。乾かしすぎたあとに水遣りをすると、根腐れを起こしやすくなるというベテラン育種家の方もいらっしゃるくらいである。

植え替えと施肥のこと

   植え替えには諸説ある。基本的には植え替え後の管理が適切であれば、いつでも問題はない。しかし、これは施肥の方法と密接な関係があるのではないかと思う。自分は、最初のうちは、9月中旬から10月にかけて植え替えを行っていたが、このときは植え替えと同時に鉢の中段に根から離してマグアンプの大粒を4,5個埋め込んでいた。ある程度涼しくなれば、元肥をいれても肥料による障害はないように思われたからである。それで花の時期には結構楽しめた。ところが、最近は8月ころから植え替えを始めるようになった。これは、9,10月になると、根
が動き始めてしまい、植え替えには適切な時期ではないという先達者からの指導による。しかし、暑い時期の植え替えは元肥を入れるには勇気がいる。かといって涼しくなってから、また鉢を開けるほどの体力もない。従って、この場合、植え替えの際の元肥はいれず、秋口から2回くらい置肥をすることになる。

親株の夏越し風景
   また、ものの本には春の植え替えもよしとされている。花が終わった直後で葉の展開前とする場合と、葉の展開し終わった後とする場合がある。いずれにしても、葉の展開中に植え替えると、一時的に葉にストレスがかかるため、葉が十分に展開しないという理由によるのだろう。ただし、個人的には春の植え替えというのはあまりお勧めできない。花が終わったこの時期というのは、種ができたり、根が伸長したりと雪割草には大事な時期である。一般的に植え替え直後には施肥を控えると思うが、私の場合はこの時期、2000倍に薄めた液肥を水遣り代わりに与えていて、そんな時期に施肥を中断してよいものだろうかという理由による。

用土のこと

   用土については、あまり気にしていない。用土の配合は、置き場所による。あるいは、地域によるという考え方もある。年間の平均気温とか降水量とか、自分の水遣りのサイクルにもよるということであろう。ただ、それは山野草全般に言えることである。私の場合は、硬質鹿沼土を主体として、ベラボン、焼赤玉、日光砂、軽石などを適当に混ぜて使っている。必須は硬質鹿沼土とベラボンであり、あとは気休めの感が無いでもない。それらはすべて中粒使用して、水はけ中心の用土としている。それで5年間ほど育ててきて、特に問題は無いように思える。ただし、弱った株とか、根の少ない株の根茎にミズゴケを巻いて植え込むと元気を取り戻し、よく発根するという話がある。私自身も実践しているが、そうしてみると、これから発根する根茎上部は細粒の用土がよいのかもしれない。


置き場所のこと

   花が終わり、展開した葉が固まったころから涼しい日陰に移動する。それまでは全日照下である。風通しの問題は水遣りにも関わる。あまり風通しが良いと、毎日の水遣りは欠かせない。悪すぎると蒸れて根腐れをおこすといった具合である。できれば屋根付きとして、水遣りをコントロールできた方がよい。
   私の場合は各山野草のローテーションの関係で、暗いままの置き場所で冬を迎えるが、できれば秋口に陽を採りたいところである。木枯らしが吹き始めるころから、風除けが必要になる。下手に乾燥した冷たい風に当てると、作に影響するから要注意である。風除けをしたまま1月を向かえ、陽に少しでも春を感じるようになったら、日向に持ち出す。しかし、この時期もまだ風除けは外さずにおいておいた方がよい。本当に風除けを外せるようになるのは3月半ばであろう。
終わり
参考文献:NHK「四季の山野草栽培」他
協力:所属する山草会の諸先輩及び多くの雪割草愛好家の方々