ひどい録音


けっこう前の話だが、ひどいCDを見つけたので書いておく。

曲名は、交響曲第9番「合唱付」。演奏者はあえて記載しないでおく。演奏者が悪いわけではないので。

 最初に聴いたのは夜だったので、ヘッドフォンを使った。少し聴いていくと、どこかがおかしい。妙な圧迫感がある。とりあえず全部聴き終えたのだが、疲れているのだろうかと思ってそのままにした。

 何日かして、今度はヘッドフォンをやめてスピーカーで聴いてみた。今日は疲れてなんかいないぞ。で、しばらくすると変である理由がわかってきた。ダイナミックレンジが極度に圧縮されていたのだ。ppもffも、あまり違いがない。
 ご存知というか、あたりまえというか、小さい音は小さく、大きな音は大きく収録するのが普通の録音である。しかし、この「あたりまえ」を変えてしまうことがある。大抵の場合、小さい音と大きな音の差を小さくするのだ。これをダイナミックレンジの圧縮という。ダイナミックレンジとは、ここでは音の強弱の差を示す。

ダイナミックレンジを圧縮する

 かつてLPレコードなどの時代、若干のダイナミックレンジの圧縮は通常の手法だった。圧縮しなければ、レコードに長時間の音楽を詰め込みにくくなるのだ。具体的に書くと、大音量のときにレコードの溝の振幅が大きくなりすぎて、場所を広く必要とするのだ。その結果、大音量の管弦楽作品の収録可能な時間が短くなってしまう。
 強烈な圧縮をかけると音楽そのものが異常になってしまうのは、容易に推測できるだろう。もちろん、LPレコードでは、音楽を壊さないように無理の無い程度で圧縮するのだ。中にはダイナミックレンジを圧縮しないレコードもあった。片面15分程度しか収録できないこともあるが、そのかわりに音質がすばらしくなる。余計なことをしないぶん、音質が劣化しないのだ。およその目安だが、40分を超える曲がLPレコードの片面に収まっているとしたら、圧縮の度合いについて注意したほうがよい。

 もちろん、CDには振幅を気にするような溝が無いので、ダイナミックレンジを圧縮する必要は無い。一般にCDのほうが音が良いと言われていたのは、このような理由もある。

 さて問題のCDに戻ると、あまりに圧縮の度合いがひどいので、冒頭の弱音と30秒ほど後の主題の強奏の違いが、ほとんど無いのだ。そんなバカな。
 これだけでもガマンできないほどなのに、最終楽章でバリトンが歌い始めると、もうダメである。バリトンが巨大な顔になってスピーカーの間に定位するのだ。これを図示するとこうなる。


定位が異様

 黒がスピーカー、青がオーケストラ、赤がバリトンだ。バリトンをスターに見立てて、目立つように編集してしまったのだ。そりゃ満を持して登場すれば、スターに見えなくもない。しかし、数十人のオーケストラよりも何倍も大きく見えるのである。これでは「スター」ではなくて「モンスター」である。誰がうまいことを(ry

 もちろん普通に録音したのなら、オーケストラの中央付近に4人の独唱者がこじんまりと並んでいるのが見えてくるはずだ。
 あまりの異常な定位に、笑ってしまうほどだった。これは演奏者や独唱者にはあんまりだ。がんばって演奏しても、これでは皆が浮かばれない。いったい誰がこの録音にOKを出したのだろうか。演奏者は確認していないかもしれない。

 こういうことがなぜ起こるのだろうか。推測でしかすぎないが、ミキシングのエンジニアは「ラジカセで聴く音づくり」をしているからではないかと思う。適当に「ながら聴き」をするための、つまりBGMとしての音造りである。強弱の差が大きくては困るのである。

 「第9」をこんな扱いにするなんて、ええ根性しとるやないかい!

 とまあ、そういう録音なのだ。こんな収録でも、喜んで聴いている人がいるのだろうと思うと、嘆かわしい。これを「第9」と思ってほしくない。ちなみに今は店頭で売られていないのではないかと思う。
 無論、私の棚では「お蔵入り」になってしまった。失われた金は戻ってこない。

(2012/3/3)