Lilium (百合) 小西香葉、近藤由紀夫



 曲種で言うなら、讃美歌。歌詞は、聖書や賛美歌から抜粋して組まれたもの。現在聴ける最も良い音質のフル・バージョンを示しておく。
https://www.youtube.com/watch?v=MPVq30bPq6I&t=13s

 キリスト教で賛美歌集という本をお持ちの人も多いだろうが、それを読んだ私は、音楽としては評価しない。歌うには易しいが、どうしても芸術性に欠けている。それは、作曲者に拠るだろうし、誰でも簡単に歌えることに特化した作品集だということもあるだろう。そこに、この曲がくる。
 キリスト教の方なら、すぐに意図することがわかるはず。そうでなくとも、Kyrie … eleison (「主よ、憐れみたまえ」あるいは「主よ、慈悲をお与えください」)と歌われるからには、クラシック音楽界隈に生息するならわかるはずである。そう、レクイエム、ミサに通じる曲なのだ。
 この曲は、モーツァルトやフォーレのレクイエムの楽章に匹敵する、といっても決して言い過ぎではない。賛美歌としても一級品なのだ。したがって、海外でのアニメ放映後から、多くの人が歌い、しかも教会で歌われるのも全くもって当然である。普段手にする讃美歌集よりも、ずば抜けてレベルの高い賛美歌がここにあるのだ。歌わない手は無い。

 さて、この曲はアニメ(エルフェン・リート、Elfen Lied、妖精の歌)の主題歌だ。驚くことに、ラテン語で歌われる。日本人はキリスト教的に希薄なので全く気付かないかもしれないが、実はこのアニメ、そして原作のマンガも、キリスト教的な台詞は一切出てこない。「神様、許してください」とか、そういう類いの言葉だ。中には「俺は新世界の神となる」(あれ作品違う)と言う悪役もいるにはいるが、登場人物にわずかでも宗教的な人はいないし、その教養のカケラすらも誰も披露しない。
 しかし、作品の主題、本質は Kyrie … eleison に集約される。主人公はいったい何を憐れんでほしいのか。なぜそんな望みをしなければいけないのか。逆に、その主題を読み取れないと、なぜ Kyrie eleison なのかがわからなくなる。そんなことすらわからない人は非常に少ないと思うが、アニメ/マンガを表面的にしか認識できない、つまり絵画的な描写だけを見る底の浅い人は、そうなってしまう。
 キリスト教圏の人はこの曲を知ることで、原因と経緯が何であるかは知らずとも、そのアニメ/マンガが何を主題とし、どんな終結に進むべきなのか、瞬時にわかるはずである。アニメもマンガも、結末は違いこそすれ、Kyrie eleison に向かって、まっしぐらに突き進んでいく。はたして、主は憐れんでくださるのか。

 マンガ/アニメ作品を語るのは本ページの趣旨ではないので省く。曲を聴いた上で興味をお持ちなら、まず、マンガ(エルフェン・リート 岡本倫)を読むことをお勧めする。Kyrie eleison がわかるなら、そこに何が描写されていたとしても、決して作品の本質を見誤ることはないであろう。

 混声合唱版のCDがある。


[完]