ミニ地球イースター島の終焉

イースター島と地球 

600体以上で高さ9メートル、重さが90トンにも達するイースター島の石像モアイは、全部島の内側を向いて立っていました。そして、オロンゴの岩壁や洞窟には、奇怪な鳥人の顔が描かれ、またコハウ・ロンゴ・ロンゴという文字盤には、象形文字が並んでいました。これだけでも十分に興味をそそられるのに、さらに近年、イースター島は別の意味で注目を集めています―。ミニ地球になぞらえることができるからです。

イースター島は南米チリから3700キロ、人の住む最も近い陸地であるピトルケン島からでも2000キロ隔たった地球上の辺ぴな場所にあり、面積は佐渡島の4分の1180平方キロ。このイースター島社会は突然崩壊します。その主な原因は人口増加に伴う大規模な森林破壊でした(当時の森林破壊は、今日の大量消費および資源の枯渇に同定されます)。その森林破壊は土壌の劣化と流出をもたらし、同時に、漁業に使用するカヌーの調達を不可能にします。この作用により、食糧不足はさらに深刻化していきます。そのようななか、枯渇する資源を巡って、争いは日増しに激しくなり、勝者は敗者を奴隷にして使役し、ついには人食いが始まったのでした。

同定点〕

イースター島の資源のほとんどは森林ですから、その破壊は地球の環境破壊になぞらえることができ、モアイの建造は氏族のアイデンティティーですから、地球の文明に匹敵します。また、イースター島の木材需要の増加は、地球の大量消費にたとえられます。富める人(国)はますます富み、貧富の差は広がり、飢餓と飽食が同居するばかりでなく、資源の確保が隠された進攻の目的であったとささやかれている超大国による力の行使は、イースター島の暴力支配に相似します。

1000年も続いたイースター島文明は、自然の再生能力を超えて資源(森林)を消費したために、その自然もろとも終焉を迎えたのでした。その過程で、イースター島では氏族間の対立がありましたが、それは地球の国家間対立に同定されます。

1900年には17億人足らずだった世界人口は、2004年の現在、63億人を超え、2200年には100億人に達すると予測されています。これもイースター島の歴史、人口増加に同定されます。

〔相違点〕

相違点の一つは、「環境破壊についての知識の有無」です。たぶん、「環境破壊」とか、「資源の枯渇」という概念を彼らは持ちあわせていず、わけの分からないまま、氏族間の死闘を続けたのです。その点、私たちは「森林破壊」「砂漠化」「大気汚染」「酸性雨」「環境ホルモン」「資源の枯渇」「温暖化」「オゾンホール」などの知識を持っています。しかし私たちの知識は、あくびを噛みしめながら聞かされる好調の「お説教」にたとえられ、実質的にはイースター島の住民の無知となんら異なりません。

イースター島の崩壊の原因は森林(全エネルギー)の破壊、ただそれだけであり、及ぼす影響もイースター島、ただそこだけに限られていました。ところが、世界の人口は20世紀の間におよそ4倍に、GNPは20世紀後半だけで5倍に、エネルギー消費量は8倍に増え、これが地球に与える負荷は桁違いであり、及ぼす影響は全地球に及びます。これが二つ目の相違点です。

   フラスコの地球

 西澤潤一ほか著『人類は80年で滅亡する』には大意、「フラスコの中に培養液をいれ滅菌処理をし、そこへ1種類のバクテリアを入れ放置します。バクテリアは最初急激な増殖を示すが、その後の増殖は自らの老廃物で抑制されます。そして定常状態を経て最終的には栄養と酸素を使い果たして絶滅します。地球へこれを当てはめてみると、栄養と酸素が資源であり、老廃物が廃棄物つまり環境汚染です。」と書かれています。

フラスコの環境条件は、空間的にも資源的にも有限であり、それは宇宙空間(真空)に浮かんでいる地球によく似ています。地球を1千万分の1に縮小してみると、運動会で大玉ごろがしに使う大玉くらいの大きさになり、その上に厚さ2ミリの膜を張りつけたのが大気、わずか0.16ミリの皮膜が水の層に当たるそうです。この薄い2つの皮膜の間に、地球上のすべての生命が存在しているのですから、大量消費を持続できないXデーは必ず訪れます。「国連人間環境会議」のキャッチ・フレーズ「かけがえのない地球」「Only One Earth」には、このようなメッセージが含まれているのです。

銀河宇宙に浮かぶ美しいけれど、もろくて、小さな星、それが地球です。「私たちは、全員がともに小さな宇宙船に乗って旅をしている乗客で、わずかな空気と土に依存している」。これはアメリカ国連大使アドレイ・スティーブンソンが行った演説の一部です。

 限られた空間の中で、あるいは薄い皮膜の中で、大量消費がなされれば、資源は確実に減少し、同時に吸収源も限界を迎えます。(楽観論者のだれ1人として「地球には限界がない」ことを科学的に検証してはいません)。二酸化炭素排出量が世界の排出量に占める割合は、アメリカ23.8%、中国13.6%、ロシア6.3%、日本5.0%です。長期的視野に立ち、かつフラスコの中の地球を考え合わせるならば、資源の独り占めは到底許されません。人類が資源の枯渇と汚染の排出量を持続可能の範囲にコントロールしていくためには「ラクダを針の穴に通す」くらいの困難を伴うでしょう。でもそれは、人類に課せられた使命なのではないでしょうか。コントロールのための要件は、「地球有限の哲理が真に理解できるか否か」「欲望に勝てるか否か」の、ただそれだけなのですが。

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