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グローバル化のわな
現在、世界人口は年に約8000万人増加しています。増加している国のほとんどは発展途上国にあり、その中でもインド・パキスタン・バングラデシュ等は最貧国にさえ数えられています。なぜ貧しい国や地域で人口は増えるのでしょうか。通説では、貧乏人の「子だくさん」が原因だとされています。だが、その考え方は問題の本質に迫っていないばかりか、人種差別の臭いさえ感じられます。
もし、あなたが社会保障制度―養老年金・生活扶助・健康保健・失業保険―など聞いたこともないX国に住んでいたら、と考えてみましょう。年老いて働けなくなったら、貧しい人びとはどうやって生きていくことができようか。X国で唯一の安全保障は家族、とりわけ子どもが頼りなのです。幼児死亡率が高く、大人になるまでには多くの子どもがつぎつぎ死んでいく現実のなか、子どもは一人でも多いほど老後の保障には好ましいわけです。たとえ子どもが増えたことで、当面食糧不足に陥ることがあっても、あなたは産児制限を選択しないでしょう。
「飢えをしのげる食べ物があり、生涯に1度でも医者にかかれ、畳の上で死にたい」。これが彼らの願いのすべてです。飢えた人の“美しい澄んだ目”やバックたちの哀しみと、このつつましい願いとは同根。この願いが叶えられる社会が来ない限り、人口爆発を抑えることはできません。
一定地域の生き様、生活諸様式の大系を文化と呼びます。したがって、文化に優劣はありえず、優劣をつける考えは偏見、誤りです。だが、15世紀以降、ヨーロッパ人は一貫して先住民の伝統的な生活様式を蔑視し、その土地や人から徹底的に搾取をしました。北アメリカのインディアン・南アメリカのインディオ・オーストラリアのアポリジニ・太平洋の島々の住民など、世界の先住民族社会がヨーロッパの横暴の犠牲になって崩壊しました。
遠い昔からある島に先住民族Xの村がありました。そこには多くの掟があり、その掟は代々厳重に守られてきました。掟は過去の恐ろしい体験をもとに語り継がれてきたものです。この民族は自然を崇拝し、生存の知恵を守り生き残ってきたのです。ところが―
ある日、この村に白い顔の男がやってきて、村の土地半分をコーヒー畑にしたら食べ物を倍にしてあげようと誘いました。結局、彼らはこの取引に応じます(逆らったとしても、武力で制圧されたでしょう)。やがてX村の食糧生産は倍になり、人口も増加します。しかし、一時的繁栄(バブル)の中、人口増加が急であったために食糧不足がやってきて、数千年続いたX村の自給自足は崩れ、食糧を得るためには、一層コーヒーに頼らざるを得なくなりました。
一方、白い顔の男はコーヒーの儲けをさらに増やしたいと、虎視眈々狙っていたので、残った土地もコーヒー畑に変わり、コーヒー 1品種のみをX村は生産していくことになります。ということは、食料など生活必需品のすべを、白い男から買うことを意味し、いわゆる経済のグローバル化の波に、X村は飲み込まれたのです。もはや、クモの巣にかかった蝶、X村はもうその呪縛から逃れることはできません。
こうなった以上、X村にとって食糧や生活必需品を得る手段は、ただ一途にコーヒーの生産量を増やすことです。しかし、同じ土地で同じ作物を作り続けると地力が低下し、やがてその農業は破綻して、そこには多額の累積債務と大量の難民および飢えた人びとが取り残されます。そして人々は極度の貧困に陥り、必然的に「子たくさん」になります。これが換金作物の生産に特化した(させられた)途上国の転落パターンです。このドラマが語るように、人口爆発の責任の大半は白い顔の男(先進国側)にあります。
(この項は〔http://taniwa.hp.co.jp/tikyuu/zinkoudorama/html
人口爆発のドラマ〕からヒントを得たほか、その一部を使用させていただきました。)
人口爆発を輸出する先進国
先進国は、かつて爆発的に人口増加を引き起こしたことがあります。たとえば、ヨーロッパは産業革命以降300年で10倍、アメリカも200年で10倍、そして日本も開国後100年で4倍もの人口を抱えるようになり、不足した資源や労働力を発展途上国に求めました。
これはつまり、先進国による人口爆発の輸出であると同時に、先進国が発展途上国に依存していることを示します。このように見てくると、実は自立が必要なのは先進国側であり、発展途上国の人口爆発を非難するのは、まったくの筋違いです。先進国が地域の実情を解せないまま、産児制限をカネ・タイコで訴えるのは机上の論理に過ぎません。また、薄っぺらな人道主義に基づく、食糧援助も根本的解決にはほど遠いものです。
しかも、現在私たち先進国の1人当たりエネルギー消費量は、発展途上国の60倍を超え、たとえば、アメリカは世界人口の5%に満たないのに、温室効果ガスの25%をも排出しています。まして、先進国に1人の人が誕生すれば、地球の自然システムに対する要求量が確実に高まります。
「肉を過剰に消費し、まずしい人びとへの思いやりを持たない金持ちの白人は実際に”人食い“同然のふるまいをしているのだ。(略)今年もまた、つきることのない食欲で 子供たちをたべつづけているのである。(『なぜ世界の半分が飢えるか』スーザン・ジョージ)。この引用文は情緒的であるばかりか、正確性に欠けています。
がともあれ、文中の「金持ちの白人」には、もちろん「金持ちの日本人」も含まれています。ドヴォルザークの《新世界より》は日本人が最も好む交響曲の一つ。人口爆発の隠れた真犯人、日本など先進国の人びとこそ率先して「旧世界」の古い衣を脱ぎ、
「新世界」の粗衣を身に着けるべきです。
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