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土地は生きている
「土は、生物がつくったのだと言えなくもない」と、レイチェル・カーソンは書いています。福岡正信.(後述)、クライブ・ポンティングもほぼ同様に考えています。土壌の中には、土や落葉を餌にしている生物がたくさんおり、巣穴を掘ったりして、土壌中を活動することで土を耕して団粒をつくります。糞は植物の栄養になります。その恩恵で植物が育つと、たくさんの落葉ができ、このサイクルが、土壌をさらに良くしていくことになります。このように土壌の世界は、さまざまな生物が織りなす糸によって、それぞれ互いにもちつもたれつしているのです。
化学肥料で栽培すると、土が固くなって根が伸びなくなるので、野菜は栄養分を十分に吸収できません。そのため脆弱になり、病原菌に犯されやすくなって、農薬に頼らざるを得なくなります。殺菌剤は病原菌を殺しますが、同時にあの働き者の微生物も殺してしまいます。1950年から1990年にかけて世界の穀物収穫量は、約2倍にも伸びましたが、その後は化学肥料などの増加があったにもかかわらず、横這いになっています。
それは、化学肥料の使用―野菜の虚弱化―病原菌の増殖―殺菌剤の撒布―土中微生物の劣化―収穫量の低下―強い化学肥料の多肥という悪循環によってもたらされたと考えられます。つまり、化学肥料は人間に直接には悪さをしないが、土壌を殺してしまうという悪さはします。それに反して、有機肥料を施せば、土中微生物が増えるばかりか、彼らは土の中を動き回って、微小な間隔をつくるので、空気と水が保たれるようになります。すると微生物はますます元気に動き、根は柔らかくなった土の中で育ち、伸びていきます。
近代農法の限界、挑戦する二人の変人
〔福岡正信〕 “土壌は生きている”ことを前提にして、自然農法を生み出した男がいます。その一人、福岡正信は88年度ラモン・マグサイサイ賞を受賞しました。「マグサイサイ財団調査」の報告から、彼の哲学をまとめてみましょう。
●土地は自ら耕すことを福岡は観察した。根・昆虫・微生物がその働きをします。したがって、彼の第1の原則は【土地を耕さない】ことです。もともと自然な環境では、植物と動物の相互作用によって、土地は肥沃になります。福岡は耕すのを止めたとき、雑草が著しく減少したのに気がつきました。
●化学肥料を与えることは、作物の成長を助けても、土に対しては悪い影響を与えます。堆肥や鶏糞でさえ、自然を改善するものではないと彼は考えました。それゆえ、彼の第2の原則は【化学肥料、堆肥を使わない】ことです。
●除草剤は、自然のバランスを壊し、土壌と水を汚染するだけです。種を蒔いたばかりの土地にわらをふりまき、土地を被覆する作物を育てることで、雑草を抑えることができます。福岡の第3の原則は、【中耕や除草剤で雑草を取り除かない】ことです。
●福岡の田んぼや果樹園は、自然な生態系にますます近づいていくにつれて、あらゆる種類の植物が繁茂しています。そのなかで、人工的な弱い植物に虫がついたり、病気に襲われたりしますが農薬に頼りません。環境汚染の害、並びに弱い植物が生き残るのを防ぐためです。福岡の第4の原則は、【農薬に依存しない】ことです―。
この自然農法の成果を見てみましょう。普通、日本の1穂の粒数は110ですが、福岡正信の田んぼでは300余の粒がつきます。福岡正信は単なる自然農法家ではありません。日本が誇れる実践哲学者だと私は思います。―近代農法は、@農業生産の過程において生態系のしくみを無視し、自然を破壊している。Aその結果、収穫量が低下す。Bその低下を補うためにあらゆる手段を施す。Cだがそれが仇となって、さらに自然破壊が進み、実りは少なくなる、あるいは破滅に向かう―。というのが、自然農法に対する彼の哲学です。
〔比嘉照夫〕
もう1人の変人に琉球大学教授比嘉照夫がいます。ここで使う「変人」は新しい分野に挑戦し、成功しているが、国内、特に学会からは受け入れられていないという意味です。
自然界には大きく分けて蘇生と崩壊という2つの方向性があると、比嘉照夫は考えます。たとえば土のなかで蘇生型の微生物が優勢なところでは、植物がすくすく育ち、農薬や化学肥料を必要としないばかりか、土壌はどんどんよくなっていきます。これに反し、崩壊型の微生物に支配された土地だと、植物は弱々しくて、農薬や化学肥料がなければまともに育ちません。いま日本の土壌の九割以上は腐敗型で崩壊の方へ向かっています。
このような土地を蘇生させる微生物(EM)を彼は発見しました。Eは英語の「有用」、Mは「微生物」、EMは「有用微生物群」の略称です。いま日本のコメの平均的な収穫量は、農薬や化学肥料を目いっぱい使って1アール当たり9俵程度。ところがEMを使うと、数年後には14〜15俵に達します。もちろん地力は、ますます強くなっていきます。
遺伝子組換え技術などを駆使するバイオテクノロジー農法には、(進化の原則に反しているので)いずれ致命的弱点が出てくる。と、比嘉照夫は考えています。
減産事業
アメリカ大地には、世界最大の穀倉地といわれる肥沃な土壌があり、そこには緑の草木が繁茂している、と福岡正信は予想していました。だが、行って見てその荒廃ぶりに驚きます。大陸の3分の1を占めるロッキー山脈の東と西側の平原は、赤褐色の死の砂漠地帯だったからです。まるで「火炎地獄の絵を見せられているようだった」のです。彼が見た近代農法では、土壌は大型トラクターで破砕され、化学肥料・農薬で痛めつけられ、死に瀕し、雨が降れば表土は流亡しっぱなしで、その量は毎年1ヘクタール当たり十数トンから数十トンになるようでした。アメリカでは今、日本の数倍から十数倍の農地を耕作する農民が、貧しく離農していきます。
このアメリカ農業、つまり近代農法について福岡正信は、生産事業ではなく、”減産事業“だと決めつけます。そして、「自然、すなわち神を恐れず利用した者への、当然の報いかもしれない」と考えます。「知は力なり」とベーコンは言いました。この自然を知り支配する知、それがヨーロッパ近代文明です。福岡正信の思惟は、そのようなヨーロッパ起源の現代文明(トラクターや化学肥料・農薬など)に対する痛烈な非難だったのです。比嘉照夫やレーチェル・カーソンらの知見もまた同根です。
土壌創生以来、土壌微生物は自分の仕事を一生懸命やってきました。それは植物に栄養を与え、植物が枯れると土に返す働きです。土と土壌微生物とのこの絶妙な交わりに、科学は踏み込めません。科学の次元を超越した「偉大なもの」だからです。人間は生態系の中でしか生きていけません。減産事業のために生態系のバランスを損なうのは本末転倒。福岡正信等の意見に耳を傾け、過度の科学信仰を見直すべきときです。
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