世界同時不況に乾杯

GDPの陥穽

〔「消費は美徳」の虚構性〕 話をわかりやすくするために、国民経済は企業と家計とからだけなるものとします。この前提に立てば、国民所得(GDP)を求める算式は次のように示されます。          

「国民所得」=「消費」+「投資」

ただし経済は時々刻々変動しますから、この算式は一定時点の均衡状態を表しているに過ぎません。つまり、黒潮に乗って回遊するマグロ、獲物を追って疾走するチーターの一瞬の静止映像にそれは例えられます。という意味で、この算式は「静学」と呼ばれています。

 式の右辺、消費と投資を「有効需要」と呼びますが、いいかえれば、有効需要が所得を生むということです。わが国はいま、消費不足が景気低迷を呼び、景気低迷が消費意欲の減退をもたらすという「消費不況」の局面、いわゆる低成長経済下にあります。低成長とはこのように、消費不足が価格の下落を呼び、それが呼び水となって螺旋状の低循環に陥っている経済局面を指します。この局面を打ち破って、景気上昇に転じるために必要な要素の1つが、「消費」の促進です。まさに、この意味で「消費は美徳」なのです。

投資について考えてみましょう。「投資」の低迷は式の右辺、つまり有効需要の減少を招き、式の左辺「国民所得」を減少させます。一般に低成長時には、経営者が経済の先行きに不安を持つ(弱気)ため、設備投資は控えられます。すると設備関連の業者に仕事が回わらなくなり、解雇や賃金の引き下げあるいは残業代のカットがなされます。その結果、消費支出はさらに抑えられ、物価は下落し、景気はまた落ち込みます。この状況を特に「投資不況」と呼びます。

経済学で投資(固定資産)は、消費(費用)と峻別されます。とはいっても、いずれは使用不能に陥り、廃棄されますから、投資の実体は「消費の変形」、あるいは消費に至るまでの「留保形」に過ぎません。この考え方に立てば、消費と投資は同一カテゴリーに属し、国民所得を求める算式は、

『国民所得』=『消費』

に書き換えることができます。

 〔100億頭のゾウ〕 およそ46億年前のあるとき、銀河系の端で超新星が爆発します。この大爆発が収縮を開始した星間雲の1部にわれわれの故郷、原始太陽系星雲がありました。やがてその中に多数の小惑星ができ、それらが衝突と合体を繰り返し、大きな惑星がつくられ、地球もそうしてできた惑星の1つです。この時、火星や金星あるいは地球の1部になり損ねた小惑星が無数にあり、その1つ、地球と火星の間を回る小惑星「1998SF36」に向かって、探査機「はやぶさ」が打ち上げられました。

ところで、地球は大宇宙のスケールから見れば、その小惑星「1998SF36」とさして変わらないほどの、小さなサイズの星に当たるでしょう。いま、惑星地球には60億超の人間が住み、それが2050年には100億人にまで膨れると予想されています。ひとりの人間のエネルギー利用量は、1頭のゾウの代謝エネルギーにほぼ匹敵するといわれていますが、近い将来、この惑星の中で、100億頭のゾウが生き残りをかけて、資源争いを激化させていくことになります。

乾杯! 

 移民の子孫が丸太小屋から大統領にも大富豪にもなれるアメリカ型文明。それは人間の欲望を丸出しにし、マネーを価値観の中心に据える文明です。宗教や倫理に縛られる旧大陸の生き様に比べれば、新大陸アメリカのそれは天国であり、極楽浄土でもあります。世界の多数の人々がこのアメリカンドリームに憧れるのは、当然の成り行きです。それにまた、文化や文明あるいは時代の違いを超えて、つねに人間は富を追及してきました。道徳や哲学あるいは地球の未来より、今の快楽こそが大衆にとっては重要なのです。

もともと、宗教や倫理・論理は快楽に反する束縛に過ぎず、腹の足しにはなりません。「わけの分からない念仏を唱えている暇があれば、1片のパン屑を恵んでほしい。パン屑なら人は救うことができる」。これは飢餓者の奥底からの叫びでもあり、動かし難い1つの真実です。たしかに、祈りだけで人を救うことはできません。アメリカ型の本音の方が現実の前では、勝るのでしょうか―。

すでに見てきたように変形するとGDPを求める算式は、

『国民所得』=『消費』 

で表されます。したがって、『消費』の多寡によってGDPは決まりますから、人間の本音、富を追求(あるいは飢えを免れる)するためには、ひたすら『消費』を増やす必要があります。一方、この式を変形すると

『消費』=「資源の枯渇」+環境破壊」 

が成立します。すると『資源を枯渇』させ、『地球環境を破壊』させればさせるほど、GDPは増えます。しかし地球は、小惑星「1998SF36」とさして変わらないサイズの星にすぎません。重要なので繰り返しますが、地球はすでに、吸収源・供給源ともに持続可能なレベルを超え、衰退に向かっているのです。 

さて、直前の二つの式から読み取れるように、消費の抑制は環境破壊を遅らせて文明の崩壊までの猶予期間を延ばすことができます。そして、その間に人間の叡智の発露に希望を託すことができます。この意味で世界同時不況は、願ってもない好機なのです。

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