2199年、ユートピアの里

 ウエルビーイング

 富(wealth)とウェルビーイング(well-being)はもともと姉妹語ですが、現在では“wealth”は個人の物質的財産と金融資産を意味する語としてのみ使われています。今、「ウェルビーイング」の概念は大衆雑誌から国際機関の公式刊行物まで、いたるところで論じられています。経済協力機構(OECD)が刊行した『諸国家のウェルビーイング』やカナダ下院が2003年6月に可決した「カナダウェルビーイング指標法」などがその使用例です。

この概念をインターネット上で探ってみると、@「人権の尊重、自己実現という意味。社会保障はもとより、人間的な生活実現に向けたソーシャルワークの理念に基づく事業や活動」。A「物質価値にこだわらず、精神と身体の調和を通じて元気な生を追い求める文化として知られている」などが検索されます。

『地球白書』の記述を要約して示せば、この概念は質の高い生活を意味し、

            安全・自由・生存のための基本的条件(食料・住居・安定した生活手段などを含む)

            良好な健康(個人の健康と自然環境の健全性を含む)

            良好な社会関係(実感できる社会的結束と、助け合いの社会的なネットワークを含む)と定義されます。

大量消費社会がもたらした太りすぎと肥満症が全世界で10億人以上います。彼らの生活の質は低く、社会に莫大な医療コストを課し、糖尿病の急増を招いています。アメリカでは推定で成人の65%が太りすぎまたは肥満症であり、これに関する死亡は年間30万人に達しています。フォーダム大学の「社会健全性指数」によると、アメリカでは過去30年間に全般的な「社会健全性」も衰弱しています。 

また1957年から2002年までにアメリカでは、個人所得が2倍以上に増えているのにもかかわらず、意識調査で「たいへんに幸せ」と答えた人の割合はこの期間を通じてほとんど変化していず、1991年以降に限ればこの指数は、低下さえしています。この所得と「幸せ」度の乖離は、多くの先進国にも見られる傾向のようです。国連開発計画(UNDP)が発表した先進国の人間貧困指数では、調査対象17カ国中最下位にアメリカはランクされています。

これらの事実が語るように、富や消費の大きさと「豊かな生活」は比例しないばかりか、むしろ半比例の傾向さえ見られます。がむしゃらに富を追い求める従来型経済のあり方に対する疑問から、ウェルビーイングへの道が開かれました。この道は、やっと目覚めた大衆の声に呼応して切り拓らかれた真実の一本道です。

さて、遥か2500年昔――。見境もなく欲望のエサに食いつく2足歩行の動物を老子は発見します。観察を続けていくと、奇妙にもその動物はより多くさらに多く欲しがること。持てば持つほどうなぎのぼりに欲望が増幅していくこと。だが、それに反して.不幸になっていくという法則がこの動物には当てはまることを、老子は明かにしました。

本書を通して私が訴え続けてきた主題は、「文明の転換」でした。それはマネー中心の文明から共生の文明、つまり愛・慈悲など「こころ」を核に置く文明への転換です。

 

青天の霹靂―― 

22世紀の今日、人類は言語道断の奇跡、「共生の文明」への転換を成し遂げたのです。この文明の様相の1部を次に記して.おきます。文明が変われば、人びとの価値観も換わります。たとえば、前世紀(21世紀)の前半までは、生産は「善」でしたし、マネーは全知全能の「神」でした。が、今では.生産は必要悪であり、マネーの魔力はほとんど失われています。

.前世紀前半までは、富の大きさを表す基準としてGDPが使われていました。このGDPには戦争であれ、環境破壊であれ、資源の浪費であれ、環境悪化に伴う疾病であれ、カネの動きすべてが含まれ、国民の豊かさはもとより幸福度を表していませんでした。前世紀後半ごろからこれに代わる基準としてウェルビーイング指数(WB)が使われています。GDPでは生産量の増加はそのままGDPに加算され、評価されました。新基準WBでは生産量から資源の消費量や自然環境・生活環境を悪化させる諸要因をマイナスします。したがって、WBの増大は、掛け値なしに人びとの暮らし向きの上昇―つまりウェルビーイング―を意味します。このWBはGDPの減少を伴いながら、毎年上昇しています。

それは主に、@環境税の導入、Aソーラーシステム等の開発、Bリサイクルや省エネルギーの促進、C家庭ごみなど廃棄物の激減により達成されました。いま、植林は世界中で組織的に行われています。土壌の流出と砂漠化の拡大は止まり、緑を取り戻しつつあります。排出規制の徹底化や技術の向上により、空気と水は浄化に向かっています。

飢えて死ぬ人は地球上からいなくなりました。家族計画の実地もあって、人口は21世紀の前半に90億人にまで増えましたが、現在の人口50億人は今世紀中には、過剰消費がなされないので30億人の均衡状態に達するものと予測されています。

自発的フリーターを除くフリーターやニートは、古い記録でしか知ることができません。『共生の文明』が深まったため、弁護士(争いに介入)・公認会計士(不信・監査)人口も減っています。そして、だれもが将来に「希望」を持てるようになり、世界中の都市で犯罪が激減しています。

企業の勢力地図も変化しました。 病院関係・包装関係・廃棄物処理業者などの売り上げは半減し、警備保障会社やガードマンなど犯罪に関わる業種の売り上げも激減しています。だが、むしろそれは人びとの暮らし向きをさらに豊かにします。これらの効果により、廃棄物処理・防犯・健康保険などの公的支出も減少しています。その減少部分を、行政側は福祉に回し、あるいは減税.に当てています。

 共生

理想が昇華した極致の形態が「神」で、それは実現しないものだと思います。その実現しない理想―、宗教や哲学を「絶対真理」として建て、それを久遠に追究するのが特殊動物人間の人間たるゆえんです。四大聖人の1人は磔刑に合い、他の1人は獄死し、もう1人は家出人、最後の1人も頓挫しています。当時、彼らの思想は超常識・超過激で、かつ鼻持ちならないものでした。大ほら吹きでした。だからこそ石もて追われたのです。

その中にあっても、彼らはたとえば、「共生」を説き続けました。人類の理想、ユートピアは「共生」の実現によってのみ訪れるというゆるぎない信念があったからです。現在でも環境論者は一般に冷笑され、仲間はずれにされています。だが信念は揺るぎません。理想に殉じているからです。

最後までお読みいただきありがとうございました。読者諸氏のご幸運を切に願いつつ。

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