逆転の発想と士業

弁護士・公認会計士の増加

 

(弁護士)  

法曹人口(弁護士・判事・検事)を国別に掲げると次のようであり、日本の法曹人口は極端に少ないことがわかります。

 米 国 94万1000人 一人当たり290人、ドイツ 11万1000人  同 740人英 国 8万3000人 同 710人、フランス 3万6000人 同 1640人日 本 2万人 同 6300人

 わが国の裁判は結審までの時間がかかりすぎます。それでは重大事件は風化してしまい、国民感情と司法の世界との間に一体感が芽生えません。この要請に応えるために「国民に身近な司法」を実現するための論議が、素人も含めて繰り返され「最終意見として」結実しました。それによると、1990年代は年間500人であった司法試験の合格者が、近い将来3000人になります。そして、2018年には法曹人口は5万人に達します。この傾向が続けば最終的には、20万人に近づくものと思われます。

(公認会計士) 

金融庁は、金融審議会(首相の諮問機関)公認会計士制度部会を2002年9月に再開し、早ければ03年度にも、公認会計士法の改正に着手します。改正の目玉のひとつが公認会計士の増員です。国内の公認会計士数は1万4000人に過ぎず、米国の33万人に比べて圧倒的に少ないため現在の3・6倍、5万人程度まで拡大する予定です。

 

弁護士法 第一条には「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と書かれています。弁護士人口の増加は、これらの使命が実現され、あるいは実現される機会が増えるはずです。であれば、日本人特有のあきらめや泣き寝入りが減り、弁論を通して各人が権利を主張できます。そこにはじめて、真の民主主義−成熟社会が実現すると期待されています。

公認会計士法、第2条には「公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明をすることを業とする」と書かれています。この財務書類の中で一般に知られているものの一つに決算書がありますが、もし、この決算書に虚偽があった場合、その決算書を信じた善意の利害関係者(株主・投資家・取引先企業・行政・従業員・近隣の住民)が、思わぬ損害を蒙る可能性があります。このような事態を招かないため、つまり透明性を確保するために公認会計士制度はあるのです。

 

 先進国アメリカの実情

 

以上は建前です。次にアメリカにおける弁護士の実情を見ていきましょう。13年前、私たちはニューヨークに宿泊していましたが、ホテルは5番街と5番街を貫くストリートの角に立地していました。時差のため眠りが浅く、何度も目覚め、そのつど例外なく、救急車のサイレンの音が走り去っていきました。聞きしに勝る犯罪都市ニューヨークの実情の一端を垣間見たわけです。

さて、その救急車の後ろには必ず、弁護士の車が数台あるいは数十台の行列を作ります。被害者などにいちはやく名刺を渡し、自分を売り込むためです。これらの弁護士は「救急車追跡者」と呼ばれています。

今、アメリカでは毎年、5万人前後の弁護士が生み出されていて、まもなく100万人を突破することが確実視されています。この100万人は軍人170万人に次いで、全米で2番目に多い職種です。彼らは同じパイの中で仕事を取り合い、しのぎを削っています。といっても限度があり、必然的に「火のないところに煙をたて」て仕事を増やします。その最たるものが、民事訴訟件数の急増です。日本人の感覚では、その訴訟のほとんどは「なんくせ」に近い代物です。

その一端を長谷川敏明著『訴訟社会アメリカ』で見てみましょう。@10代の女性が、ロウソクにオーデコロンを振りかけて、部屋の中に香気をただよわせようとして、友人が火傷を負ったケースでは、メーカーはそうした使用をしないように警告する義務がある、と責任を問われた。A雨にぬれたペットの犬を乾かしてやろうとオーブンに入れたら焼け死んだケースでは、警告しなかったメーカーに責任があると断定された。このほか強盗が、家主に対して賠償金を請求し認められたという事例もあります。

このように「なんくせ」を発掘して、一部の弁護士は収入を得ています。であれば、企業側もその「なんくせ」に備えて万全を期すのは当然の成り行きであり、それを担当するのも弁護士です。このようにして弁護士は増え続け、企業には身を守るための文書主義がはびこっています。

アメリカで弁護料は1時間100500ドル、通常決着まで20時間かかりますから、1件当たり約70万円の出費になります。ですから、弁護士費用を捻出できないために、本当に必要としている人びとの多くが、訴訟を断念しています。訴訟社会アメリカといっても、マネーのない人はそれに参加できず、結局人権も、正義も絵に描いた餅に過ぎません。

また、多民族国家アメリカには、社会全体を大きく穏やかに包む伝統や慣習がありません。したがって、個人の常識や慣習に基づいて行動するのは大変危険です。それを避ける方法が議論であり、法律です。議論といえば、聞こえはいいのですが、勝つことのみが目的化され、屁理屈でもその場を押さえたほうが勝ちとなります。

勝つための抜け穴探しが横行すれば、その対抗手段として新たに法律が作られ、法体系はますます複雑化し、有為の人材がこの部門に投入されます。しかもその争いは質的には不毛なもので、生産性は低く人の心を蝕みます。アメリカ人といえども傷つき、心を痛めている人が大勢います。

 

 日本のアイデンティティー

日本の集団主義、談合体質は非難の的にされていますが、訴訟社会アメリカに比べれば、まだましなのかもしれません。

弁護士・公認会計士人口の増加は一見、進歩に見えます。権利の主張(弁護士)、透明性の確保(公認会計士)など、きれいなことばで修飾できるからです。だが、このような職業が繁栄する社会は決して質の高い社会とばかりはいえません。たとえば、極端な自己主張はまだしも、言いがかり、難癖をつけて争うために、日本で20万人の弁護士が活躍する社会を想像してください。人権や権利の主張もさることながら、それはマネー以外に頼れるもののない、「四面楚歌」、異常乾燥の不気味な社会です。

世界中のどの文化も合理的であるといわれています。たしかに、それぞれの地域や国・民族が数千年も持続してきたのは、その生活様式(文化)が合理的だったことを証明しています。ここで使う『合理』という概念は、ヨーロッパ起源の理性中心の認識論の「合理」を含むが、それを越えたもので、人間生態系といっておきます。

さて、時代に即応した弁護士等の増員は必要です。だが、日本人の多くはそれを、文明の進歩だと考えます。しかし、特にアメリカで育った文化・文明(弁護士制度など)を無批判に取り入れるのは、悪しき短絡です。度が過ぎれば、それはわが国文化を否定し、人間生態系を乱す恐れがあるからです。

トップページへ戻る