![]()
平等神話の崩壊
電通総研など各国研究機関が実地した2000年の「世界価値観調査」では、「自分が幸せと思う人」比率で日本は29位、ベトナムやフィリピンより下位でした。また、経済協力機構(OECD )によると、「その国の平均的な世帯 所得の半分以下しかない世帯の人口比率」(2000年)は、15.3%で、OECD 諸国平均の10.2%を上回り、5%前後にとどまるデンマークやスウェーデンなど北欧諸国の3倍。加盟国中日本より比率が高かったのは、米国・メキシコ・トルコ・アイルランドの4カ国だけでした。
2005年4月、「日本のこれから『どう思いますか格差社会』」が特報番組としてNHK から放映されました(以下NHK特報)。それによると、東京都・港区の場合、所得2000万以上の人が20%いる反面、200万以下の住民も20%います。大阪大学教授大竹文雄が「所得再配分調査」から計算した不平等度(ジニ係数)は、1980年の0.35が2000年には0.5に上昇(悪化)しています。
1983年には75%だった所得税の最高税率は、順次引き下げられて現在では37%になっています。税負担についての絶対的な基準はありません。が、過去と比較する限りにおいては、金持ち優遇の税制に移行していることがわかります。さらに、消費税や環境省で導入が検討されている環境税などの間接税には、逆進性.(低所得者に負担が重い)があり、格差はさらに広がっていくものと思われます。
関西労災病院、心療内科・精神科の医師が担当する外来は、1日50人の予約で2カ月先まで埋まっています。「雇用を巡る悩みや不安の高まりを実感している」と柏木雄次郎いいます。(心身を病む人が増えると膨らむ医療費、凶悪化する犯罪から身を守るための出費が増えると、豊かさ指数、国内所得を増やしますが、この不思議は次項で考えます)。日本は縄文時代以来、平等社会・貧富の差の少ない社会といわれてきましたが、むしろ格差のある社会のようです。
フリーター考
内閣府によると15〜34歳のフリーター(パートやアルバイト、契約社員など正規社員でない層)人口は2001年に417万人。10年間で2倍に増えています。学生や主婦を除くと世代人口の5人に1人がフリーターです。その中には、自分の意思でフリーターをやっている人もいます。以下では自分の自由意志によるのではなく、他に選択の余地が無いために、仕方なくフリーターをやっている非自発的フリーターのみをフリーターと呼んでいきます。
NHK特集によると、同一業務に就いていても、フリーターの賃金は正社員の4分の1、年収は100万〜200万円です。また彼らの多くは、正社員を望みながら叶えられず、そのため2021年には、中高年フリーターが200万人になると予測されています。このように格差は固定化し、この傾向はさらに強まっていくものと考えられています。この理由について『希望格差社会』の著者山田昌弘は、「1990年を境として、家族をめぐる社会状態がめまぐるしく変化した」からだと考えています。
近代社会が発展すればするほど、「リスク化」、つまり社会の不確実性が増し、生活がリスクに満ちたものになる。そして「二極化」、つまり成功者の蔭で弱者が社会からはじかれる。この2つの流れによって社会が不安定なものになっていくという傾向は、止めようと思っても止める事はできない。この不安意識が一気に表面化したのが1998年だと山田昌弘は見ています。この年は、中高年男性の自殺率が一気に増えたのと同時に、青少年犯罪や引きこもり・不登校が増え、家でまったく勉強しない中高生が急増した年でした。
このような背景を考えれば、フリーター現象はリスク化と二極化によってもたらされたのであって、不況にあるという説は誤りです。また、若者が企業に縛られるのを嫌い、自分のやりたいことをやるためという説についても山田昌弘は、「選ぶ自由があるからといって、望む選択肢が実現するとは限らない。若者に関しては、不安定な職を『選ばざるを得ない』状態に追い込まれている。若者の意識変化は、そのような状況に適応した結果生じたものであって、その逆でないことを強調しておきたい。」と述べています。
正社員を望みながらかなえられない状況、つまり「希望の喪失」、「希望格差」は経済格差より深刻です。人の幸福は「必要とされている」とか、将来に「希望」があるとかにあるからです。希望を失い、将来に絶望した人が陥る最終形態は自暴自棄型の犯罪。中でも20代や30代の無職男性が引き起こす犯罪が増え、その中には犯罪を引き起こすだけの犯罪もあります。この世で努力しても報われないという絶望感に陥ると、他人の幸福がうらやましくなります。目的合理性を持たない犯罪は、嫉妬を原動力に引き起こされる「不幸の道連れ」だといわれています。
フリーター、つまり「負け組み」が多数を占めるアメリカ型社会に移行した場合の、マイナス面がこのNHK特集で語られました。マイナスの1つは、ニート(仕事をしていない・職業訓練模もしていない・学校に行っていない)への移行。2つは自殺者の増加、3つは犯罪の激増でした。その他にも、結婚ができない。結婚しても子供を生まない。年金制度の崩壊という問題点もありました。これらがもたらす―国民の能力が十分に発揮できない―経済的損失も莫大ですが、少子化や犯罪の増加は亡国の兆し。国が壊れていくのではないかと私は思いました。
企業批判と文明批判
さて、その番組ではいろいろな意見が戦わされましたが、その中で「フリーターを使うのは低賃金にして企業が儲かるためである」というのがあり、それはそれで正しいのです。が、この論者をはじめ参加者のほとんどが、企業性悪説に立っているように思えたことと、重要な論点だと考えられるので、あえて話題を変えてその盲点に言及しておきます。
企業については、会社は株主のものであるというアメリカ型解釈から、公共的存在であるという考え方まであります。そのいずれの考え方をとるにしろ、あるいは企業性悪説に立つにしろ、企業が倒産してしまったのでは元も子もなくなります。従業員は職を失い、取引業者は得意先を失うばかりか、売上債権が焦げ付き、連鎖倒産の恐れを抱え、下請企業なども存続の危機に見舞われます。政府や地方公共体は税収を失うなど、その悪影響は計り知れません。ガルブレイスも「不埒の会社より悪いのは無能(=倒産)な会社だ」といっています。
企業は常に生き残りをかけた熾烈な競争を強いられており、フリーターを使うのは生き残り戦略上やむをえない時代の流れなのです。その中で1社のみが全てを正社員にしたら、多分倒産し「無能」の烙印を押されるでしょう。評論家の中には企業批判に急で、この事実を忘れている人がいますが、影ではなく実態に迫らなければ、意味のある論議にはなりえません。企業のみでなく、そのような企業を生んだ文明にこそ、批判の焦点を向けるべきです。
トップページへ戻る