税と平等

税法ものしり手帳  

税は課税主体の違いによって、国税と地方税に分類されます。地方税のうち、県民税と事業税は県が、市民税と固定資産税は市町村が課税主体です。また、固定資産税など資産そのものを課税対象(客体)とする資産課税と所得に課税する所得課税にも分類されます。私たちが買い物をするとき、商品代のほか自動的に消費税も払わされます。この場合、消費税の負担者は私たち消費者ですが、納税義務者(税金を納める義務を負っている人)は商店主です。このように税の負担者と納税義務者が異なる税は間接税と呼ばれ、納税者自身が直接納める税を直接税と呼びます。(環境税については、当サイト『環境税の本質』を是非一読してください。)

いずれにしろ、税は法律に基づかない限り課税できません。これはフランス革命によってもたらされた原則だといわれています。憲法84条は「新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と定めています。この定めは「租税法律主義」と呼ばれています。憲法はまた同時に、30条で納税の義務も謳っています。私たちが社会秩序を維持し、枕を高くして眠れるためには財政支出が欠かせません。

道路・空港・警察・学校・防衛等へその財政支出を担保するのが財政収入です。一般には、いずれの国も財政収入のほとんどを税に依存しています。(日本は今、財政収入の多くを赤字国債に頼っている異常事態下にあります。)このように税の主目的は税収(財政収入)の確保にあります。

一方、税は「公平」でなければなりません。しかし、たとえば、東京の一等地に邸宅を構え、あるいは億ションを持っている政治家がいます。国民はその存在自体をいぶかしみ、嗅覚鋭く捕らえています。この事例は課税庁の姿勢、あるいは課税技術の側面から生じる不公平です。このほか政策上、特定集団に対して行う減税など税制上の不公平もあります。

 

平等神話  

さて、本論に入りましょう。以下、日本文化に根ざす「平等神話」と、「税」について考えていきます。アメリカの子どもの5人に1人は太りすぎか肥満です。一方、5人に1人は飢えています。「信じがたい」と思われるビジターがおられると思いますが、アメリカ全所帯の約10パーセント3000万人弱は飢餓、または飢餓の瀬戸際、または飢餓の不安を抱えています。アメリカの最も裕福な上位1パーセントが、住宅価格を除いた家計の富の47パーセントを占めています。さらにいえば、富の93パーセントは上位5分の1の層に集中し、下位5分の大多数はわずか7パーセントを分け合っているのに過ぎません。

森林の植物相が遷移しなくなった様を極相林といいますが、アメリカは弱肉強食のすさまじいその極相の社会です。このような背景の中、米国人の個人破産は年に140万人にのぼります。分断され、二極化した社会では家庭の崩壊、人種対立、暴力がはびこり、それはまた、銃や麻薬に結びつきます。警察、特に刑務所は繁盛し、民間警備に対する支出も増えています。自由の国アメリカ、豊かな国アメリカは、一部の富裕層にのみ向けられたことばです。アメリカ人がそれを理解できればですが---

『万葉集』には上は天皇から下は一般庶民にいたるまで区別なく、各人各様の歌が集められています。男女の差、年齢の差、身分の差などのない、このような歌集は世界に類例がありません。さらに驚くべきことに、後白河上皇は乙前という身分の低い老女の弟子にさえなりました。

日本は気象の面で、ミニ地球になぞえられます。台風があり、大雨があり、洪水もあります。大雪があり氷河さえあります。夏には酷暑があります。この気象の多様性とともに、日本には稲作があります。これらが混ざりあって、日本文化が成立しました。稲作には、灌漑のための共同作業が、水の分配を巡っては談合が必要でした。このようにして自然に醸成された、生活様式の型こそ集団主義と呼ばれるものです。この集団主義のもとでは、個人主義は「悪」です。「和」をみだし、生産の減少、引いては飢えにつながるからです。

天照大神が天の岩戸に隠れると、八百万の神々が集まって談合します。合意、コンセンサス、この民主主義の原型は神代の御世からあったのです。このように見てくると、集団主義は肩を寄せ合って共に生きていこうとする思想です。しかしながら、日本人論でかならず非難の的になるのもこの集団主義です。閉鎖性、無原則、全体主義など日本文化の負の部分というわけです。紙数に余裕がありません。この非難は一部正しい。だが、日本文化は「間接個人主義」であると私は自信を持って結論しておきます。

今(2002年)、税制の見直しが政治の俎上に上っています。これまで、わが国の最高税率は国税地方税を合わせて90パーセントの時代がありました。その後8976パーセント、9065パーセント、9950パーセンと次第に減税されています。今回の改正でも、さらなる減税を主張する意見があります。この論者の論理は減税を先行することによって、景気の浮揚を図るというものです。過去の減税も、また、アメリカの減税もこの意図のもとでなされました。その結果、アメリカの税制は目に余る金持ち優遇税制度になっています。優遇税制は、社会不安の増殖を伴いながら貧富の差を広げる働きをします。

税率を決める絶対的な尺度はありません。ですから、減税則金持ち優遇と短絡し、即断してはいけません。ただその結果、貧富の差は広がると予想されます。特に資産の差は拡大します。そして、それは確実に、アメリカのあの弱肉強食の社会に近づきます。

日本には平等神話があります。それは悪平等だとの非難もあり、その弊害も少なくはありません。しかし、深夜女性が1人何らの不安も抱かず歩ける国。人ごみの中、バックを離したまま携帯電話に夢中になれる国。これは世界中でも特殊で、安全な国の風景だと思います。一度失ったら取り戻せないのが安全です。安全は平等という木に実った果実です。その「安全」と「平等」は「平和憲法」とともに日本が世界に誇れる文化です。「平和」「平等」「安全」は人類永遠の理想です。これに勝る価値観はほかにありません。共生の時代に向け、平等神話を守り育てていくべきだと考えます。合理主義、実力主義、弱肉強食の思想は一つの考え方に過ぎません。他国のサルまねは避けるべきです。

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