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奇妙な文明
「ただ過ぎに過ぐるもの、帆あげたる船。人のよはひ。春夏秋冬。」と、清少納言は『枕の草子』に記してあります。わが瑞穂の国にはその四季に育てられた美しい自然があり、そこから季語などの文学あるいは美意識が育ちました。たとえば、外国にお土産を持っていくと、包装を見ただけでワンダフルを連発するそうです。日本のデパートや専門店などで使われている包装紙(袋)は、それ自体が美術品といわれ、これはすばらしい日本の(まほろば)文化です。
しかし、美意識も度が過ぎるとネガティブに作用します。たとえば菓子包装の場合、先ず個々に、次に数個単位に、最後にその全体が箱詰めされ、包装され、のし紙がつけられて袋に入れられます。このような過剰包装も手伝ってか、平成13年度に家庭などから排出された一般廃棄物は、5210万トンに達しました。これは東京ドームのおおよそ141杯分に相当する量で、標準的な2トントラックに積み込むと2600万台以上のトッラクが必要であって、1列に並べると地球を3周以上する長さになります。(産業廃棄物は約4億トン)。
平成13年度に国民1人が1日に排出した家庭ゴミは、約1124gでした。このゴミの中には、使える応接セットやテレビ・冷蔵庫および食べ残し、賞味期限切れ、調理の失敗、ロスおとし(普通に食べられる食料)などの食糧ごみが含まれています。また、容積比で見た家庭ゴミ全体の約61%は容器包装廃棄物で占められています。私の経験では、400円の弁当を食べ終わると、机の上にはゴミの一山が築かれました。
ところで、容器包装代は無料だと思っている人がいますが、食品で価格の35%、化粧品で70%以上も容器包装代が占めるものもあり、当然その原価は価格に上乗せされています。近い将来、ゴミ処理代は全国的に有料になると考えられます。すると、「ゴミを買ってくる」そして、「そのゴミ処理料を払う」と、いう奇妙な循環に家計は取り込まれます。奇妙であっても循環がここで完結するのであれば、まだ救われるのですが、ゴミを燃やせば、猛毒ダイオキシン等が大気を汚染します。ゴミ収集には多額の財政支出がなされ、収集のためにはガソリンが使われて、温暖化を加速させます。
福島県小野町に一般廃棄物処分場があり、今、操業停止を求める訴訟が起きています。反対派住民の1人は「なぜ都会のゴミを受け入れなければならないか」と憤ります。一方、焼却灰を出している自治体の担当者は「自分たちの地域で処分場の確保がどうにもならない」と苦しい胸のうちを明らかにしました。厚生省によると、一般廃棄物の最終処分場は新規着工がないかぎり、後3年で満杯になります。
このようにわが国には焼却灰の処分場すらなく、市町村は処分場の確保に苦慮し、地域住民は騒音や大気汚染などの被害を受けています。そのうえ、「日本はゴミに埋まっている」と外国の教科書に書かれています。未来の歴史家は、この様相に首をかしげ、「奇妙な文明」と定義するでありましょう。
極悪非道
金属片はもとより、紙やプラスチックの切れ端・木くずなど形のある物の、すべてが極貧国では資源として利用されています。その一方、先進国では大量消費・廃棄の生活様式が続けられています。しかし、そのような生活様式は、人類の生存基盤を壊滅させるので、継続は不可能だと生態学者は考えています。
悠久の時空の交点で今まさに、私たち人類は宇宙船地球号に乗り合わせている乗客です。この小さな星のなかで、物質循環の枠を超えてなされる先進国の消費は、他の乗客に犠牲を強要し、未来世代の分け前を先食いして、人類の存続を危なくします。狩り過ぎると食べ物がなくなって飢えてしまうので、野生の動物は狩る量をわきまえています。しかし、この単純ではあるが、生態系の根幹をなす営みが人間には実行できません。資源エネルギーの85%を独り占めしている人口のわずか15%に過ぎない「自分で自分の首を絞める」先進国の行為は、奴隷制や原爆投下をはるかに超える極悪非道な犯罪にあたります。
焼却廃棄物等の発生抑制(リデュース)、再利用(リユース)、再生利用(マテリアルリサイクル)、熱回収(サーマルリサイクル)などに、日本は官民一体となって取り組んでおり、高く評価されます。だが人口増加、消費の増加が続いているため、それは究極の対策にはなりえません。病根(文明)にまでメスを入れない限り、完治は不可能だからです。
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