大気汚染 2-2酸性雨、空中鬼

 

あらすじ】

――高校の授業を先取りしておきましょう。――

司馬遷、史記『項羽本紀、第七』「書き下し文」―項王の軍垓下に僻す。兵少く食尽く。漢軍及び諸侯の兵、之れを囲むこと数重なり。夜漢軍の四面皆楚歌するを聞き、項王乃ち大いに驚いて曰く、--------。で始まる「垓下(かいか)の戦い」は「四面楚歌」の語で有名な場面。漢の沛公らの敵軍に囲まれ、垓下の城にたてこもった項羽が、四面の楚歌を聞きながら、最後の酒宴を開き、愛する虞美人と涙の唱和をする最後の場面が描かれています。

楚歌(そか)は敵対する楚の国の歌。したがって、「四面楚歌(しめんそか)」は敵軍に十重二十重(とえはたえ)に取り囲まれ、追いつめられ、身動きのできないせっぱつまった状態を意味します。

大気中に排出(はいしゅつ)された汚染物質は決して、地球の外に出て行かないばかりか回収することも、処分することもできません。汚染がある一線を越えたら、1日約8000Lの空気を吸って生きている人間はおとろえ、地球も暴走(ぼうそう)を始めるでしょう。この段階にまですすんだら、私たちの生活環境は「四面楚歌」におちいり、崩壊します。

酸性雨とはなにか

〔メカニズム〕 化石(かせき)燃料(ねんりょう)を燃やすと、地球温暖化の原因となる二酸化炭素のほかにも害になるものが出ます。そのうちたとえば、窒素(ちっそ)酸化物(さんかぶつ)は主に自動車や工場から、硫黄(いおう)酸化物(さんかぶつ)石炭(せきたん)火力発電所や工場およびディーゼル自動車などから出ます。これらの酸化物は大気中で化学(かがく)反応(はんのう)を起こし、ごく小さい硫酸(りゅうさん)硝酸(しょうさん)粒子(りゅうし)となって大気中にただよった後、地上に戻ってきます。

地上に戻ってくる形態の1つは、雲を作っている水滴に硫酸や硝酸が溶け込んで雨や雪や(きり)として地上に戻ってくる湿性(しっせい)沈着(ちんちゃく)です2つ目は、晴れた日でも風に乗ってただよい、樹木や建物などにくっついたり、わずかですが(はい)の中にも入ったりする乾性(かんせい)沈着(ちんちゃく)です。この2つを合わせたものが、いわゆる酸性(さんせい)()です。

酸性か、アルカリ性かを調べるときには、水素イオン濃度、pHという数で表します。pHが7のときが中性で、7より小さいほど酸性が強く、7より大きいほどアルカリ性が強いことを示します。自然の雨のpHは5.6であり、pH5.6未満の雨を酸性雨といいます。pH2.5()、同3.5はオレンジジュースに相当します。

2002年各地のpHは、札幌4.83、輪島4.62、大阪4.75、小笠原5.11で、日本列島すべてが欧米なみの完全な酸性雨でした。

〔空中鬼〕 中国で酸性雨は「空中鬼」と呼ばれ恐れられています。購買力(こうばいりょく)平価(へいか)2国間の物のネダンで比べた場合の為替相場)を基準に取れば、すでに経済(けいざい)規模(きぼ)で中国は日本を抜いており、やがてアメリカに迫ると予測されています。経済規模の拡大と酸性雨の増加とはほぼ比例するほか、中国では、(いま)だにエネルギーの大半を酸性雨を多く排出する石炭に頼っているので、「空中鬼」はますます増えていきます。

それに加えて中国を除く東アジア地域の各国も経済発展が進んでおり、招かざる客、「空中鬼」のわが国への越境(えっきょう)汚染(おせん)が心配されます。 

酸性雨の影響

湖沼・河川への影響  pHが6未満になると、ほとんどの魚類はすみつづけることはできません。北欧や米国の冬は寒く、酸性の汚染物質を含んだ雪が降り積もります。そして春になり気温が上昇すると、その雪は一度に溶け出して川や湖を酸性化させます。この現象をsnow melt acid shockと呼び、ヨーロッパでは養殖魚の孵化(ふか)の時期と重なるため大きな被害が発生します。

そのほか、ノルウェーでは、湖沼の酸性化により1300mの地域で魚がいなくなり、スウェーデンでは、1万の湖沼が酸性化し、うち9000の湖沼で魚類の生息に悪影響がでており、カナダでも4000の湖沼が死の湖と化しています。

 森への影響   酸性雨は土・水・土中のいろいろな生き物や樹木に影響を与えます。たとえば、酸性雨が直接葉に()れ、あるいは土壌が酸性化することでアルミニウムが溶け出し、森林の枯死など植物の根に悪影響を及ぼしています。ポーランド・旧東ドイツ・チェコスロバキアにまたがる地域は「黒い三角地帯」と呼ばれ、この三角地帯からシベリアの東端までは小鳥のさえずりも聞こえず、樹木の新芽も出ないともいわれています。

このほか、酸性雨の被害が多い地域はカナダ・アメリカおよびドイツとデンマーク・スウェーデンなど北欧です。デンマーク・スウェーデンは工業国ではありません。いわゆる「もらい公害」です。酸性雨は気流に乗って、長い距離を移動するからです。

建造物への影響   パリやローマなどヨーロッパの都市ではよく、古い建物や建造物のカベ・ノキシタに「つらら」のようなもの下がっているのを見かけます。それは割れ目から入った汚れた雨水が、コンクリートの成分カルシウムを溶かしながら外に出てきて、それと空気中の炭酸ガスとが反応してできた炭酸カルシウムが、「つらら」のようになって伸びたものです。酸性雨はまた、コンクリートのほかに、大理石の床や彫刻(ちょうこく)、銅の屋根まで溶かし、銅像(どうぞう)にさびを発生させます。

日本の現状   @ 久保田孝夫は、50年以上、スズカ山系の山に登り続けています。最近、ササとササの下で地表をおおっていた野草や下草、コケ類の枯死に気づきました。酸性雨の影響ではないかと、彼は不安を募らせています。A「黄砂はまだいいのだが、酸性雨がネー」「ここは海の中道にあるので、松は根を深く張ることができません。見た目より弱いのです」。と、立ち枯れの松を古老は指し示しました。これは早朝、天橋立の松並木で筆者と地元の人と交わした立ち話の実録です。B ヒメマスが産卵を止めるなど、最近魚への影響が報告されています。 

いままでのところ日本では、酸性雨による被害ははっきりとはあらわれていません。しかし、一般に酸性雨による(りく)(すい)・土壌・植生(しょくせい)等に対する影響は、永い期間を経て現れると考えられています。すでに欧米と同ていどになっている酸性雨が降りつづき、それに中国や東アジア由来の「空中鬼」が加われば、時には「緑の黒死病(こくしびょう)」というセンセーショナルな呼び方がされるほど深刻な酸性雨の被害(ひがい)に、わが国もさらされるものと考えられます。

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