ゴミ問題 深く考えてみよう
【あらすじ】
ゴミの発生抑制(リデュース)、再利用(リユース)、再生利用(マテリアルリサイクル)、熱回収(サーマルリサイクル)などに、日本は官民一体となって取り組んでおり、高く評価されます。だが、その努力は、人口の増加と消費の増加があるために帳消しになっています。
病根(大量消費文明の見直し)にまでメスを入れない限り、ゴミ問題はもとより環境破壊は決して解決しません。
買う時も捨てる時も、ゴミ代を払う奇妙
「ただ過ぎに過ぐるもの、帆あげたる船。人のよはひ。春夏秋冬。」と、清少納言『枕の草子』に書かれています。その春夏秋冬が規則正しく、3ヶ月ごとに日本にはめぐってきます。そして四季に育てられた美しい自然が瑞穂の国(稲を産する国、日本の美称)にはあり、そこから季語などの文学あるいは美意識が育ちました。
たとえば、外国にお土産を持っていくと、包装を見ただけでワンダフルを連発するそうです。日本のデパートや専門店などで使われている包装紙(袋)は、もはや美術品。これはすばらしい日本の文化です。
しかし、美意識も度が過ぎると好ましくない場合があります。たとえば菓子包装の場合、先ず個々に、次に数個単位に、最後にその全体が箱詰めされ、包装され、のし紙がつけられて美術品の袋に入れられます。
このような過剰包装も手伝ってか、平成13年度に家庭などから排出された一般廃棄物は、5210万トンに達しました。これは東京ドームのおおよそ141杯分に相当する量で、標準的な2トントラックに積み込むと2600万台以上のトッラクが必要であって、1列に並べると地球を3周以上する長さになります。
90年代初めにルームエアコンの普及率は100%を超え、今は1所帯に2.4台、カラーテレビは2.3台所有し、パソコンは4年おき、ケイタイは2年おきにそれぞれ買いかえられています。また平成13年度に国民1人が1日に排出した家庭ゴミは、約1124gでした。このゴミの中には、使える応接セットやテレビ・冷蔵庫および食べ残し、賞味期限切れ、調理の失敗、ロスおとし(普通に食べられる食料)などの食糧ごみが含まれています。
私の経験では、400円の弁当を食べ終わると、机の上にはゴミの一山が築かれましたが、容積比で見た家庭ゴミ全体の約61%は容器包装廃棄物で占められています。容器包装リサイクル法の見直しをきっかけにして、年間で300億枚使われているレジ袋をスーパー業界では有料にするようです。
このレジ袋とは別に、容器包装代は無料だと思っている人がいますが、実際は食品で価格の35%、化粧品で70%以上も容器包装代が占めるものもあり、当然価格に上乗せされています。
近い将来、ゴミ処理代はすべて有料になると考えられます。すると、「容器包装代、つまりゴミを買ってくる」そして、「そのゴミ処理代を払う」と、いう奇妙な循環に家計は取り込まれます。
奇妙であっても循環がここで完結するのであれば、まだ救われるのですが、ゴミを燃やせば、猛毒ダイオキシン等が大気を汚染します。ゴミ収集には多額の財政支出がなされ、収集のためにはガソリンが使われて、温暖化を加速させます。
このようにわが国には焼却灰の処分場すらなく、市町村は処分場の確保に苦慮し、地域住民は騒音や大気汚染などの被害を受けています。そのうえ、「日本はゴミに埋まっている」と外国の教科書に書かれています。未来の歴史家は、首をかしげて、この様相を「奇妙な文明」と名づけるでありましょう。
極悪非道
狩り過ぎると食べ物がなくなって飢えてしまうので、野生の動物は狩る量をわきまえています。しかし、単純ではあるが、生態系の根幹をなすこの営みが人間には実行できません。
この小さな星のなかで、人口のわずか15%に過ぎない先進国は物質循環の枠を超えて資源エネルギーの85%を独り占めしています。これは、他の乗客にめいわくをかけているだけでなく、未来世代の分け前をも先食いして、人類の存続を危なくします。
長期的視野にたって見ればこの先進国の行為は、ドレイ制や原爆投下をはるかに超える極悪非道な犯罪にあたるのではないでしょうか。
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