環境ホルモン 人が人でなくなる

 

【あらすじ】

すんなりと胎盤(たいばん)をすり抜け、胎児(たいじ)の成長をはばむだけでなく、数十年経ってもなお、ニセホルモンは濃縮(のうしゅく)して全地球に広がり、人体に悪影響を及ぼし続けています。それに加えて、ガンの激増や精子(せいし)の激減・子どもの知能(ちのう)指数(しすう)の低下などの障害(しょうがい)が心配されています。化学物質の無制限の使用は、人類を滅亡へいざなうかもしれません。

 

環境ホルモンとなにか

内分泌(ないぶんぴつ)かく乱物質・ホルモン作用かく乱化学物質などは、「環境ホルモン」とわが国では呼ばれています。本物のホルモンに化けてそれは、体内で悪さをします。

 米国のホワイトハウス科学委員会が1997年に主催したワークショップは、環境ホルモンをつぎのように定義しています。「(せい)体内(たいない)ホルモンの合成、分泌、体内輸送、結合、作用あるいは分解に介入することによって生体(せいたい)恒常性(こうじょうせい)(内部状態を一定に保つ現象)の維持、生殖(せいしょく)発達あるいは行動に影響を与える外来(がいらい)物質」。

また、米国化学アカデミーの学術研究会議は報告書で、おおよそつぎのように発表しました。

1、環境ホルモンは高濃度に比べ、低用量(ていようりょう)のほうがむしろ影響は大きいようである。

2、環境ホルモンにさらされたヒト、野生動物、実験動物のいずれも、生殖の発達に支障をきたす。

3、ヒトに起こった事実から環境ホルモンは、ヒトの発育を(さまた)げ、新生児の低体重や早産(そうざん)をもたらすものがあると推測される。

4環境ホルモンに()(きゅう)内でさらされると、生殖異常を起こす恐れがある。

5()大湖(だいこ)周辺の魚や鳥、フロリダのアポプカ湖のワニをはじめとした野生生物に見られる個体数の減少は、環境ホルモンの影響である可能性が高い。

 

悪事を起こす仕組み 

人体は、常時(じょうじ)体内を飛び交っているメッセージのやりとりや絶え間ないフィードバック(自動的な調節)がなされなければ、50兆の細胞がゴタゴタと寄り集まってできた厄介な肉の固まりに過ぎません。本項の主役、内分泌系(本物ホルモン)は、体内の「情報スーパーハイウェー」というべき血流内をかけ巡って、(せい)と生殖をつかさどり、器官や組織を維持するのに必要な信号を送り届けています。

そのホルモンを、受け取ってくれるものを受容体(じゅようたい)と呼びます。このホルモンと受容体は(かぎ)鍵穴(かぎあな)の関係に相当し、結合して一体となって細胞核(さいぼうかく)にまで侵入し、ホルモン本来の役割を果たしているのです。ところが、受容体が勘違いをして、ニセ者である環境ホルモンと結合してしまいます。これは、インターネットに水道管をつないだようなもの、当然生体の中で異常が生じます。

どのようにして健康被害はもたらされるか

(1) 環境ホルモンは、体内で濃縮(のうしゅく)され次世代へ引き継がれていきます。まず微生物(びせいぶつ)が湖底に沈殿(ちんでん)している汚染物質と水から残留性(ざんりゅうせい)化学物質を取り入れます。続いてこの微生物が動物プランクトンにたべられます。すると今度は、この動物プランクトンをアミが捕らえ、続いて魚類がそのアミを食べます。こうして次々と食物(しょくもつ)連鎖(れんさ)を登りつめていった環境ホルモンの一種であるPCBは、マスを捕らえたセグロカモメに至っては実に2500万倍に濃縮されます。この濃縮の連鎖(れんさ)から人間は逃れることはできません。

2微量(びりょう)低容量ほど健康に影響を及ぼします。ホルモンの濃度で問題になるのは、ppt(1兆分の1)という単位です。タンク車660台の水に焼酎を1てき()らした量に相当するのが、1pptです。

(3)地球のすみずみに広がり、すべての生物に害を及ぼしています。今日、推計で5万種以上の化学物質が流通しており、わが国では工業用途として届けられるものだけでも、毎年300物質程度の新たな化学物質が市場に投入されています。

@ 北極のアザラシやクジラの皮下(ひか)脂肪(しぼう)には、海水の1千万〜3億倍という高濃度で環境ホルモンが濃縮されています。

このアザラシやクジラの新鮮な肉や脂肪を食べているイヌイット族は、もしかすると環境ホルモンの汚染で、最初に絶滅(ぜつめつ)する民族になるかもしれないとさえいわれています。

A 月に23度の割合で環境ホルモンに汚染されている五大湖の魚を食べていた母親から生まれた子供は、早産で体重も軽く頭も小さかったこと、へその()流れる血流に含まれるPCB濃度が高い子供ほど、神経系の発育が悪くさまざまな点で劣っていたことが分っています。この五大湖の事例は、ほんの一例に過ぎません。

B 精巣(せいそう)下降(かこう)不全(ふぜん)をはじめとして、小さなペニス、尿道下裂(にょうどうげれつ)といった生殖器の異常例が、乳児の間でうなぎ登りに増加している事実を、全米各地の小児科医の大半はうれえてきました。ある研究者の推測によると、いつ神経(しんけい)障害(しょうがい)を引き起こしてもおかしくないレベルのPCBに、米国の赤ん坊の5%がさらされています。

C 猛毒(もうどく).PCBは主に焼却により排出(はいしゅつ)され、わが国の大気や水・土壌にも含まれています。台湾(たいわん)でPCBに汚染された食用油をとりいれた女性から生まれた子どもたちについて、大規模な研究が行われた結果、身体や神経系のさまざまな障害を子どもたちがかかえていることが分かりました。ほかにも運動機能や知的能力にいやしがたい障害や多動症(たどうしょう)などの行動(こうどう)障害(しょうがい)が見られ、知能テスト では精神遅滞(ちたい)がIQテストでは5ポイント低い成績が認められました。

人が人ではなくなる日

「がんは悲劇以外の何物でもないが、人類の存続を不可能にするわけではないのである。環境ホルモンは、生殖障害や発育を知らず知らずに(むしば)んでいる。しかもその影響が及ぶ範囲も実に広い。だからこそ、この有害物質には、種全体(=人類】を危機におとしいれる恐れがある。さし当たっておそろしいのは滅亡ではなく、人類が知らず知らずのうちにむしばまれていく状況なのだ」と、環境ホルモン問題を世界にアピールした生物学者で、『奪われし未来』の著者シーア・コルボーンは、人が人でなくなる恐れを警告(けいこく)しています。

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