自由業の繁盛 思い込みはいけない
【あらすじ】
たぶん日本人の大半が、弁護士・公認会計士の増員を歓迎すると思われます。それは「時代の要求であり、同時に質のよい社会に日本が変わるから」という考えでしょう。アメリカの弁護士数は100万人、フランスは3万6000人です。どちらが質の高い社会でしょうか。自問し、思い込み病を乗り越えてください。
弁護士・公認会計士の増加の意味
(弁護士) わが国の裁判は終わるまでに時間がかかりすぎます。それでは国民感情と司法の世界との間に一体感が芽生えません。この要求にこたえるために「国民に身近な司法」を実現するための論議が、繰り返され「最終意見として」結実しました。それによると、1990年代は年間500人であった司法試験の合格者が、近い将来3000人になります。そして、2018年には法曹人口は5万人に達します。
弁護士法 第1条には「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と書かれています。弁護士人口の増加は、これらの使命が実現され、あるいは実現される機会が増えるはずです。であれば、日本人特有のあきらめや泣き寝入りが減り、弁論を通して各人が権利を主張できます。そこにはじめて、真の民主主義−成熟社会が実現すると期待されています。
(公認会計士) 金融庁は、公認会計士の増員を決めました。国内の公認会計士数は米国の33万人に比べて圧倒的に少ないため、現在の3・6倍、5万人程度まで増やす予定です。
公認会計士法、第2条には「公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明をすることを業とする」と書かれています。この財務書類の中で一般に知られているもののひとつに決算書がありますが、もし、この決算書に誤りやいつわりがあった場合、その決算書を信じた利害関係者(株主・投資家・取引先企業・行政・従業員・近隣の住民)が、思わぬ損害をこうむる恐れがあります。このような事態を招かないため、つまり透明性(会社の内容をオープンにすること)を確保するために公認会計士制度はあるのです。
先進国?アメリカの実情
つぎにアメリカにおける弁護士の実情を見ていきましょう。16年前、私たちはニューヨークに宿泊していました。ホテルは5番街と5番街をつらぬくストリートの角に建っていました。時差のため眠りが浅く、何度も目覚めましたが、そのつど例外なく、救急車のサイレンの音が走り去っていきました。うわさされていた、犯罪都市ニューヨークの実情の一部分を見たわけです。さて、その救急車の後ろには必ず、数台あるいは数十台の車が行列を作ります。被害者などにいちはやく名刺を渡して自分を売り込むためです。これらの弁護士は「救急車追跡者」と呼ばれています。
今、アメリカでは毎年、5万人前後の弁護士が生み出されていて、まもなく100万人を突破すると考えられています。この100万人は軍人170万人に次いで、全米で2番目に多い職種です。彼らは限られた量の仕事を取り合っています。といっても限度があり、必然的に「火のないところに煙をたて」仕事を増やします。その最たるものが、民事の争い件数の急増です。日本人の感覚では、その争いのほとんどは「なんくせ」に近い代物です。
その一端を長谷川敏明著『訴訟社会アメリカ』から要点を引用しておきましょう。@10代の女性が、ろうそくにオーデコロンを振りかけて、部屋の中に香気をただよわせようとして、友人がヤケドを負ったケースでは、メーカーはそうした使用をしないように注意する義務がある、と責任を問われた。A雨にぬれたペットの犬を乾かしてやろうとオーブンに入れたら焼け死んだケースでは、注意しなかったメーカーに責任があると断定された。このほか強盗が、家主に対して賠償金を請求し認められたという実例もあるようです。
このように「なんくせ」を発掘して、弁護士の一部は収入を得ています。であれば、企業側もその「なんくせ」に備えて対策を立てるのは当然のなり行きであり、それを担当するのも弁護士です。このようにして弁護士は増え続け、企業ではまた、身を守るための文書主義がはびこっています。
アメリカで弁護料は1時間100〜500ドル、通常決着まで20時間かかりますから、1件当たり約70万円の出費になります。ですから、弁護士費用を準備できないために、本当に必要としている人びとの多くが、訴えを断念しています。訴しょう社会アメリカといっても、マネーのない人はそれに参加できず、結局人権も正義も彼らにとっては、絵にかいたもちに過ぎません。
日本のアイデンティティー
NHK「のど自慢」にチャンネルを合わせると、そこが都市なのか農漁村なのかすぐにはわかりません。北国なのか南国なのかもわかりません。顔・肌の色/衣服・しぐさ----の区別がつきません。ところが多民族国家アメリカには、このような社会全体を大きくおだやかに包む伝統や慣習がありません。ですから、個人の常識や慣習に基づいて行動するのは、敵対していると誤かいされるかもしれないので大変危険です。それを避ける方法が議論と法律です。議論といえば、聞こえはいいのですが、勝つことのみが目的化され、へりくつでもその場を押さえたほうが勝ちとなります。
勝つためのぬけ穴さがしがまかり通れば、その対抗手段として新たに法律が作られます。そのため法律はますます複雑化し、優秀な人材がこの部門に投入されます。しかもその争いは中身がなく人の心をむしばみます。アメリカ人といえども傷つき、心を痛めている人がたくさんいます。日本の集団主義や談合体質は非難されていますが、訴しょう社会アメリカに比べれば、まだましなのかもしれません。
弁護士人口の増加は一見、進歩に見えます。「権利の主張」など、きれいなことばで飾ることができるからです。だが、たとえば、極端な自己主張はまだしも、いいがかりやなんくせをつけて争うために、弐本で20万人の弁護士が活躍する社会を想像してください。公認会計士人口の増加も「透明性の確保」などが保障される点、確かに進歩といえます。だが最近、ライブドア事件に見られるような不正やごまかしが多く生じているため、その不信が公認会計士を必要としている面が、多分にあるのです。
権利の主張や透明性の確保は、質の高い社会では絶対条件であり、そのための増員は好ましいのです。だが、不信がはびこり、紛争が絶えない社会だからこそ、このような職業が繁栄するという面もあり、決して質の高い社会とばかりはいえません。
にもかかわらず、日本人の多くが単なる思い込みに過ぎないのに、その増員を文明の進歩だと考えているところに問題があると思います。
世界中のどの生活様式も合理的であるといわれています。たしかに、それぞれの地域や国・民族が数千年も持続してきたのは、その生活様式が合理的だったことを証明しています。(ここで使う「合理」はヨーロッパ起源の理性中心の考え方の「合理」を含み、それを越えた考えであって、人間生態系といっておきます。)ですから、特にアメリカで育った弁護士制度を無批判に取り入れるのは、悪しき短絡です。共生の文化を否定すると同時に、日本の人間生態系をも乱す恐れがあるからです。
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