狂った文明 進歩のウソ
【あらすじ】
私たちの日常生活のほんの一部、たとえば食習慣が人間の生活基盤を弱くし、同時に地球の病気を引き起こしています。
聖書には「金持ちらが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通るほうが易しい」と書かれています。ほかの場所でもイエス・キリストは、繰り返し富の独り占めを非難しています。ところが、ふしぎなことに世界一のキリスト教国アメリカでは、その富の独り占めがなされています。そのため貧乏人はきわめつきの貧困におちいっており、犯罪の多い社会です。
近代文明は、不平等や不公平を少しずつ取り除いてきました。同時に男女・国と国・肌の色の差などの差別もなくしてきました。しかし、アメリカでは不平等が広がり、文明時計の針を逆に回すように新ドレイ社会に向かっています。
にもかかわらず、それよりもパソコン・ケイタイなどのある社会を、あるいは肉を食べる食習慣を、私たちは「文明の進歩」だと考えています。
「文明の進歩」って、こういうことですか。
野放しの欲望
1950年代までは、わが国はみんな貧乏でした。豊かになった日本、もう欲望は十分に叶えられたはずです。しかしながら、人間生来の欲望が働いて、満ち足りれば満ち足りるほどそれに比例して、人のキガ感はふくらみ、「大量消費」と「便利さ」を求める消費者の欲望はむしろ増えました。その欲望と利益を大きくすることを目指す企業との組み合わせが、消費文明の花を咲かせたのです。加えて、企業の大量広告は消費者の欲望をさらに刺激し、この一連の流れは消えることのない業火となって、野火のように広がっていきました。この有様を1つにくくる項があるとすれば、それは「野放しの欲望」です。
そこでこの「野放しの欲望」が、地球環境に及ぼす影響の一端を、地球環境総合誌『WORLD ・WATCH』の記述、「地球環境に影響する食肉という食習慣」に基づき、それを整理して示します。
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肉食: 過去50年間で食肉の需要は5倍に達した。このことが水資源や土地・飼料・肥料・燃料その他の地球上の限りある資源へのプレッシャーを増大させている。
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森林破壊: 中米では過去40年間で雨林の40%が伐採されるか焼き払われ、輸出用の牛肉を生産するための放牧地になっている。また、ブラジル産牛肉の販売量の急増がアマゾンの森林の破壊を加速させている。(アマゾンの森林は世界一大量の酸素を作るので、「地球の肺」とも言われています)。
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草原破壊: 家畜が増えて、野生生物の繁殖地であった草原は踏み荒らされ、ウシの大規模放牧のために単一栽培の牧草地に植え替えられた。かつて豊かな生物多様性を持っていた草地が「皆伐」されたため、大規模な生物の喪失が起こっている。
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淡水: 発展途上国では、1塊のパンを作れる量の小麦を栽培するためには550リットルの水を使うが、100gの牛肉を生産するには7000リットルもの水を消費する。(これは仮想水でみてきたように、公平の原則に反します)。
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廃棄物処理: 数万にのぼるブタやトリ・ウシが飼育されている巨大な工場式の畜産施設から出る排泄物は、地球の分解・吸収能力を上回っている。それは河川や地下水を汚染し、または「死の海域」を増やしている。
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エネルギー消費: 人間が消費する1カロリー分の食肉タンパク質を生産するためには、28カロリーの化石燃料を必要とする。だが穀物を直接消費すれば、必要な化石燃料はわずか3.3カロリーですむ。
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地球温暖化: 食肉の生産と輸送は、地球を暖める燃料の使用量の増加につながる。またメタンは1トンで二酸化炭素23トンに相当する温室効果ガスであり、ウシ1頭は年間に約75キログラムのメタンを排出する。これを二酸化炭素に換算すると約1.5トンに相当し、反芻動物のゲップは、メタンの世界年間排出量の16%を占める。
記述はこの後、「農地の生産」「感染」「生活習慣病」「生物多様性の喪失と種の絶滅の脅威」と続くが、紙面の都合で割愛します。このように私たちの行為のわずかな部分(肉食)をのぞき見しただけでも、「自らの将来を脅かしているほぼすべての主だった環境被害、森林破壊・土壌浸食・淡水の不足・大気汚染・水質汚染・気候変動・生物多様性の喪失・社会的不公正・地域共同体の不安定化・病気の蔓延などの進行を促している」ことが明らかになりました。
このようであるにもかかわらず、私たちが大量消費や利便性を「文明の進歩」だと信じている点に狂気が見られます。そしてたった1つの、かけがえのない地球を荒らしまわり、奪い尽くし、自ら自分の首を絞めるその「おろかさ」に気がつきません。これを指して、私はこの節を“狂気の文明”と名づけたのです。
目を覆う 貧富の差
貧富の差といえば、金持ちがいてびんぼう人がいる二極の社会とまず考えがちです。しかし、実は犯罪の大半、戦争の原因の大半、環境破壊などほとんどの社会問題の源泉は「貧富の差」にあります。ここでは常時、キガの恐怖にさらされているアフリカ・アジアの一部地域をあえてはずして、「弱肉強食」の本場アメリカの様相をのぞいてみましょう。アメリカの富の93%は、上位100人中20人の人びとに集中しています。残りの80人はわずか7%の富を分け合っているに過ぎません。
米商務省がまとめた2003年度の「米国民の所得に関する実態調査」によると、全人口の12.5%は貧困層(1人、1カ月約6万円)であり、民間の保険はもとより、高齢者向け公的医療保険や低所得層向け公的医療保険に加入できない「無保険者」が15.6%もいます。さらに米国人の9.4%がアルコールや麻薬依存症に陥っていると推定されています(米国立英才研究所)。
したがって、人生に希望をもてないびんぼう人に属する一部の人びとは、自暴自棄に走り、暴力に訴えます。そのため、鉄の塀に囲まれ、鉄扉で武装した戦場を思わせる緊張の中での生活を、アメリカの富裕層はせざるをえません。特に同時テロ以来、旅行や観劇などの自由が著しく制限され、おびえながら不安な日々を送っています。一方マネーのない自由は成り立ちませんから、びんぼう人たちにはもとより本当の自由はありません。
このように見てくると、アメリカ社会には幸福な人が1人もいない(ともいえる)異常な社会です。これが歴史のフィルターを経ていない底の浅い文明が生んだ弱肉強食社会の実情、真の姿です。もはや、すさまじい弱肉強食の結果、アメリカ社会は一にぎりの金持ちと多数のびんぼう人に分れた極相林(樹種が変化しなくなった林)の社会といえるでしょう。
人類の歴史は不公平からの開放、あるいは不平等から平等へ進んできました。だが、それに反してアメリカ社会に見られる混沌と錯乱の世相は、歴史の歯車を明らかに逆方向へ向かわせています。
このアメリカの様相は、実はそっくり2番目の経済大国日本の現在あるいは近い将来の姿にほかなりません。(つぎの格差社会を読んでください)。