緑のダム 田中康夫の脱ダム宣言

 

 【あらすじ】

治水(ちすい)のために川を直線にし、堤防(ていぼう)を高く築き、岸をコンクリートで固めるのが欧米(おうべい)文明(ぶんめい)。スモウでいえば、それは力まかせの押しスモウです。力で土俵下に突き倒された自然は、たとえば雨水を涵養(かんよう)できず、都市は少しの雨でも、洪水(こうずい)に見舞われます。そこでその強力(ごうりき)力士はもっと強くならなければと、さらにパワーに頼ります。すると自然は---------。このいきづまった状態こそ、現代文明の()き所です。

この欧米流の発想が日本のダムでも行われています。発想(はっそう)転換(てんかん)が必要です。

 

長い目で考える

2001220日、長野県知事田中康夫は、おおよそつぎのような内容の「脱ダム宣言」を発表しました。―― 数百億円を投じて建設されるコンクリートダムは、見過ごせない負荷(ふか)地球(ちきゅう)環境(かんきょう)へと(あた)えてしまう。さらにいずれつくりかえねばならず、その間におびただしい分量の(たい)()をこれまた数十億円を用いて処理する事態も生じる。したがって、長野県においては長期的な視点(してん)に立って、でき得る限り、コンクリートのダムは作るべきではない――

宣言の中ではまた、「河川(かせん)改修(かいしゅう)費用がダム建設より多額になろうとも、100年、200年先の子孫(しそん)に残す資産としての河川・湖沼の価値を重視したい」とも述べています。であれば、単に費用対効果のみで判断するのではなく、幅広い考えに立って環境保全のあり方を模索(もさく)していこうというのが、彼の哲学(てつがく)です。

ヨーロッパでは産業革命が進んだときから近代(きんだい)河川(かせん)工法(こうほう)が使われ、川を直線にし、大きな船の航行を可能にするための運河化(うんがか)や、水力発電のためのダムがつくられました。しかし1980年代から「川の再自然化(さいしぜんか)」に取り組むようになって、かつての日本がとっていた政策と同じ対策を採用するようになりました。具体的には、堤防(ていぼう)に穴を開けたり、あえて氾濫(はんらん)させてこれまで堤防(ていぼう)に押し込めてきた水を氾濫源に引き入れるという形で、洪水(こうずい)を受け止めるというやりかたなどです。

たとえば、ドイツのバーデンブルグ州では、「総合ライン計画」を策定し、13(ゆう)水地(すいち)を作る予定になっています。これが完成すると200年に1度の洪水にも対応でき、そのための費用は土地代を入れても、おおよそ500億円程度。ちなみに洪水が発生すれば、6200億円の損害(そんがい)が発生すると予測されているので、コスト的にもこちらのほうがはるかに有益です。

一方、日本のダムが予想を上回る速さで土砂に埋まっています。ダムが土砂で埋まる堆砂が際立(きわだ)つのは、中部山岳地帯の天竜(てんりゅう)・大井・黒部川水系です。地元住民はそれを“川が死んだ”と形容しました。堆砂は放置すれば洪水災害、川に流せば漁業被害も起こし、浚渫(しゅんせつ)には巨額の資金がかかります。実際、長野県飯田市周辺は、泰阜ダムの完成以来、「水難の里」と呼ばれ、1961年の洪水や1983年の台風十号でも市内に大きな被害が出ました。経済発展を優先し、被害を過少評価した付けが回っているのです。

緑のダム構想 

米メーン州のペノブスコット川は、支流も含め約800キロに及ぶ水系に17のダムがあります。サケの遡上(そじょう)を阻む下流域のダム撤去(てっきょ)を求める声は80年代に高まり、漁業権(ぎょぎょうけん)を持つ先住民(せんじゅうみん)も交えた五者協議は「ペノブスコット川復活計画」と名づけられて、ようやく2003年にダム撤去(てっきょ)の合意が発表されました。撤去した年には、サケは10倍から12倍に増えると予測され、激減していたウナギやシマスズキなど10種の魚類も復活(ふっかつ)するのが確実視されています。

脱ダムの推進役(すいしんやく)、前内務長官ブルース・バビット氏は「川の再生を重視した。現状を単に守るのではなく、ダムを撤去し、自然な流れや魚類を取り戻そうと考えた。日本は流域(りゅういき)全体(ぜんたい)の環境保全や生態(せいたい)(けい)全体の健全性を考えるアプローチが必要だ」などと語りました。

そのアメリカで今、「脱ダム」の動きが広がっています。市民団体の集計では、2002年のダム撤去予定数は過去最多の63。最近は年15のペースで撤去が進み、累計では全米のダム500以上が撤去されました。この背景には川に自然を取り戻そうとする住民運動があります。

環境省によれば、わが国の主要河川113のうち、ダムや(せき)などの施設がない川は3つのみで、魚類の生息域(せいそくいき)が分断された川が91あります。日本はこと環境に関しては、アメリカをしのぎ対アメリカ比で環境先進国です。が、ダムに関しては環境後進国アメリカのさらに後ろをさまよっています。田中知事を除いては。

2000113日、「緑のダム構想(こうそう)」を民主党の鳩山代表(当時)は発表しました。内容は包括的(ほうかつてき)示唆(しさ)に富んでいて、すばらしいのですが、紙数の都合で必要なほんの1部のみを示しておきます。―― わが国にあるおよそ2600のダムの総貯水量(そうちょすいりょう)202億トンである。これに対して、林野庁の試算によれば、わが国の森林2500万ヘクタールの総貯水量は1894億トンであり、ダムの9倍にもなる。そして森林には貯水(ちょすい)機能(きのう)だけでなく、水源を(やしな)働きや土砂を防止する働きもあり、その効果はダムをはるかに上回る――。 と、そこには書かれてあります。

 よく(しげ)った森林に降る雨は、はじめのうちは木の葉や枝・(みき)をぬらすだけですが、量が多くなると葉からしたたり落ちたり、枝や幹を伝ったりして地面に届きます。地面に軟着陸(なんちゃくりく)した雨は落ち葉や枯れ枝の間を通って土の表面に導かれ、やわらかな土に吸い込まれていく。森林の土はじわじわと雨水を吸い込み、小さなすきまを水でいっぱいにし、つぎにより大きな穴へと移動していきます。そして、その1部はやがて谷川へ流れ出し、他の1部は地中の深くへ導かれ地下水になります。このようにして、緑のダムは水をため水源を養う働きをしているのです。

四季(しき)を持つ世界で最も美しい日本、その景観(けいかん)も緑のダムに多くを負っています。「出来うる限りコンクリートのダムは造らない」という田中知事の哲学に私たちは素直に耳を(かたむ)けるべきです。

発想の転換  

(すい)資源(しげん)流せば洪水(こうずい)貯めれば資源」を標語にして、東京都墨田区は区の大きな施設から一般家庭まで、屋根に降った雨を雨水タンクに貯めています。ダム依存型(いぞんがた)の都市の水利用を改め、自然の雨水に目を向けた墨田区持続(じぞく)可能(かのう)なこの水利用は、「戦争のタンクから平和のタンクへ」の合言葉(あいことば)とともに、世界中で高く評価されています。

関口茂町長は、「八ツ場ダム建設」 に反対し「国のため最小限の犠牲(ぎせい)は仕方がないが、節水すれば、東京の水は足りないことはない」と、地方紙に論陣を張りました。ところで、全国で唯一福岡市は、節水(せっすい)普及課(ふきゅうか)を持っています。たびたび夏の飲料水不足に見舞われ、季語(きご)(たとえば「天高く」といえば、日本人は秋を連想します。このように俳句などで季節を規定することば)として定着していいほど、福岡市の水不足は全国民に知られています。

たまたまその最中、私は当地に滞在しておりました。ホテルで節水を強いられたのは当然として、理髪店のガラス戸に貼られていた「水あります」が、なぜか今でも私の脳裏(のうり)に、はっきりよみがえります。

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