世界同時不況 喜劇か悲劇か
【あらすじ】
わかりやすくいうと、一国の富は「消費」と「投資」の和です。消費はシャツや豚肉・電卓など文字通り消えてなくなるもの。「投資」は道路やマンションなど一定時間経過後に消えていくものです。ですから、「投資」も「消費」と同様に「消えてなくなるもの」であり、本稿ではその合計を『消費』と呼んでいるのです。
『消費』が増えれば、一国の富である国民所得も増え、私たちはみな幸福になるはずです。しかし、同時に環境破壊と資源の枯渇が進み、貧富の差も広がり、みな不幸になります。
この意味で、『消費』の減少を意味する世界同時不況は、悲劇ではなく喜劇なのです。
国民所得の落とし穴
ここで再び一国の富、国民所得と『消費』について考えていきます。国民経済は企業と家計とからだけなるものとすれば、国民所得を求める算式はつぎのように示されます。
「国民所得」=「消費」+「投資」
ただし経済は時々刻々変動しますから、この算式は一定時点の均衡状態(需要と供給などがバランスしている状態】を表しているに過ぎません。つまり、黒潮に乗って回遊するマグロ、獲物を追って疾走するチーターの一瞬の静止映像に例えられ、その意味でこの算式は「静学」と呼ばれています。
このうち投資の実体は、いずれ使用できなくなり廃棄されるものですから、「消費の変形」、あるいは消費に至るまでの「留保形」に過ぎません。このように考えると、投資は消費と同じ種類に分類され、国民所得を求める算式は、
『国民所得』=『消費』
に書き換えることができます。(以後、『消費』は消費プラス投資の意味で使います。)
およそ46億年前のあるとき、銀河系の端で超新星が爆発します。この大爆発がちぢみはじめた星間雲の1部にわれわれの故郷、原始太陽系星雲がありました。やがてその中に多数の小惑星ができ、それらが衝突と合体を繰り返し、大きな惑星がつくられ、地球もそうしてできた惑星の1つです。この時、火星や金星あるいは地球の1部になりそこねた小惑星が無数にあり、その1つ、地球と火星の間を回る小惑星「イトカワ」に向かって、探査機「はやぶさ」が打ち上げられました。
大宇宙のスケールから見れば地球は、その小惑星「イトカワ」とさして変わらないほどの、小さなサイズの星に当たるでしょう。いま、地球には63億人超の人間が住み、それが2050年には100億人にまで膨れると予想されています。
ひとりの人間のエネルギー利用量は、1頭のゾウの代謝エネルギーにほぼ匹敵するといわれていますが、近い将来、この惑星の中で、100億頭のゾウが生き残りをかけて、資源争いを激化させていくことになります。
乾杯!
文化や文明あるいは時代の違いを超えて、つねに人間は富を追及してきました。道徳や哲学あるいは地球の未来より、今の快楽こそが大衆にとっては重要なのです。もともと、宗教や倫理・論理は快楽に反するしばりに過ぎず、腹の足しにはなりません。また祈りだけで人を救うことはできませんから、マネーを価値観の中心にすえる欲望丸出しのアメリカ型の方が、現実の前では勝るのでしょうか――。
すでに見てきたように、国民所得は『消費』によって決まりますから、『資源を枯渇』させ、『地球環境を破壊』させればさせるほど、それは増えます。人間の本音、富を追求するためには、私たちはひたすら『消費』を増やす必要があるのです。
しかし地球は、「イトカワ」とさして変わらないサイズの星にすぎません。石油などの化石燃料やそれらを原料にしたエネルギーなどは、消費すれば永遠に地球上から消えていきます。と同時に地球を汚染します。
重要なので繰り返しますが、地球はすでに、大気・水・土地など汚染の吸収源も資源も、持続可能なレベルを超えて衰えに向かっているのです。
さて、式から読み取れるように、『消費』を少なくすればその衰えを遅らせることができます。そして、その間に人間のすぐれた知恵や深い知性などに希望を託すことができます。
その意味で世界同時不況は、ねがってもない好機なのです。
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