■宵の月 - 3-

窓の外が夕闇に変わろうとしている。
オレンジの光に浮かんでいた跡部のシルエットが、今ではほの暗い室内に佇む姿を薄っすらと見せるだけだった。
たぶん、たった数秒のことだったと思う。俺達は電気もつけない室内で、視線で向かい合ったまま沈黙し、互いの出方を待っていた。
「もういい。そんなこと……どうでも。」

そういって肩の力を抜き、口火を切ったのは跡部だった。
俺は何を返すことも出来ずに、また彼の背を睨む。
ロッカーに向き直り、ウェアの裾に手を掛け、慣れた手つきでスルリと脱ぐと、彼の白い肌が薄明かりに浮んだ。
そこに、見つけてしまった。
それは鮮やかで、彼の白い肌によく映えていた。
紅く咲いた小さな華。
美しいと思った。
それを、自分以外の人間が彼に残したものだと認識するまでは。

「誰がつけたんや」

真っ赤な華を目にした次の瞬間。俺は彼の腕を掴み、こちらに向かせた顔を真正面から睨みつけていた。焦りばかりが先走る。この気持ちを抑える冷静さなど、本当は微塵もない。しかし、確かめなければと思った。この、印(しるし)の主を。

「何しやがるっ、訳分かんねぇこと言ってるんじゃ……っ!」

突然の俺の行動と言葉に躊躇いと動揺をぶつけようとした跡部の目が、何かに気付いたように大きくなり、続く言葉を失わせた。
空いた右手で右の腰の辺りを押さえる。そう、そこは紛れも無く「紅い華」のある場所。
「えらい正確に押さえるんやな…跡部」
動揺を浮かべ伏せていた目が、怒りの熱を静かに灯して俺を見据える。
「こんなものがあったとして、お前に何の関係があるってんだ、忍足。手を離せ。」
実に冷静でハッキリした口調で言い放ち、俺に掴まれた左手を振り離そうと力を入れた。
離すわけにはいかない。俺は一層掴んだ腕に力を入れ、先刻「印」を迷い無く抑えた右腕も捕まえる。逃げられないように、逃がさないように、その華を刻んだのは誰なのか、確かめるまではこの腕を離さない。
「逃がさへん。答えろや、その印、誰がつけてん。」
「………。」
俺の目を睨んだまま跡部は何も言わない。
「だんまりか。……昨日今日付けられたもんやないわなぁ。そんだけ真っ赤に、鮮やかにお前の背中に張り付いて、コレは自分のもんやって主張しとるんやから。…触ったら、まだ熱でも持っとるかもしれん」
眉の間に作られた怒りの現われが徐々に深くなっていく。
「……離せ。」
身じろぎもせず、ただ俺の目を睨んで言う。
「ここに来る前に付けられたんやろ?やから、遅かった。違うか、跡部」
そんなこと、事前に考えていたわけじゃなかった。ただ、こうして彼を捕まえ、無理矢理にでも冷静になろうとした俺の頭は、無意識にそんな言葉を並べ立てていた。言葉にした瞬間、自分の方が「そうか」と思う、可笑しな感覚だった。
「それが……どうした。」
あくまでもお前には関係ないと、睨みつける目がそう言っていた。

『先週の土曜にさぁ、跡部がテニス部の…えーっと、ほら、監督、監督のさぁ…そうそう、榊?あの人の車に乗ってたの見たんだよ。休みの日までまさか、練習とかしてんじゃねーよなーと思ってさぁ』

いつだったか、すれ違った奴が話していたことを思い出す。

「監督…か」

next comming soon...

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