1   よくある質問
更新日時:
H19年5月24日(木)
Q:「合気道には試合がありますか?」
A:一部試合形式を取り入れている方々もいるようですが、大先生の流れを組む私たち(財)合気会では試合を行いません。これは合気道がスポーツではなく武道であるため、武道の良さを大切にしているからです。大先生自ら試合を禁じていらした意味は、ルール有る戦いに勝つことを目的にしないという、高い理想を見つめてのことで、これは試合が無いことでかえって厳しい修行を必要とする側面がうかがえるはずです。 もっともこの事を理解しかつ、自分自身が高い理想を持ち続けないと、「試合を行わない目的」というものが、形骸化する危険は有ると思います。そんなわけで私はいつも、自分の技が武道としてスキが無いかどうか見つめるようにしてます。
 
Q:「合気道に流派は有るのですか?」
A:世界の合気道人口の大半は(財)合気会です。その他(財)合気会から分離、独立した流派、または(財)合気会とは全く無関係ながら「合気道」の名前を用いている組織も少数ながら有りますが、一般的には全国各地で目にする合気道の団体と言えば(財)合気会です。
 
Q:「運動音痴な私でも合気道を習えますか?」
A:出来ます。そんな事よりもどれだけ合気道に興味があるか、どれだけ合気道が好きか、そんな気持ちをどれだけ持ち続けられるかという事の方が問題です。運動神経が優れていても、合気道への興味が薄れてやめた人もいれば、いわゆるドン臭い人でも好きこそものの上手なれで頭角を現す人もいます。兎と亀の話のように、歩みは遅くとも最後は頂上を制する亀のように地道に修行しましょう。
 
Q:「合気道を習って強くなれますか?」
A:色々な意味で強くなれると思います。質問の意味は恐らく喧嘩に強くなれるかという意味かと存じますが、確かに喧嘩を目的とした修行はいけませんが、それでも合気道を習ったお陰で命拾いした例は多数聞くところです。これはたまたまそうせざるをえない状況下においての話ですが・・・。ただし合気道における強さは他人と争うという相対的な世界で身に付くものではないので、正しく合気道の技法、理合を習得しようと思ったら、どうしても「争う」とか「比べる」とかいう心を捨てるまたは忘れないといけないのです。そして結局はそれが平和を求める心に繋がると思うわけです。
 
Q:「稽古中怪我はしますか?」
A:合気道は合理的な武道ですので、正しく稽古していれば、大怪我はするものではありません。軽い捻挫程度の怪我は時々有りますが、故意に怪我をさせる事は勿論有りません。私たち彩新道場では、最初に柔軟体操を念入りに行った後に徐々に早く動くようにしています。また激しく動いた後には必ず最後のストレッチで肉体的ストレスを取り除くようにしています。結果今のところ骨折脱臼の類は皆無です。
 
Q:「どの様な服装で稽古したらよいのでしょうか?」
A:有段者になる前は柔道着と同じ格好で稽古します。有段者はさらに袴をはきます。また、女性は有段者の前でも袴を履く事も許されています。
 
Q:「級や段は、どの様にして取れるのですか?」
 
A:昇級、昇段審査を行います。他の道場生の前で決められた技を披露し、上達ぶりを確認します。また、五段以上の昇段は推薦によります。合気道では審査の受験資格として、あるいは推薦の資格として稽古日数が基準となります。

 2   彩新道場の目指す合気道とは
更新日時:
H19年4月2日(月)
最終的に彩新道場の目指す合気道は、開祖植芝大先生の残された、合気道の原点であり、その合気道の原点、極意の探求こそが稽古のテーマです。
 もう少し具体的に説明すると、自分自身は徹底的にスキの無い心技体を練り、他人に対しては万有愛護の精神で接する事の出来るようにする事です。
彩新道場の稽古では、完全に構えを取り払った、自然体で始めます。構えるという事は相手を威嚇し、相手の戦意を高め、相手を強くしてしまいます。これでは相手と競う事になります。合気道はそうではなく、相手の戦意を無くさせ、強い人も弱くしなければなりません。そこで体の構えは行わずに技を行います。もちろん構えずにスキを無くす為にはより心構えというものが重要になるわけです。また、構えないで技を始めるという事は、日常のあらゆる体勢からも技を始められるようにするという事でもあり、どんな突発的な非常事態にも対応する事を目指しているのです。
 さらにこれは体験してみると分かるのですが、自然体というのは、一番動きやすい状態で動くので、自分自身の体に対して「しばり」という物が無いのです。したがって速く無理なく動くのには一番適しているわけです。そして無理なく動くという事は自分の体にストレスを与えない事にもなり、合理的な動きは怪我を防ぐ事にもなります。
 

 3   合気道とは何か
更新日時:
H19年5月6日(日)
合気道とは開祖植芝盛平翁(私たちの間では「大先生」と呼びます)が創始された現代武道です。日本の伝統武道を基礎とし、それに大先生が修行によって到達した宗教感を加えた心身修行の道です。スポーツでもただの護身術でもなく、「神人合一」を理想の姿として掲げる高い理念を持つ武道です。稽古は各技法の反復稽古が主体となります。

 4   これを読む方々へ
更新日時:
H19年5月6日(日)
 まず初めにお断りしておきますが、このコーナーはあくまでも「私はこう考える」という事を載せます。したがって他の道場や他の武道を批判する事が目的ではございません。
 考えは人それぞれ、千人の人がいれば千種類の考えが有ろうかと思いますので、その考え、信念を元に努力している方々に対し、まずは敬意を表します。

 5   合気道はアニミズムの武道
更新日時:
H19年8月23日(木)
 合気道がただのスポーツではなく武道としての位置づけが有り、とりわけ精神性が重用視される事の根底には、日本人の自然との関わり、そこから来る他者との関わり方というのが有ろうかと思うのです。
 アニミズムという思想が有って、これはこの世の全ての物体には霊魂が宿っているという考え方で、古き日本ではその考え方が根付いていたので、そこから来る他者への優しさが日本人の特性の一つだったというのです。それがこの20年間でコンピューター中心の機械化生活が主体となったために、自然との関わりが断ち切れ、アニミズムは失われていったと、ある方は嘆いていました。
 この話で言えば、合気道も正にアニミズムで生み出された武道と言えると思うのです。全ての大自然を崇拝する心から来る技が合気道の技であり、これを人対人の単に相手をやっつけるテクニックとして捉えていると、合気道の全貌は見えて来ないと思うのです。テクニックがいらないわけではなく、それプラスアルファーの「何か」が必要なわけで、その「何か」を探して身につける事が道だろうと考えています。
 こんな事を書いている私も、昔はテクニックと精神論は別だと考えていました。それをこの二つは車の両輪だと教えてくださったのは今は亡き引土先生初め、熊野塾の方々です。



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