71   一年で一番稽古出来る季節
更新日時:
H20年2月3日(日)
 私は子供の頃、夏が好きで、冬が嫌いでした。しかし大人になり、合気道にのめり込むようになってからは、夏は大好きですが、一方の冬も好きになりました。理由は沢山動けるからです。
 
 野球選手はキャンプを暖かい場所で行いますが、合気道の場合は室内ですので、寒いのは最初だけであり、暖房が効くような施設も有りますから、最初からちょうどいい温度で始められる道場も有るでしょう。
 
 我が道場も、冬は大変寒くなりますが、それだけに思い切り動く事が出来ます。おかげで私は世間で言う「冬太り」ならぬ「冬やせ」になります。肺活量も、最近自己最高を記録しました。
 
 私にとって冬は合気道の稽古に一番適していると考えていますが、別の感覚をお持ちの人もいるかもしれません。「私は夏が適していると思うとかいう人がいたら、参考までにお聞かせいただきたいと思います。

 72   求道心について
更新日時:
H20年2月10日(日)
 最近ある声楽をしている人と話す機会が有ったのですが、その人はある時期、とにかく毎日歌う事に没頭していたそうです。いつでも何処でも時間が有れば、歌う毎日で、歌わないと体が何だか変な感じがするのだそうです。
 
 声楽は武道ではないですが、その道を深く探求しようと考えれば、自然とそうなる事でしょう。いわゆる求道心というのは分野を問わず必要なもので、求道心が有るからこそ毎日稽古する気になるのだと思います。
 
 「自分が合気道を稽古するのはこの日とこの日と…」と決めないで、やりたいと思った時に、いつでも何処でもやるような気持ちが必要だろうと思っています。幸い私の場合、自宅のすぐ隣に道場が有りますので、何か思いついた時には、直ぐに道場に行く事が出来ます。そういう恵まれた環境に有る事について、私自身感謝しております。

 73   合気道に向く人、向かない人
更新日時:
H20年2月11日(月)
 合気道には様々な職業の人、幅広い年齢層の人達が入門してきます。私も合気道をやっていなければこれほどのバラエティに富んだ人達と出会う事も無かったのではないかと思います。彩新道場10年程度の浅い歴史においても、ずいぶん色々な出会いが有り、私自身経験させていただきました。そしてこれからもっと様々な出会いが有る事は間違い有りません。
 
 我が道場において、最近でも学校の先生と中学生が対等もしくは先生がへりくだるように稽古しています。なぜなら中学生の方がこの合気道において先輩だからです。
 
 ただ、こういう光景は、その学校の先生が素直な精神に立ち返るという心を持っているからこそ可能なのであり、そういう精神を誰もが持っているかというと、決してそうではないと思うのです。
 
 「中年」と言われる年齢から合気道を始めたいと考える人達の中に、まず、「今から始めて稽古に付いて行けるのだろうか?今からで修得出来るのだろうか?」と不安になる人がいるのは判ります。中年でなくても、私が20代の頃、ちょっとさぼって復帰しようとした時でさえ「稽古出来ないのではないか?」と不安になったものです。でも、それは思い切って稽古に飛び込んでしまえば、後は自分で想像したより出来るはずです。
 
 合気道に向いているかどうか、それは年齢も確かに比較的若い時から始めた方がいい場合が有りますが、他の武道やスポーツと違って、合気道の場合は有る程度人生経験を積んだ人の方が、合気道の良さを理解出来るのではないかと私は考えています。それは、人生経験を重ねた結果、素直な心を持っている人の話ですが。
 
 合気道は己の汚れを取り払うべく修行するわけですから、まず自分が子供のような素直な心で稽古しようと心掛けなければ技も上達出来ないし、こちらとしても上達させるわけにいかないです。間違った心構えの人には、正しい技を渡すわけにはいかないのです。
 
 したがって、例え若くてもひねくれ者みたいな人は、合気道を興味の対象にしないし、中高年でも合気道に対して素直になれれば、その方がよほど上達しやすいと思います。
 
 合気道の能力は身体能力だけでは計れないと思います。

 74   今最も必要な武道
更新日時:
H20年2月15日(金)
 合気道を中学校の体育の正課に取り入れようという動きが有ります。こういう話を聞くにつれ、やっと国の役人も合気道を注目するようになったと感じました。
 
 日本文化は我々日本人にとっては基本であったのが、近代の明治維新以降の西洋の影響によって、どんどん西洋的日本になりました。
 
 「謙譲の美徳」という事について、これは美しき日本人の姿だと思うのです。これを「謙譲の美徳など古い。これからはもっと主張する日本人でなければいけない。」と私も学校で教わりました。
 
 しかし今、その「主張する日本人」の姿が果たして良い日本を形成しているでしょうか?そんな事はないでしょう。あまりに権利を主張するばかりで義務を果たさない人、モラルを欠いている人、逆ギレの横行…。
 
 私の幼少期に「謙譲の美徳は古い」と言った先生に出会ったら、「あの時の貴方の教えは間違いでした。」と言えるだけの自信が有ります。
 
 しかしその中で、これからの青少年の教育において武道を活用するとすれば、私は合気道しかないと思います。そんな通り一遍棟な礼儀作法とかではなく、礼節が直接技法に結びついている武道というのは、私は合気道だけだと考えています。
 
 したがって今、合気道を中学の体育の正課に取り入れようという考えは、
大賛成です。

 75   護身術についての私見
更新日時:
H20年2月21日(木)
 もうずいぶん前の事です。我が道場にある若い女性が入門してきた時、その動機を尋ねたら、「護身のため」という答えが返ってきました。その人は決して男勝りの勇ましい感じではなく、むしろ武道とは無縁なイメージの、現代風のおしゃれで色気の有る人でした。
 しかしある時その人に、当て身について説明すると、突然大声で泣き出してしまい、困惑しました。(よくやる片手取り一教の時の、顔への一撃です。)その人によれば、「私、こういう事やった事が無いので怖いんです。」当て身を受けるのが怖いのではなく、自分が当て身を入れるのが怖いのだそうです。
 
 「護身の為」と言った女性が、当て身を入れる事を怖いと言う話を聞き、「いったいこの人にとって護身とはどういう場面を想定したものだったのか?手を掴んで引っ張って行こうとする男の手をひねり挙げれば簡単に大人しくなるような場面だろうか?あるいは電車の中で痴漢をしてくる男を取り押さえるような場面だろうか?」と考えた記憶が有ります。
 
 よく、「合気道は護身術」みたいに考えられる場合が有ったり、「合気道は護身に役立ちますか?」という質問が有りますが、その護身とはどういう場面を想定したものなのか、私は逆に質問者に投げかける事が有ります。ちょっと手をひねる位で大人しくなるような男はよほど意気地のないような者です。そんなのは元々護身の対象外だと思うのです。現代の凶悪犯罪のニュースを見れば、護身の対象とするべき存在は、実に鬼畜のごとく、「ごめんなさい」と誤って治める間も、交渉の余地も無い者ばかりです。
 
 私は合気道が護身に役立つかどうかについては、「合気道の正伝を長年真剣にやった人は役立つと思います。私もまだその発展途上に有ります。」と答える事にしています。護身はファッションでもレジャーでもないのです。あくまで生きるか死ぬかの瀬戸際の話ですから、習い事気分の人は、そんな精神のままで護身に役立つなどという甘い考えは捨てて、ダイエットや健康増進の為に稽古すればよいと思います。
 
 また、教える立場の人間という事で言えば、私は決して「これで簡単に護身に役立ちますよ」みたいな事は言いません。そういう事は「一週間で5キロやせる」みたいな誇大広告と一緒で、むしろ命の問題に関わる分だけこっちの方がたちが悪いと思うからです。
 
 さらに言うと、私が護身についてのノウハウを内蔵しているかどうかについても公表しませんし、ましてや「これが護身術の演武です」みたいな事もやらないようにしています。仮に私がそういうものを持っていたとしても、正に生きるか死ぬかの場面の秘密兵器ですから、公開するなどあり得ないです。007が敵に秘密兵器を見せびらかすような事はしないですよね。
 
 私にとって護身とは、軽々しいものではないのです。
 
 
 



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