もうずいぶん前の事です。我が道場にある若い女性が入門してきた時、その動機を尋ねたら、「護身のため」という答えが返ってきました。その人は決して男勝りの勇ましい感じではなく、むしろ武道とは無縁なイメージの、現代風のおしゃれで色気の有る人でした。
しかしある時その人に、当て身について説明すると、突然大声で泣き出してしまい、困惑しました。(よくやる片手取り一教の時の、顔への一撃です。)その人によれば、「私、こういう事やった事が無いので怖いんです。」当て身を受けるのが怖いのではなく、自分が当て身を入れるのが怖いのだそうです。
「護身の為」と言った女性が、当て身を入れる事を怖いと言う話を聞き、「いったいこの人にとって護身とはどういう場面を想定したものだったのか?手を掴んで引っ張って行こうとする男の手をひねり挙げれば簡単に大人しくなるような場面だろうか?あるいは電車の中で痴漢をしてくる男を取り押さえるような場面だろうか?」と考えた記憶が有ります。
よく、「合気道は護身術」みたいに考えられる場合が有ったり、「合気道は護身に役立ちますか?」という質問が有りますが、その護身とはどういう場面を想定したものなのか、私は逆に質問者に投げかける事が有ります。ちょっと手をひねる位で大人しくなるような男はよほど意気地のないような者です。そんなのは元々護身の対象外だと思うのです。現代の凶悪犯罪のニュースを見れば、護身の対象とするべき存在は、実に鬼畜のごとく、「ごめんなさい」と誤って治める間も、交渉の余地も無い者ばかりです。
私は合気道が護身に役立つかどうかについては、「合気道の正伝を長年真剣にやった人は役立つと思います。私もまだその発展途上に有ります。」と答える事にしています。護身はファッションでもレジャーでもないのです。あくまで生きるか死ぬかの瀬戸際の話ですから、習い事気分の人は、そんな精神のままで護身に役立つなどという甘い考えは捨てて、ダイエットや健康増進の為に稽古すればよいと思います。
また、教える立場の人間という事で言えば、私は決して「これで簡単に護身に役立ちますよ」みたいな事は言いません。そういう事は「一週間で5キロやせる」みたいな誇大広告と一緒で、むしろ命の問題に関わる分だけこっちの方がたちが悪いと思うからです。
さらに言うと、私が護身についてのノウハウを内蔵しているかどうかについても公表しませんし、ましてや「これが護身術の演武です」みたいな事もやらないようにしています。仮に私がそういうものを持っていたとしても、正に生きるか死ぬかの場面の秘密兵器ですから、公開するなどあり得ないです。007が敵に秘密兵器を見せびらかすような事はしないですよね。
私にとって護身とは、軽々しいものではないのです。
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