76   礼儀作法は大人から
更新日時:
H20年2月26日(火)
 私の亡くなった両親は、決して礼儀作法にうるさかったという印象は無いのですが、 それでも食事の時、、「ご飯は左、みそ汁は右に置く」と教えられた事で、今でもそれを崩しませんし、某ファミレスで和食セットを注文して、みそ汁が左側で出てきた時には、「私は仏様では有りません」と言いましたが、その店員は、その意味が分からなかったようです。
 
 昔の事、伊勢崎市民合気会で指導を請け負っていた頃、「子供のしつけのために、合気道を習わせたい」というという話も聞きましたし、その後彩新道場として始めてからも、同様な話は有りました。
 
 しかし私は一貫してその事に否定的な考えを示してきました。
 
 礼儀作法というのは親から子に伝えるべきものであり、その事が出来ない親がいるとすれば、まず親がその礼儀作法を学ぶべきだと思うのです。
 
 箸の持ち方にしても、茶碗の持ち方にしてもしかり、神社での礼法などは、全くおざなりの人が多いです。子供のしつけの為に合気道を選択したというのは、とてもいいセンスだと思うのですが、それならまず親が合気道をやればいいと思います、。そしてそれで学んだ事を子供に伝えればいいと思います。
 または一緒に合気道を始めるという手も有ろうかと思います。親が頑張っている姿、親が率先して師匠に礼節を尽くす姿を子供に見せれば、子供だってそれに学ぶ事が出来るはずです。それを「おまえが礼儀作法を学べ、父さん母さんは見てるよ」と言えるだけの立派な人がそんなに多いとは思えないんです。
 
 世直しという事で言えば、年長者から先に学ぶべきだと思います。
 
 

 77   ポリシー
更新日時:
H20年3月3日(月)
 最近所属する連盟の会議での事です。現在の自分や我が道場の置かれている境遇や、今後の方針や、計画について発表したところ、会議の後で、「田沼君が一番ポリシーを持っているね。」と言われました。
 別にこれは自慢する話ではないのです。師範として、後進を指導する者としての考えを述べたに過ぎないのですが、その程度の事で、「ポリシーが有る」と言われるという事は、他のみなさんはどういう考えで日々稽古しているのか考えました。
 
 その組織の長というのは、そもそもポリシーが有るから独立してその組織を作るわけです。であればそのポリシーについて、いつでも表明出来るのが当たり前です。
 
 私で言えば、ただ、合気道を極めたいというところです。これは「何流合気道」とかいうものではなく、ただシンプルに「合気道」です。そう考えれば、行き着く先は、開祖植芝大先生であり、その大先生に最後まで付いて行かれた、引土先生の心と技に魅了されたわけです。そして今でも研究する日々です。
 
 今は、私が学び、研究し、私なりに昇華した事を後進に伝えたいと考えていますし、その事に対する逆風は、全て打ち負かします。

 78   相対的な勝ち負けから絶対的な勝ち負けへ
更新日時:
H20年3月8日(土)
 最近の世相の一つとして、すぐに勝ち負けにこだわるという事が有ります。何かにつけすぐに「勝ち組負け組」といった具合に、白か黒かで判断をしようとします。
 
 合気道はそういう相対的勝ち負けの価値観を、絶対的勝ち負けの価値観へ変える使命を帯びていると考えています。
 
 今でも世界の中には戦争が終わりませんが、その戦争で例え勝ったという形になったとしても、それは国対国の関係で、最終的に白か黒かの結論を出しただけであって、民間人のレベルでは、決してそんな話しで終わらせる事は出来ないのです。
 
 戦争で我が国家の人民が誰も死なず、誰も傷つかずといった戦争は、人類史上どの国家も経験していないのではないでしょうか。ならばその戦争で死傷した人やその家族は、悲しみと恨みを持って現代に至っているのです。
 
 もっと小さなレベルで考えれば、人と人がケンカをして、一応勝ったという形になったとしても、その中で負傷したとしたら、幸せに生きるという絶対的見地に立ったらやはり「負け」なのですね。その事で、自分の生活レベルを落としてしまうのです。怪我をする事は負けなのです。「負傷」と書くように、傷を負うという言葉に「負け」の意味が込められているという風に、私はずっと前から考えていました。
 
 そういう目に見える人対人の勝ち負けではなく、自分とこの大地の関係とか、自分の理想とそれに対する今の自分の勝ち負けについて、もう少し理解を示す人を増やしたいと思います。
 
 
 
 

 79   より多くの人達に合気道を普及する為に
更新日時:
H20年3月13日(木)
 政府が合気道に注目し、中学の体育の正課に取り入れようという動きが有ります。また、現代の社会情勢の中で、武道を必修科目にするとか、色々な案が出ています。
 
 それならなぜ合気道なのか?とかなぜ武道なのか?と考えたら、やはりその精神性だと思うのです。
 
 でもその精神性が世直しとか、青少年の健全育成に使える武道が有るとすれば、やはり合気道だと思うのです。合気道はスポーツ化を否定している武道でして、共存共栄を目指している武道です。
 
 私もこの素晴らしき合気道を普及する事が喜びと感じ、稽古している所です。その為出来るだけ稽古日を多く設けるようにしています、。
 
 合気道の普及の観点で言えば、世の中には様々な事情や都合、考え方の人がいて、そういう人達に幅広く対応するとすれば、稽古日は多いに越した事はないでしょうね。その中で、多くの人の参加を望める曜日として、土日が考えられますが、だからといって土日だけに重点を置いていれば良いという単純なものではないと思うのです。
 
 論より証拠で、我が道場は火・水・金・の夜と、日の午前に稽古していますが、最近の傾向として、火・水・金の方が人の集まりが良いのです。
 
 世の中の人みんながみんな土日に休みが有るわけではありません。床屋なら月曜が休み、お店をやっている人は水曜休みの人もいるでしょうし、不規則勤務の人は休日がバラバラです。
 
 また、例え土日が休日の人でも、色々な考えの人がいて、実際に我が道場でも、「平日に稽古し、週末は別の事をやったり家族や恋人と過ごす」と考える人も多く存在します。
 
 やはり多種多様な人がいる事を知る事は、合気道の普及という意味と、合気道の技そのものにも通じていると思います。

 80   メタボリック対策と合気道
更新日時:
H20年3月19日(水)
 この春から、メタボリック症候群対策として、特定健診制度が始まるのだそうです。男性は腹囲85センチ以上、女性は90センチ以上有ると、特定保健指導というのを受けるようです。指導の成果が芳しくない場合、財政的なペナルティまで有るらしいですから、該当者は本気で改善に取り組まなくてはならないでしょうね。
 
 こんな風に、自分の体脂肪が多いと、それを減らすように他人から言われるような時代になった事は、自分の健康は自分だけの問題ではなく、それが国の予算を圧迫する切実な問題だという考えが生まれたからに他有りません。
 
 そういう事で、この春以降には、「メタボ!」と診断された人達が、何か運動しようと考えると思うのです。そこでよく考えられるのがウォーキングとかですが、私などはそれならみんな合気道をやればいいと思います。(ウォーキングが駄目と言っているのではありません)
 
 メタボ対策として合気道が優れている点として、無理が無い合理的な全身運動である事、それとこの点は見過ごされがちですが、室内で出来る事が有ります。
 
 外でやる運動というのは、この時期の私もそうですが、花粉症の人には不向きです。やればやるほど花粉を浴びます。しかし合気道なら室内です。そしてこれから暖かくなってくると、紫外線というのも有ります、それもまた気にせずに出来ます。
 また、梅雨の時期、台風が来た時、外の運動は様々な障害が待ち受けますが、それもまた大丈夫です。
 さらに言うと、場合によっては健康の為に始めた外の運動をやっている時に、交通事故や犯罪に巻き込まれる人だって世の中にはいるわけですから、合気道はそういうリスクも無いのです。逆にそういう不幸を避ける為の修行を行っているわけですから、なお良い事になります。
 
 別の時にも書きましたが、合気道の受け身を行う事は、とても全身運動になります。受け身を覚えれば、道場に来ない日でも、自分で部屋の中でも受け身が出来るようになりますし、それを毎日続ければ、例え雨の日でも花粉が飛んでいる日でも体脂肪を燃やせるわけです。後受け身は、一日50回程度やっていると、だいぶ効くと思います。
 
 それに運動をやろうと考えても、それが挫折する人にとっては、「運動の為の運動」だと面白くないので結局続かないという事でしょう。合気道なら面白く運動出来るのです。
 
 我が道場で稽古を続けている人達はメタボになどなりませんし、メタボの人が入ってきたら、みな痩せていきます。
 
 やはり色々な意味で合気道に注目してほしいですね。



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