81   始まりの季節
更新日時:
H20年4月2日(水)
 春というのは一年の始まりのような季節ですね。四季のはっきりしている我が国でも、この4月から学校や会社で新年度が始まります。そして新しい出会いが有ります。
 
 こういう時期に新しい事に挑戦しようと試みる人達が、あれこれ探す中、合気道に興味を抱いて問い合わせが多くなる時期です。
 
 自分自身が合気道に興味を抱いて、「どうしよう…やってみようか?問い合わせてみようか?」と考えたとすれば、他の人もそう考えているのです。興味が有れば、まず見てみる事です。行動を起こしやすい時期だと思います。

 82   合気道の基礎トレーニング
更新日時:
H20年4月2日(水)
 初めて合気道をやろうとする人にとって、恐らく合気道というのは、名前の知名度が先行して、実体として、どんな事をやっているのかちんぷんかんぷんだろうと思います。
 
 我が道場でも、スポーツ的発想でやってくる人にとっては、全然筋トレや走り込みをやらない事に違和感を感じつつも、そのくせ「思ったより疲れる」と感じる人も多く、また、「手軽な護身術」と考えている人が来ると、「こんなに疲れるのか…」という感想を持つ可能性も有ります。
 
 これらを総合して考えると、合気道はお互いに組んで技を換え合う事を繰り返す事で、自然と全身の筋肉も鍛え、走り込みをしなくても心肺機能を向上させるシステムが出来ているのです。
 
 筋トレをすれば、鍛えたい筋肉を鍛えられますし、走り込みをすれば、全身運動になって持久力が向上します。しかしそれらは合気道の技や精神とは結びついていないのです。それらを普段自主的に行うのは立派な事だと思いますが、道場で限られた時間の中で、そういう事をやっている暇は有りません。やるとすれば、少しでも合気道の技、動きと連動させてやらないと、時間がもったいないのです。
 
 本来日本の武道、武術というものは、自然に合理的に鍛えるという土壌が有ったようです。合気道は当然ながらそういう伝統を受け継ぐ武道ですし、そうでなければならないと思います。

 83   スポーツの心、武道の心
更新日時:
H20年4月10日(木)
 中学校の正課に合気道を取り入れる動きについては、賛成ですと書いた事が有りますが、勿論それは、正しく合気道を取り入れるのであればという事です。
 
 武道を子供や青少年に習わせる動機として、「礼儀作法を身につけさせたい」という事が有ります。しかし「この子は自分の言うことを聞かないから、武道を習わせよう」とか、「この子は言葉遣いが悪いし、周りの人達に全然挨拶しないから、武道を習わせよう」という考えだとすると、それを受け入れる武道団体の指導者達は、それはそれは大変な事と同情したくなります。
 
 合気道開祖、植芝大先生にしても、その他の古の達人の方々にしても、礼儀作法が身に付いているからこそ武道を習う事を許されたわけです。決して無礼者などに武道を教える先生はいなかったはずです。したがって、武道を習うという事は、まずその心を勉強すべきだとつくづく思います。
 
 通り一遍の礼儀作法などに期待するのではなく、やはり「なぜ、合気道は試合をやらないのか」という事について、もっともっと理解していただきたいといつも思います。
 
 合気道を競技化し、ルールを設けたら、武道ではなくなってしまうのです。合気道は生涯を通して自己を高め、技も心も磨き続けるものであり、本来他の武道もそういうものだったはずです。したがって仮に武道に試合が有ったとしても、それは通過点に過ぎず、その時点での自分の成熟度を知る為の手段であって、決して目的ではないのです。
 
 昨今の世の中の流れから考えて、例えば合気道に試合を取り入れたら、ルールの中で勝つ事が目的となる日が必ずやってくる事は、たやすく想像出来ます。それではスポーツと変わりなくなってしまうのです。
 
 私はスポーツが悪いとか、駄目と言うつもりは有りません。そういう事ではなく、スポーツも武道もそれぞれの役割を持っているので、そこから逸脱しては駄目だと考えるのです。
 
 したがって合気道はあくまで武道として発展すべきだと強調したいのです。

 84   師匠にとっての宝
更新日時:
H20年4月10日(木)
 武道の世界に師匠と弟子の関係は付き物です。こういう事は、公共施設やカルチャーセンターみたいな所では、なかなか身に付かないものです。
 
 師匠は自分の分身を求めて弟子を探します。なんとか自分の分身にしようとあの手この手を試みるのです。弟子は師匠にとってかけがえのない宝なんです。
 
 一口に宝といっても、千差万別で、出来が良い人、悪い人、様々です。
 
 我が道場でも、最古参の2人の内の1人は、ずいぶん手の掛かる弟子です。何しろ覚えが悪いどころか、同じ間違えを繰り返し続けるはで、例えば今彼が入門してきても、面倒見られないのではないかと思います。しかし我が道場の創立時の状況では、この人とマンツーマンで稽古せざるを得なかったのです。
 
 不思議なもので、そんな覚えの悪すぎる人でも、来なくなると、気になってしょうがないのです。今から10年位前、稽古時間になっても誰も来ない空間に1人たたずむ中、この人が遅れてやって来ると、「よく来たね。ありがとう。」という気持ちで一杯になったものです。そういう記憶が有るので、やはり私はこの人をずっと面倒観て行かねばならないと考えています。この人の良い所としては、しぶとく付いてくる、あきらめないという所が有ります。稽古では私がこの人に厳しい事をしたり、言ったりするのは、実は信頼関係によるものです。
 
 これからも新たな宝を求めていきます。

 85   緑
更新日時:
H20年5月6日(火)
 私は今位からの季節がとても好きです。冬が終わり、いよいよ新しい緑が色づく様は、とても清々しく、こういう木々の緑を見つめていると、それだけでパワーをもらえる気がします。
 
 現代人は、すっかりコンピューター社会にどっぷりはまってしまって、電磁波の世界で生活しているわけですが、だからこそ、こういう新緑の気とのふれあいも同時にやっていった方が良いと思います。
 
 合気道は、この大自然の緑との関わりをなくして存在しない武道ですから、そういう事を意識するようになってから、実は私の稽古着の肩袖に有る、私の名前の刺繍は緑色なんです。私の中では、彩新道場のイメージカラーは、とっくに緑色なのです。



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