86   出来る事をやりましょう
更新日時:
H20年5月6日(火)
 道場には様々な年齢層、様々な職業の人が集まります。そしてそれぞれの事情に合わせて稽古する事になります。
 
 我が道場でも、時間的に忙しい人、怪我をしている人、風邪を引いてしまった人と、なかなか万全な体勢で稽古に臨める人ばかりとは限りません。
 長く稽古していれば、その中でちょっとした間違いで痛い箇所が出てくる場合も有るでしょう。中高年で稽古している人は、特に合気道に原因が無くても手首を痛めたとか、腰が痛い、膝が悪いなど、どこか悪い箇所を抱えている事も少なくありません。
 
 私はそういう悪い箇所、痛い部分の有る人には、どんどん申告してもらう事を勧めます。その事で私もその日の稽古に工夫を加えます。
 手首が痛い人には、手首を痛くするような技は、それを極める手前で止めるように相手に指示します。腰が痛くて受け身がしんどい人の場合、その受け身の前で技を止めるように稽古相手に指示します。
 また、また、そういう人がいる時こそ、普段流してしまっているような、体裁きや、武器の技といった事を行う良い機会となります。やるべき事は沢山有り、その時の創意工夫という私自身の勉強になるのです。
 
 「自分はここが痛いから稽古を休もう」と考えたのでは、もったいないのです。痛い箇所が有る為に出来ない事が有れば、その他に出来る事も有るのです。「自分は今これが出来ない」ではなく、「自分は今これが出来る」という考えで稽古に臨むべきなのです。
 
 その時々で、己が出来る事に最善を尽くすという考えです。

 87   技は業
更新日時:
H20年5月11日(日)
 合気道を稽古していると、時々出くわすのが、興味本位に業のバリエーションを増やす事に心を奪われる人達です。実は私も初段や二段の頃、自分のバリエーションの数を誇っていました。
 
 試合の無い合気道においては、スキが無いかどうかという事を考えなければ、あれもこれも出来ると考える事も有りますが、これは架空のヒーローの必殺技ではないので、数が多ければ見ていて面白いなどとはならないのです。
 
 一つの技を徹底的に研ぎ澄まし、「これとこれとこれが有れば、後はいらない」と言えるぐらいに物にする事こそ大切と私が考えられるようになったのも、今は亡き引土先生や熊野塾道場の諸先輩のおかげでありまして、その影響で、この10年間ぐらいは自分の技を整理整頓するようにして、不要と考える変化技は捨てるようにしています。また、ここの道場生達にも、そのように指導し、明らかにスキの有るような出来損ないの変化技を創作した人には、「そんな技は行っては駄目です」と言った事が有りました。
 
 例えば三教という技が有りますが、よくこれをベースに呼吸投げや入り身投げ、あるいは腰投げやら複合的な関節技に変化するなど、三教だけでもずいぶん遊ぶ事は可能です。しかしそうではなく、ひとたび三教の体勢に入ったら、確実に三教を完成させられる事こそ最良の方法であり、それをおろそかにして変化形を楽しんでいるようでは修行のポイントがずれているわけです。
 
 変化技は最小限にとどめ、基本を極意に持って行くことこそ修行であると、現在の私は考えていますが、その為には、技は「業」とも書くように、技そのものが己を高めて磨いて貴重な存在であるという事に気づくべきだろうと思います。
 
 合気道の技は先人の努力によって生まれた宝であり、それを思えば、私達はそれをいたずらに自分勝手な方法で変化させて遊んでいては、先人の努力に対して失礼ではないでしょうか?したがってその技と業を正しく理解するよう努めていくべきだろうと思います。



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