11   芸術的であるが芸術そのものではない
更新日時:
H19年7月1日(日)
 先日ある人と技について話す中で、「この攻撃に対してこの技は出来ないでしょうね」といった話題が出た事が有りました。
 合気道はとても流麗で美しく、技は変化応用技を含めると、果てしなく沢山のバリエーションが考えられます。そのバリエーションの生み出し方には、ある種芸術的とも言える発想力が伴い、その意味では合気道は芸術的とも捉えられる側面が存在するかと思います。
 
 ただ、これはあくまでも私個人が自分に戒めている事なのですが、芸術的という事と芸術そのものという事は違うもので、そこは「本当にこのバリエーションが武道的に可能なのか?」という問いかけもいつもしていないと危ないかなと思うのです。
 
 極端な話、「こうするとスキが出来る」とかいう考えを持たなければそれこそどんな技も可能になるし、正に無限大の技の宝庫になるのですが、やはりバーチャルの世界ではないので、武道として出来る事も有れば、出来ない事もちゃんと存在するのです。では何が出来て何が出来ないのかはやはり自分で修行を重ねていく中で、真剣に自分を見つめる中で発見していくしかないだろうなと考えています。

 12   中高年修行者の姿勢
更新日時:
H19年7月18日(水)
 道場には様々な職業の人が集まり、老いも若きも色々です。
 
 中高年で入門してくる人達には、私よりずっと年上の人も何人かいます。こういった人達は、合気道を離れた部分では当然私よりも長く人生の荒波をくぐってきたわけで、だからといって彼らが訳知り顔で物を言う場面に出くわした事は有りません。
 
 ある時某中高年修行者が、行きすぎた言動をしてしまった若者をたしなめた事が有りましたが、その時「教えを請う者の心構え」という言葉が出ました。このように武道を志す者は、まずその姿勢を正す必要が有り、だからこそ合気道の技も心も判るようになるのだと思うのです。そしてその心は決してカルチャーセンターのような所に通うような発想からは生まれないものなのです。
 そういった中高年修行者の姿勢というものを特に若い修行者はお手本にすべきです。
 

 13   稽古の報酬
更新日時:
H19年7月27日(金)
 合気道をやる喜びとは何か?やはりそれぞれの人にとっての目的が有るからこそ稽古に来るのであり、それはやっている人にしか判らない部分が当然有るでしょう。
 
 合気道をやってもそれで金儲けが出来るわけではないし、オリンピックに出られるわけでもない。オリンピックが無ければ何かしら大会が有るのかといえば唯一演武会が有るぐらい。ではその演武会で何か賞をもらえるのかというと、それも無い。そういう合気道を「つまらない、張りあいが無い、地味」と感じるか、「それこそ武道だ、純粋だ、素晴らしい」と感じるかでその人が合気道を受け入れられるかが決まるわけです。
 
 そもそもがオリンピックを始めとする競技がスポーツであり武道ではないのだから、武道に生きる者はその線引きを自分の中で出来ていれば、合気道を行う事そのものが、その人の報酬になってくると考えるわけです。
 
   

 14   心に響く技
更新日時:
H19年8月3日(金)
 合気道の技について、「相手の力を利用して相手を投げる」とか形容される事が多いですが、その事の善し悪しは別にして、ではその技で相手にどういう結果を与えるかについては部外者の間では論じられる事は無いようです。
 ではその事についてちょっと考えてみると、果たして投げられた相手は「チクショー!よくもやりやがったな!」と考えるのか、それとも「わー凄い!この俺を分けわかんないうちに転がしちゃうこの人は何者なんだ!そういえば俺何でこの人を殺そうとしたんだっけ?」と考えるのかが合気道の技の効き目と、そうでない格闘技の違いです。
 
 戦いによって相手を殺しても、相手の心に憎しみを残して殺せば究極的には相手の憎しみがまたその末裔に受け継がれ、その何倍にもなって自己に還ってきます。したがってどういう結果を相手の体に残すかよりも、どういう結果を相手の心に残すかが大事になってくるのです。
 
合気道はそういう人類のこれまでの過ちを気づかせ、正すという使命を帯びて誕生しているわけです。
 
 私の師匠達は、その事を身を持って果たし、また、証明してきました。私も、先人達に習うという心境です。

 15   心に響く技とは
更新日時:
H19年8月4日(土)
 昔(といってもここ20年以内の話)東京ディズニーランドに「キャプテンE・O」なるアトラクションが有りました。その3D映画のマイケル・ジャクソン扮する主人公が、襲いかかる敵に、次々と光線を浴びせ、倒すのではなく味方にしていくというのが有りましたが、実はそれこそ合気道だと私は未熟者ながら考えていた記憶が有ります。
 
 そのように、敵を友に変える技こそ、合気道の技であり、それが出来るようになろうと考えられる人が増えれば、それだけで全世界の進歩です。



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