師匠は弟子に自分の合気道を伝え、弟子を通して自分のコピーを作ろうとします。弟子は人それぞれの考え方があり、やはり長く続ける人と途中で辞めてしまう人を比較すれば、やはり長い年月の中では辞めてしまう人の方が多いかもしれません。
私が合気道を志して山徳道場に入門してから、引土先生との出会い、そして彩新道場として独立、そして現在までの時の中を振り返っても、ずいぶんと多くの後輩達が山徳道場に入門し、そして去っていきました。彩新道場においても入門してからすぐに来なくなってしまった人や、事情で続けられなくなってしまった人もいます。
そういった中で、私が最初の師匠から言われた事の一つに、「来る者拒まず、去る者追わず」というのが有ります。
その言葉自体は妙に格好良いのですが、しかし私は自分の中でその事に異論を唱え、「去る者は追う」を実践してきました。それは今まで去った人達の中に、実は大きな理由など無く、少しの事情で休んでしまったら、なんとなくまた道場に行きづらくなってしまい、そのまま来なくなってしまったという、いわゆる「フェードアウトタイプ」が非常に多いと感じていたからです。彼らはその能力、資質において、決して今いる人達より劣っているわけではなく、たまたま本人達の環境が稽古に来られなくなる状態を一時的に作っていた場合が多いと感じていました。そして彼らに電話やメールで連絡したところ、それが後押しとなって復帰し、その後道場の重要な立場になった人もいます。
勿論本当に合気道が嫌になってしまい、はっきり辞める意思表示を以て辞めた人も少数ですがいます。そういう人は追いません。
私自身も昔結婚する前後に1年ほど稽古を休んでしまった事が有りますが、その時たまたま道場の先輩が私の職場に来て声を掛けてくれたのが後押しとなって復帰したという事が有りました。
また、私の大先輩の話ですが、、ある時イヤな事が有り、「もう合気道は辞める」と宣言して自分の道着を海に投げ捨てたそうです。その後その人の先輩が「これを着てまた合気道をやれ!」と言って新しい道着を差し出したそうです。(なんだか青春ドラマそのまんまでしょ?)
自分の後輩や弟子が見込みの有る人間で、彼らがちょっと休んでしまったら、声を掛けるのは師匠や先輩の責任の範疇だと考えています。その為にはその人が見込みの有る人間かどうかを見極める力が無いといけません。
|