31   日本人が誇れるもの
更新日時:
H20年3月1日(土)
 例えば外国の人と話をし、「私は日本人です。」と言い、「日本の事を紹介してください。とか「日本の文化ではどんなものが有りますか?」とか「日本の文化ではあなたは何かやっているものは有りますか?」とか聞かれたら、どう答えるでしょうか。私なら合気道と武道について話します。
 
 ところで現代日本人は、どんどん武道に興味を無くしていっているように感じます。その分西洋スポーツへの興味は高まっています。昔なら野球がスポーツの花形でしたが、最近ではサッカーの方がカッコイイイメージが有るのか、少女漫画に出てくる憧れの男の子達はサッカー少年だったりします。
 
 そういう中、どうも色々な人を見ると、昔ならもう少し多くの人が出来たはずの武道的な体の動かし方というのが、出来ない人が増えているように感じます。恐らくはみんな西洋的な体の動かし方が刷り込まれているのだという事は想像に容易い事です。
 
 それでも私はこの日本で生まれた武道というものを受け継ぎ伝える人が育たないといけないと思うのです。武道はやはり日本の文化であり、日本人が誇れるものです。私は武道と名の付くものに嫌いなものは有りません。
 
 他の武道を批判するつもりは毛頭有りませんが、最近柔道において、日本人役員が蚊帳の外になってしまった事は一言「憂いでいる」としか言いようが有りません。また、大相撲の古いしきたりについて批判される方々もいますが、あの人達は現代において日本文化を守っている立場の人達です。そういう方々に対しては、私も日本文化について考える立場の者として、「これからも国技を守ってください。」としか言いようが有りません。
 
 私はこの日本人が作り育て、そして伝えてきた武道というものに誇りを感じて研究し精進していきたいと考えています。

 32   合気道の誤解を解く 其の2(力は必要無い!?)
更新日時:
H19年10月4日(木)
 「合気道は力が必要無い」と考える人がいます。また、そう説明する合気道修行者もいます。
 
 しかし実は全く必要無いというと嘘になってしまいます。合気道を行う為に必要な力は確実に存在し、その事を「呼吸力」と呼びますが、これがどういうものかはやはり体験するしか理解する手段が無いでしょう。
 
 力の容量は、少ないよりは多い方が良いに決まっています。問題は力ずくがいけないのであって、その力の使い方、体の動かし方が上手かどうかが課題となるのです。
 
 必要な力と不要な力を分けるという事が大切であり、それが出来るのであれば、女の人でも男を投げられるというわけです。

 33   イベントは目的ではない
更新日時:
H19年10月8日(月)
 先の十周年式典でも話したのですが、合気道においてイベントは手段であって目的ではないのです。
 
 例えばプロスポーツ選手あるいはオリンピック選手達は、それぞれの試合で勝つ為に努力します。柔道の谷亮子選手であればオリンピックや世界大会で優勝し続ける事を目標に練習を重ねます。ですのでイベントそのものが目的であり、目標でもあります。
 
 しかし合気道では普段の稽古そのものが目的であります。普段の稽古がどれだけ自分に有益であるかが大切であり、その稽古において自分が真剣になれる瞬間だったり、それによる技術の向上が得られたというその時が大切な時です。また、高齢者の修行者であれば、稽古によって自分の体のさび付きが取れた事の喜びだったり、その前に稽古に出るというふうに自分のやる気を高める事の出来る喜びだったりします。
 
 したがって合気道の演武会も、そういった普段の自分を確認したり、合気道を広く一般に宣伝する為のいわゆる「手段」であって目的ではないのです。先の十周年記念式典も、道場の歴史を確認したり、今後の稽古が盛り上がる為に祈願したり、誓い合ったりといった、これからの稽古を良くする為の手段です。
 
 先の十周年式典で集まった人達は、それぞれの気を切らす事なく、式典の直後こそ率先して稽古に集まらなくてはいけません。

 34   合気道の誤解を解く其の3(相手の力を利用して相手を投げる!?)
更新日時:
H19年10月8日(月)
 「合気道は相手の力を利用して相手を投げるんですよね?」と聞かれる事が有りますが、そういう時私は「そうではありません。」と答えます。
 
 相手の力を利用するというのは、合気道独自のものでしょうか?違うでしょう。柔道でも相撲でも、レスリングでも、その他およそ全ての格闘技は相手の力を利用しているはずです。
 
 合気道の特徴というのは、相手の力と自分の力といった、相対の世界で捉えるものではないのです。したがってもっと正確に表現するなら、「天地の力を利用する」と言った方が良いでしょう。相手との関係よりも、この世界と自分との関わりの方が重要という事になります。これは宗教的に聞こえる人もいるかもしれませんが、あくまで科学的根拠に基づく技術論です。
 
 相手の力を利用する場合も確かに有ります。しかしいつもそうでないと技が成立しないとすれば、「じゃあ合気道は、相手が攻撃しないと何も出来ない!」といった更なる誤解も生じます。ところが合気道の技術は、相手の力を出させないもので、どんな強大な力を持った人も、その力を出す暇も無く終わるというのが、本当の合気道という事になります。
 
 勿論それは、全ての合気道修行者が出来るわけではありません。しかしそう出来るようになる為に私達は稽古を続けている事を忘れてはなりません。

 35   こういう時代だからこそ
更新日時:
H19年10月21日(日)
 世間では何かと無責任や無礼が横行して問題となっています。最近もある女優が舞台挨拶での態度をバッシングされて謝罪したり、若手プロボクサーがリング内外の態度や反則行為について徹底的に批判されています。
 
 でも、仮にその人達を罰したとしても、実はトカゲのしっぽを切るに過ぎないと思うのです。問題はそういう態度のスターを生み出す土壌にこそ有るのではないでしょうか。元々は誰が悪いのか?という話しです。
 スターというのは決して独りでに生まれるのではなく、それを持ち上げる人達によって作られているわけです。さらにそれを求める人々がいるから持ち上げる人がいるのです。
 
 「女王様みたいな態度でも美人なら良し、むしろそれがキャラだ」と考える人々…。無礼者で傍若無人でも強ければいいんだ。むしろそれがキャラだ」と考える人々…。社会人として至らない部分を個性として売り出してしまう所属事務所と、それを良しとする人々がいたからその人達は脚光を浴びてきたのです。そしてその態度がさすがに行きすぎた行為に至った事で、今度はそれを叩くというのではなく、最初からそういう「キャラ」というものが流行らない世の中にしないといけないと考えるのです。
 
 あり得ない話ではありますが、例えば日本人全員が合気道修行者になったら、女王様キャラも不良キャラも流行らないでしょうね。合気道は近い所では先生や先輩を、さらにはご先祖様やこの大自然そのものを敬う事で実力を伸ばす事が出来る武道だからです。
 同じ稽古をしていても、謙虚で素直な心を持った人は、それが目に現れています。そしてそういう人は上達が早いです。そして師範として人の上に立ったとしても、自分を教えてくださった先生や先輩、さらには大先生、その大先生を生み出された大自然といったものに感謝する心を持って稽古に励み、いつも自分より上の存在を意識しておくものだというのが私の考えです。
 
 こういう時代だからこそ、もっと色々な人達が合気道をやればいいのに…。という風に思います。



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