■エビネくんとグレムリン■page 1

第一章 〈森の精〉ヴァルトガイスト
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 射抜くような二対の眼差しに、ウィルドレイク・ヴィンツブラウト大佐は返答に困って目を瞬かせた。執務机を挟んで立つ二人の部下は、依然、威圧的な態度で〈森の精〉ヴァルトガイスト基地司令官である彼を見下ろしている。
 ウィルは心の中で悪態をつきつつ、頭の中でいくつかの無難な回答を用意した。だが彼以上に気の短い経理部長のレオンハルト・ブライアー中佐は、いずれも披露する機会を与えてはくれなかった。
「ちゃんと聞いておられますか、大佐。とにかく今度という今度こそ、まともに使える人材を回して頂かないことには困る、と申し上げているのです。なのに毎回来るのは、『部隊のお荷物』のような者ばかり。しかも今回は士官学校卒業予定者――それも、あまり成績の芳しくない生徒だとか。これについて、司令官の意見をお聞かせ願いたいのですが?」
 矢継ぎ早にまくしたてたブライアー中佐は、困惑の表情の若い司令官に返答を促し、ようやく口を閉じた。さほど広くもない司令官室が一瞬静まり返る。
「どういうことかと訊かれても、カリスト司令本部が勝手に決めたことであり、それについて何の報告もされてない以上は、返答のしようがないのだが。これ以上、俺にどうしろと言われるのか?」
 深海色の瞳でねめつける中佐に内心たじろぎながら、それでも若年とはいえ「一応」上官であるという威厳をもって、ウィルは答えた。が、間髪容れない総務部主任クリスティン・バーバラ大尉の言葉によって、「威厳」は一瞬にして粉砕されることになった。
「もう一度カリスト本部の人事にかけ合って、優秀な実務経験者を回すよう手配してください!」
 この言葉はごく普通のお願いのように聞こえるが、実際は部下が上官に対して命令しているのと同じ効力を持っていた。
 部下が上官に命令するなど、本来あってはならないことだ。しかしここ〈森の精〉基地において、この熟年の経理部長と総務主任の二人だけは例外であった。
 なにしろ彼らは、この基地が〈機構軍〉のカリスト司令本部として使われていた頃からここに勤務している最古参の将校なのだ。本部が〈ヴァルハラ〉へ移転したのち、新部隊――つまり現在の〈森の精〉航空隊の基盤を築いた功労者でもあった。さらに、デスクワークの苦手な年若い司令官に代わって、基地の業務を取り仕切っている。
 ということもあって、この基地に対する二人の愛情は量り知れないものがあった。この基地をつつがなく運営していくためには、たとえ相手が上官であろうとも、言うべきことは言う、正すべきことは正す。ただでさえ問題の多い部隊なのだから、少しでも破綻へのほころびを作るようなことは避けねばならない――彼らの行動は、この想いによって支えられている。
 ウィルも二人のその「熱い想い」は痛いほど理解わかっているつもりだ。だが当の司令官である彼も負けん気が強く、言われるだけ言われて黙ってしまうのは癪な性分だった。頭ごなしに意見されると、つい反抗的な態度に出てしまう。
「ひとこと申し上げておくが、今回の件で、俺は散々下げたくもない頭を下げて『上』にかけ合ってきた。……だが結果はこれだ。そこでもう一度かけ合って望みどおりのモノが手に入ると、お二人はお思いか? まだ〈森の精〉のために人員を割いてもらえただけでもマシだと思っていただきたい。しかも士官学校を卒業する『一応』エリート候補を、だ。なのに喜ばれるどころか、文句を言われるとは心外ですな。大体、癖のある『お荷物』は、確かに使いづらいと思う。だが落ちこぼれとはいえ、無垢な新人ならば、教育如何でなんとでもなるのではないですかな? 初めは使い物にならなくても、それなりに使えるようにしてやるのが先任者の義務だろうし、貴官らの腕の見せどころだと思われるが?」
 人手を回してもらえるよう手配するのにかなり労力を費やしたことを思うと、ウィルの抵抗もつい愚痴っぽくならずにはいられなかった。まあ、この程度の言い分で引き下がる相手でないのは、百も承知なのだが。
 そして案の定、ウィルは手痛い反撃を受けることになる。
 すっと目を細めたブライアー中佐は、皮肉たっぷりにとどめの一撃を放った。
「〈グレムリン〉が邪魔さえしなければ、使えるように仕込むことも可能ですが?」
「うっ……!」
 どんな攻撃でも受け止めるつもりで身構えていたウィルは、経理部長の辛辣な一撃で、あっけなく急所を射抜かれた。
 いきなり切り札を出してくるとは――。
 一番痛いところを衝かれて言葉を失うウィルを尻目に、ブライアー中佐は判っているぞとばかりにクローゼットへ目を向けた。そして言いたいことは言ったと告げると、一七歳下の司令官に向かって丁寧に敬礼をし、バーバラ大尉を伴ってその場を立ち去った。
 立ち上がってそれを見送ったウィルは、一人残された司令官室のデスクに手をついて、しばらく茫然としていた。が、急に緊張の糸が切れたように椅子にへたり込むと、大きく息をついた。
「ふうぅっ……」
 心底憔悴しきって、このまま家に帰って寝てしまいたい気分になる。これからのことを考えると気が重い――。
 ウィルはそんな気持ちを追い払うように軽く首を振ると、先ほどブライアー中佐が睨みつけたクローゼットに向かって声をかけた。
「……と、いうことだ。おまえら、今度来る新人に何かしたら、ただじゃすまんからな」
「いやぁ、見つかったらお説教かと思ってつい条件反射的に隠れちゃったけど、すっかりお見通しじゃん」
「ホント! 凄いねー!」
 ウィルの唸るような声に促されてクローゼットから出てきたのは、一〇歳前後の二人の子供――ウィルの息子のヴァルトラントと、もう一人はウィルの同僚であり〈森の精〉兵站へいたん群司令官を務めるイザーク・ディスクリート大佐の息子、ミルフィーユであった。
 ウィルの警告なんぞどこ吹く風――二人はあっけらかんとし、いましがた通り過ぎていった「嵐」の感想などを声高々に話しながら、彼のデスクの前にやってきた。
「聞いてんのかっ、〈グレムリン〉どもっ!」
 雀のさえずりのごとく止め処ない子供たちの会話に、精神的に参っていたウィルは堪りかねて声を荒げた。少年たちはその勢いに圧されてようやく口を閉じた。が、目は「なに吼えてるの?」とでも言いたげに、きょとんとしている。
「実際にこの基地の実権を握ってるのがあの二人だというのは、おまえらも理解ってるだろうが。いま連中が暴れてみろっ。この〈森の精〉航空隊を潰して、別部隊を作りかねないんだぞ。彼らにとって重要なのは、『〈森の精〉基地の運営』であって、この基地が〈航空隊〉だろうが〈海兵隊〉だろうが、全く関係ないんだからな。そしたら俺も――ミルフィー、おまえの親父も、今度はどこに飛ばされるか判らないんだぞ。いきなり海王星の開発区送りになってもいいのか? んん?」
「ええっ!? 海王星っ!?」
 いきなり矛先が自分に向いたので、ミルフィーユは目を丸くした。そして、ウィルの言葉を鵜呑みにして「海王星送りになったらどうしよう」と、情けない顔で親友を振り返る。
 ヴァルトラントはそんな少年に苦笑した。彼はミルフィーユを自分の背後にやると、自分は一歩進み出て、余裕の表情で父親に対応する。
「て、言われてもさぁ、俺らが何やったって言うのさ?」
「……何もやってないとでも言うのか?」
 白々しくすっ呆ける我が子に、ウィルはいっそう苛立って樫色の瞳をギラつかせた。対する息子も、そんな父親の気性には慣れたもので、なに食わぬ顔でその瞳を正面から見つめ返している。
「確かに『何もやってない』とは言わないけど――でも、ちょっと俺らがからかったぐらいで逃げ出しちゃう連中なんか、経理部長とミス・バーバラの訓練しごきに耐えられるはずナイじゃん」
 ヴァルトラントの後ろでミルフィーユが「そのとおり」と賛同の声を上げる。相棒の同意を得たヴァルトラントは、満足げに微笑んだ。そしてさらに言葉を続ける。
「大体、二人は贅沢なんだよ。『使える人間』が欲しいだなんて。広報部長のマックスを見なよ。人員の補充があるというだけで、涙流して喜んでたじゃない。――まあ、あそこは慢性人手不足だから、補充されればどんなのでもいいんだろうけど」
「……慢性人手不足にしてる原因の一つが『自分』だというのを知ってて言うか」
「他の原因の一つが『自分』だというのを、棚に上げて言わないでよね」
 ヴァルトラントはニッコリ笑い、ウィルの嫌味を嫌味で受け流した。そしてその笑顔を保ったまま机の上に身を乗り出すと、渋面の父に囁いた。
「それよかさ、もう本部に頭を下げる気はないんだろ? だったら俺らに任してみない?」
 琥珀のような少年の瞳が、いたずらっぽく輝く。だが囁かれた方はいっそう用心を深め、冷たく目を細めて聞き返した。
「どういう意味だ?」
「経理部長もミス・バーバラも、要は注文どおりのヤツが手に入れば問題ないわけでしょ。だったら俺らが、二人の望みを叶えてあげようって言ってるの」
「どうやって?」
 にこやかに語られる我が子の提案に、ウィルは一抹の不安を感じた。しかし努めて悪い方向には考えないようにし、とりあえず先を促してみた。
司令本部カリストのコンピュータに忍び込んで、ちょちょーっとデータを書き換えてやればいいんだよ!」
「却下!」
 言い終わるや否や、ウィルは即座にヴァルトラントの言葉を斬って捨てた。まったく最低最悪の意見だ。そんなことをやって、もし当局にバレるような事にでもなれば、自分の首どころか子供たちの将来も危うくなるではないか。
 だが自分の意見が素晴らしいものだと信じている幼い発言者は、吟味することなくその「ナイスな提案」が一刀両断されたことに気分を害し、「何でだよっ?」とほっぺたを膨らませた。
「それは犯罪だ! それくらい理解らんのかっ、この〈グレムリン〉!」
 不服そうに目の前に突き出された少年の鼻面を、ウィルは指先でぴしゃりと弾いた。少年は苦痛に顔を歪めて退いた。
 そこへ今度はミルフィーユが進み出て、天使のような笑顔でウィルに誘惑の言葉を投げかける。
「大佐、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ!」
「な……っ」
 ミルフィーユの言葉に、ウィルの心が思わず揺れた。この用心深い少年がこれだけ自信満々に言うからには、恐らくバレることなくやり遂げる勝算があるのだろう。二人にはそれだけのスキルがある。
 だが曲がりなりにも、自分は人の親だ。子供の躾はきちんとせねばなるまい――。
 彼は〈小悪魔〉グレムリンの誘惑に屈しそうな自分を抑え、無理に怖い顔をつくって声を絞り出した。
「バレなきゃいいって――じゃ、バレなきゃ何やってもいいのかっ? バレなきゃ軍のデータを改ざんしてもいいし、人殺してもいいのかっ、ええっ?」
 ウィルの逆鱗に触れたミルフィーユは飛び上がり、再び親友の陰に隠れた。一方ヴァルトラントはさすが親子だけあって、ウィルが内心動揺し、自分を取り繕っているのを見抜いていた。少年は瞬時に父の攻略法を組み立てると、さらに揺さぶりをかけるべく口を開いた。
「人殺し――って大げさな。今回の件で俺らが司令本部のコンピュータをクラックしたからって、べつに死人が出るわけじゃなし。それよか、経理部長にもミス・バーバラにも喜んでもらえるし、父ちゃんも司令本部に頭を下げなくてすむしで、いいことだらけじゃないの。大丈夫、ヘマなんかしないって! 俺らだってこの〈森の精〉が大好きだもん、〈森の精〉を危ない目に遭わすつもりはないよ。でも……」
 ヴァルトラントは効果を狙って一旦言葉を切った。そして、さも残念だという口調で続けた。
「父ちゃんがそんなに反対するならやめとくよ。俺らは別に父ちゃんが司令本部に頭下げようが、経理部長とミス・バーバラから睨まれようが関係ないもん。ただ、ここを〈森の精・海兵隊〉にするようなことだけはしないでよね。俺、海王星には行きたくないから」
 そう言い捨てると、子供たちは踵を返した。
「待て」
 ウィルの絞り出すような声が、少年たち引き止めた。ヴァルトラントとミルフィーユはドアの手前で立ち止まり、不機嫌そうに振り返った。
「なに?」
「……父ちゃんもイザークも、今日は『会議』があるので、家には帰らないからな。適当にメシ食って寝るように」
「了解!」
 勝ち誇った顔で、子供たちは司令官室をあとにした。

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