■エビネくんとグレムリン■page 19

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 発見されたのは〈ワーム〉であった。
 この不正なファイルを見つけるために、〈森の精〉のシステムセキュリティ班は総力をあげて取り組んだ。しかし〈機構軍〉きっての専門家ハッカーたちでさえ、探し出すのに一〇日ちかくを費やすほど、それは巧妙に偽装されていたのだ。
 〈森の精〉のシステムが落ちた原因として、まずミルフィーユの組んだプログラムが疑われた。〈森の精〉システムの管理責任者であるダグラス・ノール大尉を筆頭に、プログラムを組んだ本人であるミルフィーユを加えた解析班は、少年のプログラムに記述ミスなどの欠陥バグがないかを調べた。その結果、若干独創的な記述であることを除いて、システムダウンを引き起こす要因は見出せなかった。だが、実際に〈森の精〉のシステム上で少年のプログラムを走らせて「あの日」を再現すると、必ずハングアップするのである。
 そこで「問題は〈森の精〉のシステムにあるのではないか」と彼らは推測し、検証に入った。ミルフィーユが「虫とり」デバッグに使った時点のシステム構成を復元し、その上で走らせる。これは少年の言葉どおり、プログラムは問題なく実行された。ということは、それ以降のシステムが怪しいということだ。
 〈機構軍〉で使用される端末は、全て〈機構軍〉独自のオペレーティングシステムを採用している。それは常に改良、進化しており、随時アップデートされる。当然、ミルフィーユがプログラムを完成させ、実際に使用するまでにも、幾度となく更新されていた。
 その膨大な数の更新ファイルを検出し、一つ一つ丹念に解析して、ようやく彼らは「犯人」を突き止めたのである。
 問題のワームは、自分自身を既存のファイルに上書きし、普段は元のプログラムと同じ働きをすることによって潜伏する。だが、ある〈鍵〉を使用することによって、外部からの不正侵入を助ける「裏口」を開き、撤退時にも支援を行うよう設計されていた。「逃げる際に妨害された時は、システムを麻痺させる」というのも、その機能の一つであった。
「このプログラムは〈鍵〉を使わないと起動しないのですが、ミルフィーの組んだプログラムとは相性が悪いらしく、結果的に不具合を起こして〈森の精〉システムをダウンさせたものと思われます」
 基地司令官のデスクの前に立って報告していたノール大尉は、そう締めくくった。
 時折相槌を打つだけで、黙って部下の言葉を聞いていたウィルは、ホッとしたように眼鏡を外し、眉間に寄ったしわを揉みほぐした。大尉の報告は専門用語が多い上に長く、理解するには頭をフル回転させねばならなかったのだ。ウィルはしばらく謎の専門用語と格闘した末、なんとか頭の中を整理すると、大尉に確認した。
「で、その〈ワーム〉の感染経路は特定できたのか?」
「〈森の精〉のシステムについては、〈機構軍〉のメインコンピュータから送られるアップデートファイルが感染源だと確認できました。しかしそのファイルが、いつ、どのように感染したのかまでは、特定できておりません」
 大尉も今度は簡潔に答えた。大佐の表情が「長台詞お断り」と言っているのに、やっと気づいたようだ。
「ねえ、アップデートファイルに紛れ込んでたということは、〈機構軍〉のコンピュータは全滅ってこと?」
 ソファに座って聞いていたヴァルトラントが、思わず口を挟んだ。ノール大尉はチラリと少年の方を見たが、すぐにウィルへと視線を戻すと、司令官に対して肯いた。
「恐らく――」
「それって、ヤバイじゃん。そのワームを作った『誰かさん』は、いつでも好きな時に、〈機構軍〉の、どのコンピュータからでも、入ってこれるってことでしょ」
 それが事実なら、現在〈機構軍〉はかなり危険な状態にあると言える。「何者か」は防御の弱いところから侵入して、〈機構軍〉のシステムを自由に操り、麻痺させることができるのだから。
「その点については、何か対策をとってあるのか?」
 息子の指摘を受けてウィルが訊ねる。
「すでに〈鍵〉は無効化してありますので、〈森の精〉に関しては大丈夫です。ですが、〈機構軍〉全体に関しては、大佐の指示を仰いでからと思いまして……。もちろんネットワーク管理者の自分としましては、大規模な感染の恐れがある以上、他の管理者にもこの事実を通知する義務があります。ですが、このワームの『予定された行動』を見ると、出所がハッキリしないうちは慎重に動いた方が良いと考えました」
「と、いうと?」
 首を傾げるウィルとヴァルトラントに答えたのは、今度はノール大尉ではなく、わけ知り顔のミルフィーユだった。
「だって、このワームが〈機構軍〉ネットワークの外から来たとは限らないじゃない。こんなの、やろうと思ったら『誰でも』できるんだよ?」
「……なるほどね」
 事態は思いのほか複雑さを孕んでいるのだと悟り、〈森の精〉基地司令官は今後どう動くべきかをしばし検討した。
 これは、誰かが悪意を持って仕組んだことなのは明らかだ。そしてその「誰か」というのが、外部ではなく「身内」にいる可能性もありうるのだ。となればもう、「航空隊」である〈森の精〉の管轄ではない。これ以降は「それなりの専門機関エージェント」に任せるべきだ――。
「では、この件に関しては俺の指示を待て。ただし、〈森の精〉システムのセキュリティ強化は、引き続き行うように」
「はい、そのようにいたします、大佐」
 復唱したノール大尉が退出しようと踵を返しかけたところへ、ヴァルトラントがふと思いついたように独りごちた。
「もしかして……エビネ准尉の件も、コレが原因だったのかな?」
「え?」
 一瞬、何のことだか解からずに、発言者を除く全員が動きを止めた。が、すぐにミルフィーユが気がついて、ポンと手を打った。
「あぁ! 書き換えるつもりじゃなかったのに、どういうわけか書き換わちゃったヤツ!」
「そう、それそれ!」
 俄かに盛り上がる少年たちに、ウィルは小さく舌打ちした。
 「あの話」は機密扱いだ。それを幹部以外の人間の前で話題にするとは、「うっかり」にもほどがある。この〈グレムリン〉には一度、「機密」の意味を頭から叩き込む必要がありそうだ――。
 ウィルはそんなことを考えながら、恐る恐るノール大尉の反応を窺った。案の定、大尉は自分に対して「疑惑」の目を向けていた。
「えーと、大尉――以前、君の知らないところで、いろいろあってだな……その……」
 基地司令官は内心顔をしかめつつ、説明を始めた。こうなったからには全て話してしまうに限る。へたに隠して、「司令官への信頼」を失わせるよりかはずっといい。
 そうして、〈グレムリン〉たちが司令本部の人事データに細工し、最終的にエビネ准尉が広報部へ配属された――という経緯を聞かされたノール大尉は、数分後にはすっかり色を失って棒立ちになっていた。自分たち〈機構軍〉のシステム管理者は、外部からの不正な侵入を許したばかりか、それにさえ気づかなかったのだ。自尊心が傷つくどころか、砕け散ってしまったようである。
 しばらくの間、大尉は黙ってプライドの欠片をかき集めていた。ある程度拾い終えたところで、ようやくヴァルトラントの疑問を解明する気になったらしい。おもむろに自分の携帯端末を取りだすと、軽やかにキーを叩いて、何やらデータを呼び出しては確認をとりはじめる。ほどなくして大尉は顔を上げると、じっとその様子を見守っていた司令官たちに対して、単刀直入に答えた。その声の張りは、もう自信をとり戻したようであった。
「人事データの書き換えに関しては、このワームのせいではありませんね。恐らく、別件のクラッキングが関係してると思われます」
「別件のクラッキング?」
 大尉の言葉に、三人は声を揃えて聞き返した。
「まずシステム管理者には、システム管理者同士だけの情報網というのがあって、〈機構軍〉システムへのクラッキングや、プログラムの不具合などの情報交換を常に行っています。そしてその情報網で、辞令発令の数日前、一件の不正アクセスが報告されました。これはすぐに攻撃者クラッカーを割り出すことができ、無事に解決しております。もちろん、彼らが侵入時に残したデータも、全て除去……したはずなのですが、もしかすると、いくつかのファイルが『ゴミ』として残っているのかもしれません。そしてそのゴミデータが、同じような動作をする〈グレムリン〉たちのプログラムに、何らかの影響を及ぼしたのではないかと思われます」
「同じような? それって、俺たちと同じコトしようとしたヤツがいたってこと?」
 目を丸くしているヴァルトラントに、大尉は大きく首肯した。
「犯人は突き止めたと言ったな?」
 今度はウィルが質問してくる。ノールは忙しそうに首を回す。
「はい。犯人は二名――いずれもカリスト士官学校の卒業予定者でした。動機――といっても、これは情報網上を実しやかに流れているものですが、『任官予定地が気に入らないから』というもので、その後彼らは卒業取り消しの上、放校処分になったとのことです」
「……〈ヒヨコ〉のクセに、任地が気に入らないからって、軍のデータを改ざんするのか? 何様だよ、いったい」
 世も末だとばかりに、ウィルは天を仰いだ。そこへすかさずヴァルトラントが突っ込む。
「その〈ヒヨコ〉が気に入らないからって、息子に軍のデータを改ざんさせた司令官もナニサマだよ?」
「お前がそそのかしたんだろが!」
 ウィルは手元にあった小物を息子に投げつける。少年は身軽にひょいと避けると、馬鹿にしたように舌を出した。
「えーと、確か司令本部カリストからの回答では、『諸事情により、他の部署で欠員が出た』ために、〈森の精〉に来るはずだった『二名』を、そちらへ回すことになったんだよね」
 脱線しかけている二人に構わず、ミルフィーユは先へ進めた。
「ということは、『諸事情』というのは『士官学校卒業予定者のクラッキング』で、その犯人は『二人組』だった。そしてそいつらを処分したから、どこかの部署で穴があいて、その穴埋めに『〈森の精〉に来るはずだった二人』が持ってかれた。その上、そのクラッカーの残した『ゴミ』のせいで、エビネ准尉のデータが書き換わって、経理部から広報部へやられちゃった――ってこと?」
「ま、そーいうことだな」
 司令官は息子との睨みあいを中断し、金髪の演説者に同意した。
「それじゃあ司令本部も、『諸事情』なんて言葉でゴマかしたくなるだろーね。将来有望のエリート候補が、そんなお馬鹿なコトしたんじゃさぁ」
 ヴァルトラントは、同じことをした自分たちは棚に上げて、司令本部を皮肉る。が、言い終えるなり何かに思い至ったのか、「ん?」と首を傾げた。同時に、ウィルとミルフィーユも同じ処に辿り着いたらしく、小さな声をあげる。そして、司令官と子供たちは素早く目配せすると、瞬時に意思の疎通を果たした。
 六つの瞳が一斉にノール大尉に注目する。大尉はその迫力にたじろいで、思わず一歩後退った。
 ウィルは、先ほどの報告では見せることのなかった真剣な表情を大尉に向けている。
「もう一つ訊いておきたい。司令本部のシステム管理者や他の管理者は、〈グレムリン〉のクラッキングには気づかなかったんだな?」
 殺気すら感じさせる基地司令官の視線に、ノールはゴクリと喉を鳴らしてから、掠れた声を押し出した。
「……はい」
 〈機構軍〉システムへのクラッキングは、攻撃者の追跡のために発見されると即リアルタイムで報告されることになっている。その報告がなかったということは、該当サーバの管理者は気づかなかったということだ。
「では、この事実を知ったからには、大尉はこれを貴官の言う『管理者だけの情報網』に流すのかな?」
「えっ?」
 司令官の真意を掴みかねて、システム管理者は戸惑った。是と言うべきか、否と言うべきか判断がつかない。ヘタな返事をすると、これからの人生が大きく変わることになりかねないのだ。
 どう答えたものかとノール大尉が迷っていると、ミルフィーユがにこやかに引導を渡した。
「僕は『大尉の教えてくれたようにやった』だけだよ」
 大尉は少年の言葉に、今度こそ彼らの意図を正しく理解した。
 ミルフィーユにクラッキングの技術を教えたのは、紛れもなく自分だ。〈グレムリン〉が罪を問われることになる時は、自分もその罪を被ることになる――。
 そのことに気づいた大尉は、複雑に口元を歪めた。そして大きく息をつくと、観念したように口を開く。
「自分は、何も聞いておりませんし、何も話しませんでした!」
 半ばやけくそ気味に大声で誓約した大尉に、ウィルは破顔一笑して応えた。
大変よろしいゼア・グート!」
 〈切り札〉は多いに越したことはない――。

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