■エビネくんとグレムリン■page 29

第八章 失踪
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 〈森の精〉からエビネ失踪の報告が入ったのは、ヴィンツブラウト親子が二人で朝食を摂っている時だった。
「どうしたの?」
 通信端末に向かって何やら喚いていたウィルに、ヴァルトラントは声をかけた。洩れ聞こえてくる言葉の断片から、ある程度の予想はつく。だが、はっきりと確認しておきたかった。
「……エビネ准尉がいなくなった」
 一瞬、ウィルは答えをためらった。が、すぐ思い直して息子に事実を告げた。いま隠したところで、耳聡い息子には遅かれ早かれ知れてしまうだろう。そして自分の目の届かないところで大騒ぎしたり、また面倒なことをしでかすかもしれない。ならば、自分の口からで告げてしまった方がいい。
 ところがウィルの予想を裏切って、ヴァルトラントの反応は実に素気なかった。
「そう……」
 小さく呟いたヴァルトラントは、暖かいミルクティーの入ったカップを両手で包み、小刻みに揺れる小さな水面を見つめている。その顔には何の表情も浮かんではいない。
「意外とあっさりしてるんだな。もっと大騒ぎするかと思ったのに」
 拍子抜けしたといった父親の言葉に、ヴァルトラントは無表情のままわずかに首を傾げる。そして静かだが力強い口調で、自分の気持ちを口にした。
「准尉がそうしたいと思ったんだろうし、自分の意志でどこかへ行ってしまったのなら、自分の意思で戻ってこなきゃ意味がないと思うから……。それに俺は、どれだけ時間がかかっても、准尉は絶対〈森の精〉に帰ってくると信じてる」
 ミルクティーに落とした少年の琥珀色の瞳が鋭く光る。
 そう答えた息子に、ウィルは内心驚いた。
 ヴァルトラントは少々世話焼き気質なのか、他人に干渉したがるところがある。特に今回のエビネ准尉の件に関しては、自分が見出したということもあってか、相当な入れ込みようだ。なのに、准尉がいなくなって動揺したり感情を昂ぶらせたりするどころか、これほど冷静な受け止め方をするとは思いもよらなかった。ヴァルトラントもそれなりに成長しているということだろうか。
 驚嘆の目を向けてくるウィルに気づいていないヴァルトラントは、ほんの数秒沈黙した。そしてゆっくりとカップをテーブルの上に戻すと、途方に暮れたように溜息をつく。
「初めはただ『面白そうかな〜』と思って准尉を選んだだけなのに、どうしてこんなややこしいことになっちゃったんだろう。土星方面司令部がゴタついてるってのは知ってたけど、そんな厄介なものだとは思ってなかったし、まさかそのゴタゴタに准尉が絡んでくるなんて想像もできなかった……」
「未来に起こることを完璧に予測できるヤツなんていないさ。例え超能力者でも大預言者でもな」
 励ますようにウィルは息子の肩を二、三度叩く。
 その父の手の温もりを感じ、ヴァルトラントは「落ち込んでなんかいない」という風に軽口を叩いてみせた。
「だから俺は、いっつも『出たトコ勝負』だよ」
「いや、それもどーかと思うぞ……」
 ヴィンツブラウト親子は、顔を見合わせて軽く笑いあう。
 声を出して笑ったことで少し気分の晴れた少年は、ふと昨日の一件で疑問に感じたことを思い出した。
「そういえば、どうしてロメス大佐とチェスをしようと思ったの? マックスの話じゃ、話し合いは途中で形勢逆転して父ちゃんが有利になってたっていうじゃない。なのに、わざわざ負ける可能性の高い試合なんてすることないじゃん」
「負ける可能性の高い――って……」
 息子に「絶対勝てる」と信じてもらえなかった父親は、傷ついたように呟いた。しかも自分でも勝てる自信はなかったので、遣る瀬なさもひとしおだ。
 しばらく立ち直れなかったウィルは、なんとかドン底の気分から這い上がると、息子の質問に答えた。
「まあ、『チェス大会』の一件に関する罪滅ぼしみたいな部分もあるけど、とりあえずは時間稼ぎ。ロメスの送ってきた〈惑星間通信〉と、あの〈ワーム〉の関係を突き止めなきゃならんからな。――とはいうものの、どうもその辺でロメスと話がかみ合わないんだよなぁ」
「かみ合わないって?」
 不思議そうに首を捻る父の言葉に、ヴァルトラントは眉を顰めた。
「向こうはちゃんと俺宛のメールに『いついつ准尉を取り戻しに行く』と記したらしいんだが、実際届いたものにはそんなコト一行だって書かれてなかっただろ? 念のため、奴の送ったというオリジナルのデータも確認させてもらったんだが……奴の言うとおりだったばかりか、ご丁寧にも署名と一緒に発信地まで記されているときたモンだ」
「でも、それって実際にロメス大佐が送った文書かどうかは判らないじゃない。こうなるのを読んでて、偽物を用意したのかも知れないでしょ。何しろ俺らのクラックを見破ったぐらいだから、コンピュータに関してそれなりのスキルは持ってるんじゃないのかな。だったらそれくらいのコトはできると思うよ。――といっても、〈森の精〉が例の〈ワーム〉を発見したのより、俺たちの〈トロイ〉を見つける方が楽か。プログラムが実行された前後のシステムを洗えばイイだけだからね。ミルフィーのプログラムの書き方で足つくのが怖かったから、実行後はプログラムデータが消滅するようにしておいたんだけど、逆効果だったかなぁ」
 後半脱線気味のヴァルトラントの言葉に苦笑しながら、ウィルは話を元の軌道に戻す。
「偽物のことは俺も考えた。でも迂闊にそう決めつけるわけにもいかんだろーが。だからアラムが手に入れたあの〈分裂するパケット〉の解析結果を見てから、ロメスへの対処を考えようと思ってる」
 納得したような、してないような顔で、ヴァルトラントはかすかにうなづく。が、不意にある仮定を思いつき、何となくだが口にした。
「ロメス大佐はエビネ准尉が必要だったけど、その反対に、准尉に土星にいられると困る人たちっているのかな?」
「え!?」
 唐突に提示された問題に、ウィルも激しく目を瞬かせた。ヴァルトラントは戸惑っている父親を無視して、自分の意見を述べはじめる。
「そもそも、どうして俺が『准尉の出国が見逃される』って思ったのかっていうと、土星の出入国を管理している部隊の司令官と、タイタン司令本部の一部の幕僚が対立していたからなんだよね。だから管理部隊が司令部の足を引っ張るために、准尉の出国を見過ごすと踏んだんだ」
「その予想はリスクが大きすぎないか? 出入国管理部隊がミスすれば司令部に因縁つけられるのは判りきったことなんだから、見逃すとは思えない」
 素早く気持ちを切り替えたウィルは、ヴァルトラントの考えの「穴」を衝く。もう終わったことであり、どういう経緯があったのかは判らないが、現にヴァルトラントの予測どおり准尉は土星を出ることができたのだ。だから、いまさら言っても遅い意見ではあるが、「こういう可能性もあるのだ」ということを提示しておくのは無駄ではないはずだ。
 だがヴァルトラントはすでにその可能性は考慮済みだったらしく、「理解ってる」とばかりに目でうなづくと、父親に言葉を返した。
「ワザと見逃して『嫌がらせする』ってのもあるよ。動くのがタイタン司令本部に配属されるはずだった佐官付の副官候補だし、一応は統合作戦本部の正式な辞令に基づいた異動だもん。見逃しても言いワケはできるよ」
 そう答えて、少年は意地悪そうな笑みを一瞬浮かべた。「正式な辞令」という呪文は、今回ウィルがロメスの抗議文に対して使いまくったものである。またウィルたちは知る由もないが、エビネの卒業したタイタン士官学校の校長であるトーゴーも、エビネにカリスト行きを勧める時に使っている。
「で、それと関係あってもなくてもイイけど――とにかく、准尉がいたら困るって人たちもいるんじゃないのかな。『仲直りしたい』っていう人たちもいれば、『仲が悪くても、いまのままがいい』っていう人たちもいるはずでしょ。〈機構〉と〈連邦政府〉と〈地球へ還る者〉みたいにさ」
 ヴァルトラントの世界情勢への認識と状況分析能力の高さに、ウィルは思わず舌を巻いた。そして胸が締めつけられる思いになる。いくら紛争の最中に生まれ育ち、紛争の収束に関わるできごとの中心にいたといっても、息子はまだ一〇歳にしかならないのだ。太陽系や土星の情勢に気を病むのではなく、もっと年相応の話題に関心を持ってほしいと願わずにはいられない。
 だが、ヴァルトラントが望んでそういった知識を身につけようとしているのを、親といえども止めることはできなかった。息子は息子なりに、このさき生き延びるための術を得ようとしているのだ。
 ウィルは内心の複雑な想いをおくびにも出さず、息子の意見に賛同した。
「確かにその可能性もある。だが第三者が絡んでいる可能性があるといっても、手がかりが少なすぎる。土星に信頼できる伝でもあればいいが、それもないしな」
 元々、木星に入ってくる土星関係の情報は少ない。木星と土星が連合して対等の立場にあると言っても、〈機構〉の中心が木星にある以上、情報量は木星から土星へ向かうものの方が圧倒的に多いのだ。
 さらにここ一〇年あまりは〈機構〉世界住人の関心も、〈地球へ還る者〉といったテロリストや〈連邦政府〉の動向、いまなお不安定な情勢にある天王星などにあって、裏ではともかく、表面上は何事もなく振舞っている土星にはない。
 それでも二〇年ぶりに土星との距離が縮まってきたせいか、近年になって人々の関心も土星に向きはじめたらしく、じわじわとだが「土星ブーム」なるものが広がりつつはあった。とはいえ「最接近は三年後」ともなれば、まだまだ盛り上がりには欠けると言えよう。
「アラムも、もっと調べてみるって言ってたよ」
「ったく、おまえらはっ。いまに〈機構軍〉から放り出されるぞ」
 懲りもせず「軍内部の情報を引き出します」と宣言する少年たちに、ウィルは呆れた声を上げる。しかしヴァルトラントはニヤリと笑うだけだった。
「ま、とにかく、いまある手がかりを頼りに、先の見えない糸を手繰り寄せるしかないってコトだ。先っちょに何がくっついてるかは、お楽しみってな」
 怒る気も萎えたウィルは、投げやり口調で吐き捨て、出勤の仕度に取りかかった。

「遅〜いっ!」
「こんな時に、何ちんたらやってんだっ!」
「え、ええっ!?」
 定時に〈森の精〉司令官室に姿を見せたヴィンツブラウト親子は、待ち構えていたディスクリート親子から非難の声を浴びせかけられた。その剣幕の凄さは、二人が思わず一歩退いてしまうほどである。
「お、おはよう……」
 突然の怒声に目をぱちくりさせて、パイロット親子はメカニック親子に朝の挨拶を返す。しかしその的外れな返事が、またイザークとミルフィーユを絶叫させた。
「『おはよー』どころじゃないだろがっ」
「准尉がいなくなったんだよーっ!?」
 「大変だ大変だー」とばかりに、ディスクリート親子はバタバタ腕を振り回す。怒鳴られている原因が判ったウィルは、うんざり顔で、パニクっている二人を宥めた。
「まあ、落ち着けって。准尉ももう子供じゃないんだから、何もそう大騒ぎすることないだろうが。ヴァルトラントでさえ、『准尉は自分の意志で姿を暗ましたんだから、自分の意志で帰ってくるべきだ』って理解ってるぞ」
「そう。俺たちはいつも通りにして、准尉を待っててあげなきゃいけないんだよ。大騒ぎしたら、准尉も気まずくて帰って来づらくなるでしょ?」
 ウィルに合わせて、ヴァルトラントも物分りのいいところを見せつける。
「うぅっ……」
 一番大騒ぎしそうなヴァルトラントにそう言われると、イザークたちもおとなしく黙るしかなかった。それでも目は不満そうに友人たちを睨みつけていたのだが。
「ったく……」
 しわの寄った眉間を揉みほぐしながら、ウィルは疲れたように溜息をつく。そして不満顔の友人親子を窓辺のソファに追い立てると、端末を立ち上げるためにとりあえず自分のデスクに向かった。
 〈森の精〉司令官はシステムの起動画面をくさくさした顔で眺めた。ほどなくして起動が完了すると、各部署から届けられた報告書をチェックする。集中して読んでいるつもりだが、何か言いたそうにこちらを見ているイザークたちの視線が気になってしょうがない。ヴァルトラントも彼らと一緒にいるのがプレッシャーなのか、気まずそうに自分の傍らへとやってくる始末だ。
 部屋中に険悪な空気が充満していく。ウィルは息苦しさに喘ぐように、もう一度大きく深呼吸をした。
 そのウィルの鼻腔を、芳しいコーヒーの香りがくすぐった。思わず、その香りに誘われるように顔を上げる。
 部屋の入り口には、クローチェ軍曹がトレーを持って立っていた。トレーの上には人数分のマグカップと、見慣れない包みが載っている。
「何だ、それ?」
 ウィルは怪訝な顔で訊いた。
「カフェ・ラテですけど……?」
「――じゃ、なくてーぇ」
 素でボケた軍曹に、ウィルが苛立たしげに突っ込み返す。
 クローチェ軍曹は思い切り不機嫌そうな上官の顔を見ても動じず、まずポカンとし、次にウィルの視線をゆっくりと辿った。それでようやくトレーの上に包みを載せていたことに気づく。
「あ、先ほど届きました」
 長閑な口調で答えた軍曹は、いたってマイペースな動作で短気な上官に包みを手渡した。
 ウィルの手に収まったその長方形の包みは、彼の掌よりひと回り大きい程度か。厚さも五センチほどしかない。人工樹脂ペーパーで包装された上面には、〈森の精〉で押印された「危険物検査済み」のスタンプと、〈サガノ急便〉取扱いを示すラベルが貼られている。
 そのラベルを見たウィルの目が、すっと細められた。差出人は明記されていなかったが、誰か、エビネに近しい者から送られたことは間違いなさそうだ。
 ウィルはおもむろに包みを開けはじめた。傍らに立っていたヴァルトラントが、父の無造作な手を覗き込んで不思議そうに呟く。
「何も民間の運送システムを使わなくても、〈機構〉の窓口に持っていけば無料ただで送ってくれるのに……」
 黙々と手を動かしていたウィルはふと手を止めると、チラリと息子の顔に目を遣った。どうやらヴァルトラントは、ラベルの示す意味に気づいていないようだ。そこで彼は、息子に別の視点から見るためのヒントを与えた。相手がどういう意図で、こういった手段を用いたのか――。
「おまえらだって〈機構軍〉のシステムをクラックする時、〈機構軍〉関係のコンピュータを『踏み台』には使わんだろう?」
「そんなの当たり前じゃん。どこでデータが洩れるか判らないもん」
「そういうことだ」
「んん……?」
 解かるようで解からないヒントに、少年は顔をしかめて大きく首を捻る。しかし無機質な包装紙の中から現れた新たな包みと一通の分厚い封筒を見ると、答えの追求などどうでもよくなった。少年は目と口を驚きの形にして、食い入るように父親の手の中のものを見つめる。
「わぁ……!」
「これ、本物の紙か……?」
 上品な生成りの紙でできた封筒と包みを交互に眺めて、ウィルは呟いた。
 惑星間で情報をやりとりするには、〈惑星間通信〉を使うのが一般的だ。高価な「本物の紙」を使った昔ながらの「手紙」という通信手段は、時間と経費がかかりすぎるのだ。それを承知で古風な方法に拘るのは、よほどの風情好きか風流人を気取った金持ちぐらいだろう。
「封筒が俺宛で、こっちは准尉にか……」
 封筒の表書きには、印刷ではなく手書きでウィルの名が書かれてあった。そして包みの方に添えられたカードには、別の手でエビネの名が綴られている。
 ウィルは恐々と封を切った。このような「本物の手紙」などもらったことがないのだ。扱いに戸惑いながら中から便せんの束をそっと取り出すと、透かし模様の細工の見事さに思わず感嘆の息を洩らした。そして、ざっくりとし、それでいて手に馴染むような紙の感触に不思議な懐かしさを覚えつつ、本文に目を通しはじめた。
 目に優しいブルーブラックのインクで綴られた文字は丁寧で読みやすく、相手が几帳面で、一方ならぬ想いをこの手紙に込めているのが窺い知れるようだった。
 ところがその長い手紙を読み進むにつれ、ウィルの興味深そうな顔が険しいものへと変化していく。小説の続きが気になるとでもいうように、便せんを繰る手も枚数を重ねるごとに早くなる。
 ヴァルトラントは、そんなウィルの表情の変化を呆然と見ていた。手紙の内容が気になったが、盗み見るような真似はしない。自分が知る必要のあることなら、父はきちんと説明してくれるはずだ。ただじっとウィルが手紙を読み終えるのを待った。
 やがて全てに目を通したウィルは、便せんから目を離すとひとつ溜息をつき、ヴァルトラントに向き直った。硬い口調で息子に告げる。
「……どうやら、おまえの勘は当たってるみたいだぞ」
「えっ?」
 口元は皮肉っぽく歪められているが眼差しは真剣な父の言葉に、少年は大きな目をぱちくりさせた。ウィルは戸惑っている息子のために言葉を継ぎ足す。
「つまり、准尉――というか、『准尉のような立場の人間が土星方面軍司令部にいるのは、ちょっと困る』という連中がいるらしい」
 ヴァルトラントが大きく息を呑んだ。漠然とした推測が大当たりしたことに驚いた。
「どういうことだ?」
「准尉がどうかしたのっ?」
 二人の様子を身を乗り出して見守っていたイザーク親子が、やにわに詰め寄ってくる。
 話の見えていない親友に、ウィルは手っ取り早く読み終えた手紙を差し出した。そして子供たちには、理解りやすいよう噛み砕いて説明してやる。
「この手紙をくれたのは、タイタン士官学校の校長であるトーゴー少将だ。つまりエビネ准尉の恩師だな。校長も、この人事にはいろいろと疑問を抱いたらしいんだが――」
 言いながら、ウィルは意味ありげに〈グレムリン〉たちの顔を覗き込む。少年たちは苦笑して肩をすくめた。
「ある事情から、あえて准尉に木星行きを勧めたそうだ。それで校長は、木星に行かせたエビネ准尉のことを大変気にかけて、こうして俺に手紙をくれたらしい」
「ある事情?」
 ヴァルトラントが首を傾げた。
「エビネ准尉は〈見守る者〉といって、土星においてちょっとした影響力を持っている家の出だ――と、〈見守る者〉は理解るよな?」
「うん。昨日マックスに教えてもらった。土星で喧嘩してる人たちのあいだに立って、喧嘩しなくていい方法を考えてる人たちだって――」
 少年たちは一瞬顔を見合わせ、お互いが理解していることを確認してから、ウィルに答えた。〈森の精〉司令官は小さくうなづくと説明を続ける。
「どういう世界でも、体制に関与できるような力を持ったグループに対して、好意的に接する者や反発する者はいる。土星では大多数から信頼されているという〈見守る者〉たちも例外じゃない。そして〈機構軍〉である土星方面軍の中にも、やっぱり好意的な連中と反発している連中とがいるわけだ――。好意的な連中はまあイイとして、反発している方にしてみれば、軍の運営にいちいち〈見守る者〉の立場から口を挟まれるようなことになったら、やりにくいだろう?」
「准尉はそんなに出しゃばりじゃないと思う……」
 不満そうに口を尖らせて、ミルフィーユが反論する。エビネを庇おうとする少年の健気さに、ウィルの引き締められていた頬が、ほんの少し緩んだ。
「俺もそうだと思うよ。でも、准尉自身にその気はなくても、准尉の背後に〈見守る者〉の影が見えるのは、あまり気もちのいいモンじゃない。だから反発している連中は、以前から准尉のような〈見守る者〉に縁のある者が頭角を現すようになると、その者を――」
 ウィルは軽い舌打ちとともに、自分の首を刎ねる真似をした。
「く……免職クビですか?」
 トレーを捧げ持ったまま、ちゃっかり話を聞いていたクローチェ軍曹が、恐る恐る訊ねた。
「もっと酷い。事故を装うなどして、コッソリと始末してたらしいんだ」
「うわ……」
 軍曹とミルフィーユがあまりの非道さに天を仰ぐ。
「だから彼ら――〈見守る者〉は文化人であることに徹して、権力組織の一員になるようなコトはしないそうだ。たまに准尉のような例外もいて、軍人なんかになってしまうのもいるみたいだがな。……まあ〈見守る者〉の家系といっても一人の人間なんだから、なりたいものになる自由ぐらいあってもいいだろうさ」
 ウィルは皮肉めいた笑みを浮かべた。別に具体的な対象に向けたわけではなく、強いて言えば、一方的なイメージを押しつけて個人の自由を奪ってしまいがちな世間への嘲笑といったところか。
「……あ、あのさ」
 色を失って父親の顔を見つめていたヴァルトラントが、言い出しにくそうに口ごもった。触れてもいいことなのか判らず、おどおどとウィルの表情を探る。が、ウィルが目で「言ってみろ」と促すと、意を決して口を開いた。
「もしかして、准尉のお父さん……も?」
 息子の問いに、ウィルは静かに、そしてはっきりと肯いた。
「准尉のお父さんは婿養子で、元々エビネ家や〈見守る者〉とは関係なかった。だが、エビネ家に入って繋がりができた途端、反発側は准尉のお父さんの存在が目障りになったんだな。紛争にかこつけて、罪を〈地球へ還る者〉に着せたんだろう」
「そんな……そんなことで巡視艇一隻をクルーごと沈めるの? そんなの変だよ。同じ〈機構軍〉なのにっ」
 信じられないとばかりに少年は頭を振る。
「確かに許されないことだがな、俺たち余所者には量り知れない事情ってのがあるんだろう。とはいえ、統合作戦本部だって黙って見てるわけじゃない。司令官やロメス大佐なんかを派遣したりして、大元の『喧嘩』をやめさせる努力はしているんだ。……まあ、『奴』は失敗したけどな」
 ウィルは複雑な気持ちで口元を歪めた。だがもうそれ以上の感情を表すことはせず、淡々と手紙の内容を説明することに徹した。
「――で、准尉自身は知らされていないが、校長は准尉のお父さんのコトも含めて、反発してる奴らのやっていることに薄々気づいてたんだ。そしてロメス大佐が准尉に懸けていた期待も判っていた。ロメス大佐が准尉に求めていることは、反発側にとって大変迷惑なことだ。だから校長は、手違いである可能性が高いと思いつつも、この機に乗じて准尉を土星外へ逃がそうと考えたんだそうだ。土星以外では〈見守る者〉の立場は意味をなさないからな」
「そうすれば反発している連中も、准尉の命までは狙わない。恐らく連中も『どうしてこうなったか解からないけど、ラッキー!』とばかりに、准尉が土星を出るのをワザと見逃したんだろうな」
 手紙を読み終えたイザークが、唸るような声で呟く。少年たちは固唾を飲んでその言葉を聞いた。
 親友の合いの手にうなづき返すと、ウィルは手紙の核心に迫った。
「しかし、せっかく准尉を土星から遠ざけたのに、ロメス大佐が動いた。それで一旦は落ち着いた反発側も、慌てて動き出したらしい」
「じゃあ、もし准尉が土星に帰ることになったら――」
 ヴァルトラントは乾き切った喉から、搾り出すように言葉を吐き出す。
「反発側は強硬手段に出るかもな」
 最悪の事態を想像して恐怖に慄く子供たちに、ウィルはサラッと言ってのけた。
「そ、そこまで判ってるんだったら、どうして何とかしないのっ? 悪いコトしてるのに、どうして捕まえないのさっ!?」
 歯がゆさに身を捩りながら、ミルフィーユが叫ぶ。だがその叫びさえも、ウィルは冷静に受け止めた。
「連中がやった、あるいは何かしようとしているという、はっきりとした証拠がないんだとさ。これはあくまで校長の推理であって、例えその推理が正しかったとしてもそれを裏づける根拠が示せなくては、警務隊MPやその上の軍政監理部は動かせないんだ」
「そんなぁ……」
 ミルフィーユは力なく呟き、肩を落とした。
 だがヴァルトラントの方は、まだ希望を失ってはいなかった。彼は悔しそうに唇を噛んで足元を睨みつけていたが、ぐいと顔を上げると胸を反らして言った。
「とりあえず証拠が掴めるまでは、准尉が帰らなきゃイイわけでしょ。ならそのことをロメス大佐に説明して、准尉を連れて帰らないよう頼んでみようよ。それに大体、准尉に帰る気がなければ心配する話じゃないじゃん」
「そりゃまあ、そーだけど……」
 いろいろと気を病んでも最後にはプラス思考になってしまう少年に、一同は呆れ返った。
「まあ、ロメス大佐やハフナー中将にはひと通り報告しなきゃならんから、その時に相談してみるつもりだ。校長も、准尉がこのまま〈森の精〉に留まることを望んでいるし――」
 そう言うと、〈森の精〉基地司令官は次席副官に目配せした。クローチェ軍曹はうなづくと、中将とロメスを呼び出すために、そのまま冷めてしまったコーヒーを持って退出する。
「それにしても、当のエビネはどこへ行ってしまったんだ……」
 軍曹が出て行くのを横目で見ていたイザークが独りごちる。
「それに関しては、大体の足取りは掴めてる」
 端末に届いたレポートの一つを示して、ウィルは髭の親友に答えた。
地下鉄Uバーンの乗降記録によると、准尉は昨日の話し合いのあと一旦官舎へ戻ろうとしたんだが、気が変わったのか官舎駅で降りずに、ヴァルハラ中央駅ハウプトバーンホフまで行ったらしい」
「〈ヴァルハラ〉? そんなところまで何しに?」
 怪訝な顔でイザークはウィルを見返す。
 リニアシステムのUバーンだと、〈ヴァルハラ〉の中央部まではノンストップでも八時間はかかる。〈森の精〉からは「ちょっとそこまで……」といった気分で行くようなところではない。
 しかしイザークの疑問に答えたのは、ウィルではなくヴァルトラントだった。
「たぶん准尉は、お父さんと話がしたかったんだと思う」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声をあげて、イザークはセピアの髪の少年を見下ろした。彼の灰茶色の瞳は、「准尉の父親は、彼が八歳の時に亡くなっているではないか。一体どうやって話をするというのだ」と訴えている。その目を見上げて、少年は自信満々に答えた。
「だって〈ヴァルハラ〉には、二四時間やってるカリストで一番大きな植物園があるんだよ」
 それでも意味が理解らずきょとんとしているイザークに、ヴァルトラントはにっこりと微笑みかけた。

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