■エビネくんとグレムリン■page 35

終章 -epilogue-
 中天まで昇りつめた太陽が、ほんのり暖かい陽射しを〈森の精〉に降り注いでいる。
 エビネが〈森の精〉残留を決断してから、二週間が過ぎた。
 ロメスの来訪や〈ワーム〉、それに伴う一連の事件で慌しかった〈森の精〉も、捜査の手が統合作戦本部へと移ってからは、以前の呑気な日々を取り戻していた。
 六週間前にやってきたばかりの新米准尉はというと、早く〈森の精〉に慣れるべく、以前にもまして与えられた任務に打ち込んでいる。その甲斐あってか、近頃では雑用以外に、先任の補佐的な仕事もさせてもらえるようになった。また、元気いっぱいのやんちゃ坊主〈グレムリン〉たちとの接し方も、それなりにコツを掴んだつもりだ。
 とはいえ、それでもまだ時々彼らの悪戯に引っかかることもあるのだが。
「もう〈森の精〉にも慣れた? 准尉」
 〈森の精〉基地施設を取り囲む森の中、陽だまりに座り込んで准尉手製のお弁当に舌鼓を打っていたヴァルトラントが訊いた。
「うん、だいぶね。仕事も人付き合いもだけど、こうやって〈外〉に出るのも平気になったよ。とはいえ、カウンセリングはまだ受けてるけどね」
 苦笑しながらエビネは答えた。
「それは、お父さんのこともあって?」
 と、おむすびを頬張っていたミルフィーユが口を滑らせ、ヴァルトラントに小突かれる。
 しかしエビネは気にした風もなく、平然と少年の言葉を受け入れた。
「まあ、それもあるのかな。トーゴー校長の手紙を読んだ時は、それなりにショックだったから」
 トーゴー校長はウィルだけでなく、エビネにも同じ内容の手紙を宛てていた。エビネが〈エビネ家〉の一員である以上、これから先もはかりごとが繰り返される恐れがあるためだ。
 エビネはもう庇護される立場ではない。〈機構軍〉の指揮官としての一歩を踏み出し、いずれは部下を守っていかなくてはならないのだ。部下を守るためには、自分に降りかかる危険にも敏感でなくてはならない。そのために、全てを知っておいた方がよい――との、校長と、〈エビネ家〉の長でありエビネの母であるコチョウの判断だった。
「でも腑に落ちたというか、スッキリした部分もあるんだ。それに自分が選んだ道は間違ってなかったって、再認識できた。自分のやろうとしていることが、そういった悲しい出来事を少しでも減らすことに繋がるかもしれないから。これは〈エビネ家〉ウチだけの問題じゃないからね。――うん、知ることができてよかったよ」
 そう言って、エビネは笑顔を見せた。
「えらーい、准尉っ」
「前向き思考!」
 穏やかに語る准尉に、少年たちは感嘆する。〈森の精〉にやってきた当初は、まだ浮ついて頼りない部分のあったエビネだが、この短期間で随分と落ち着き、頼もしくなったものだと〈グレムリン〉たちは思った。
「そんなんじゃないよ」
 少年たちに囃されたエビネは、照れた顔を隠しながら手を振って否定する。そして制服の内ポケットに手を入れると、何やら取り出して少年たちに見せた。
「わあ!」
「キレイ!」
 若草色の錦で作られた小袋が、エビネの手の中にあった。木星では見かけることのない厚手の生地に施された文様の見事さに、少年たちは目を丸くした。
 エビネはさらに袋を開けて中身を出す。目の前に現れた物が、少年たちの眉を顰めさせた。
「――はさみ?」
「うん、花鋏。花を生ける時に使うんだ」
「へぇ」
 刃先が太くて短く、柄の部分が丸く膨らんだ見慣れない形の鋏を、少年たちは不思議そうに見つめる。
「これは父さんが使ってたヤツ。気分が滅入る時、これを眺めてると『頑張らなくちゃーっ!』って元気が出てくるんだ」
 エビネは、はにかみながら自分の手の中を見る。
 父の鋏は、まるでエビネの手に合わせて作られたように大きくも小さくもなく、しっくりと彼の手に馴染んでいる。
「なんか理解るな、そういうの。俺はねぇ、コレ……」
 ヴァルトラントが感慨深げに肯いた。そして首元から自分の認識標ドッグタグを引っぱり出す。チェーンの先には、通常なら二枚であるプレートが三枚あった。少年はその中で違う名前が刻印された一枚を選り分け、エビネに見せた。
「これは母ちゃんの。俺が赤ちゃんの時に死んじゃったから、母ちゃんのことは覚えてないんだけど……。でも眠れない時なんかにコレを握ってると、安心できるんだ」
 そう言ってにっこりと微笑んだ少年は、プレートにそっとキスすると、大事そうにまた胸元へしまいこんだ。
 ひととき、エビネとヴァルトラントはお互いの気持ちに触れ合う。言葉など不要だった。静かに笑い合うだけでよかった。
 そんな二人の世界に入れず、ひとり取り残されていたミルフィーユは、落ちつかなげに視線を漂わせていた。ふと、エビネの膝の上に置かれた鋏の入っていた綺麗な袋に目を止めると、それを取り上げ、何気なく中を覗いた。
「あ、なんか入ってる」
 呟いて、指を突っ込もうとする――と。
「わーっ!」
 奇声をあげた准尉に、ひったくられた。顔を真っ赤にして、准尉は袋を後ろ手に隠す。
「何でもない、何でもないよっ!」
「え、でもカードみたいなのが――あ!」
 そう言いかけてミルフィーユは気づいた。親友に目を遣って、ニタリと笑う。ヴァルトラントも相棒の考えを察し、同じようにニタニタ顔になった。
 一瞬後、少年たちは口を揃えて叫ぶ。
「ラブレターだっ!」
「ち、ちが――っ!」
「でも顔、赤いよ?」
「やっぱ、ラブレターだーっ! ひゅーひゅー!」
 エビネは慌てて否定するが、否定すればするほど、少年たちは囃したてる。
「いや、だから――その、えーと、えーと……」
 なんとかこの場を切り抜けようと、エビネは別の話題を探す。
「そ、そーだ! そういや俺がここへ来たせいで代わりに土星へ行っちゃった士官って、どうなったんだろうねっ?」
 口々に騒いでいる〈グレムリン〉の注目を得ようと、エビネは声を張り上げた。
 少年たちはエビネの声の大きさに驚いて、思わず口を閉ざす。三秒ばかりポカンとしていたが、話題の内容を把握すると、「ああ、彼ね」とクスクス笑いだした。どうやら何か情報を持っているらしい。
 情報通の少年たちを、エビネは首を傾げて促した。それに応えて、ヴァルトラントが説明する。
「こないだカリスト士官学校のストーレリ校長が来て、父ちゃんに話してたんだけどさ。なんでもその士官――リツマ准尉っていうらしいんだけど――は、土星方面軍司令官の副官見習になったんだって」
「え……」
 エビネは耳を疑った。
「……なんで?」
 ゴクリと喉を鳴らしながら、一広報部員下っ端は問い質す。
「それが――リツマ准尉が向こうに着いたのはいいけど、ほら、ロメス大佐が准尉を追っかけて木星に来ちゃったでしょ? で、仕官先がなくて困ってたら、その話を聞きつけた土星方面軍司令官のタウベンラウフ大将に拾われたんだって」
「大将は木星出身だから、木星から来た士官が困ってるのをほっとけなかったんだろうね」
 ヴァルトラントに続いて、ミルフィーユが補足する。
 エビネは目と口を丸くして、少年たちの説明を聞いた。驚きのあまり、返す言葉が見つからない。
 士官学校を卒業した新米が副官として配属される場合、地方部隊の指揮官の下に就くのが普通だ。それでいうと、タイタン司令本部勤めになるはずだったエビネは、異例の出世だったといえる。
 それがそのリツマ准尉とやらは、見習とはいえいきなり大将付副官だ。これは異例の出世どころか、前代未聞の出世と言っても過言ではないだろう。
 彼は、よほど優秀だったのだろうか――。
 そんな考えがエビネの頭に浮かぶ。だが次の瞬間、ヴァルトラントはその考えを打ち砕いた。
「ストーレリ校長はすっごく嬉しそうだったよ。なんせリツマ准尉は、〈森の精〉に放り込まれるぐらい――つまり軍から見放されるぐらい、成績の悪かった生徒だったんだから。それが、アッという間に大将付副官見習だよ! 本人もこれをきっかけにやる気になって、バリバリ頑張ってるんだって」
 ヴァルトラントは顔を輝かせて言う。自分たちの悪戯が、結果的に一人の新米士官に大きなチャンスを与えることになったのだ。そして自分たちはエビネを得た。いろいろ問題はあったが、最後にはみんな収まるところへ収まったのである。終わりよければ全てよし。こんな喜ばしいことはない。
 が、それは〈グレムリン〉たちから見た話だ。
「へ……へぇ」
 少年の明るい表情と対照に、エビネは複雑な思いを顔に出した。
 別に出世に固執するつもりはないが、エビネにだって「人並みの出世願望」はある。漠然とではあったが、「これから同期の者たちと、お互い抜きつ抜かれつ、長い出世街道を歩いていくんだな」などと思っていたのだ。
 なのに同じスタートラインにいた、しかも軍から見捨てられようとしていた同期が、いきなり遥か先までひとっ飛びしてしまったのだ。置いていかれたような気分にもなるというものだ。
「す……すごいね。順調にいけばそのまま副官になって、その先は幕僚幹部か司令官かぁ……」
「順調にいけば――ね」
 少し気落ちしたように呟くエビネに、ヴァルトラントが皮肉っぽく笑った。
「彼はラッキーだっただけだよ。運がよかったから、ちょっとだけ近道ができたんだ。でもその後もラッキーなコトが続くとは限らないし、掴んだ運を逃がさないようにするには、たくさん努力しなくちゃいけない。そしてその努力を持続させなきゃならない。それを彼ができるかどうかで、彼の真価が問われるんだ――」
 理解ったような口を利く少年に、エビネは舌を巻いた。この年齢でこれほどしっかりした考えを持った子供に会ったことはなかった。
 それにヴァルトラントだけでなく、ミルフィーユだって、普段はあまり自己主張することはないが、必要な時は大人顔負けの意見をはっきりと言う。
 ふと、エビネは気がついた。
 普通の子供たちとは、少し違った感覚を持った子供たち――それが〈グレムリン〉なんだ。
 エビネは〈グレムリン〉の本質に、少しだけ触れたような気がした。
「……なるほど」
 様々なことに感じ入ったように、エビネが呟く。すると少年は、ガラリと口調を変えて言い放った。
「――って、父ちゃんが言ってたよ!」
「受け売りかいっ!」
 少年の「オチ」に、せっかくの感動が一瞬にして吹き飛びんだ。思わず突っ込みを入れるが、そのリアクションは先任たちのものとそう変わらなかった。彼は着実に〈森の精〉の一員となりつつあるようだ。
 そんなことに気づきもせず、ひとしきり少年たちと笑い合ったエビネは、息を整えると、穏やかな表情を少年たちに向けて言う。
「俺は、きっとリツマ准尉は『努力を持続させる努力』をすると思うよ。だから俺も、彼に負けないように頑張る」
 遠く離れた場所で頑張っているであろう同期を、エビネは敬意をもって「好敵手」に認定した。
「うん」
「負けるな、准尉!」
 少年たちも反対しない。それどころか、いっそうエビネを焚きつける。
「ねえ、リツマ准尉にメール出してみたら?」
「そうだよ。彼だってエビネ准尉が頑張ってるのを知ったら、もっと頑張ろうって思えるんじゃないかなぁ」
「や、別にそこまでは……」
 少年たちの勧めを、エビネは苦笑しながら辞退した。
 だが、もし彼に未来を見る能力があったら、〈グレムリン〉の言葉を受け入れていただろう。なにしろこのリツマ准尉こそが、後に、ロメスやタウベンラウフ司令官が成し得なかった土星統一を成し遂げる土星方面軍司令官となり、彼をその地位に就かせるために、自分が奔走することになるのだから――。
 しかしそんなことなど知る由もなく、エビネと〈グレムリン〉たちは話題を打ち切り、お弁当の残りを片づけはじめた。
 和やかに談笑する彼ら頭上を、〈空飛ぶ鍋〉ミスター・フライパンが通過していく。
 その機に意外な人物が乗っているなど思いもせず、エビネと〈グレムリン〉たちは眩しそうに飛び去る黒い影を見上げた。

 〈森の精〉基地司令官は、心なしか不機嫌そうな様子で、総務部主任のバーバラ大尉と面談していた。
 司令官室の入口には、クローチェ軍曹が立っている。彼はいまにも吹き出さんばかりに、肩を小刻みに震わせていた。
 ウィルは必死で笑いを堪えている次席副官を睨みつけると、ひとつ大きな溜息をつく。そして、途切れていた言葉を繋ぎなおした。
「……少佐はプライドの高い男だ。バーバラ大尉には、彼を持ち上げつつもしっかり頭を押さえていて欲しいのだが、できるか?」
「大佐の仰せなら、不可能をも可能にしてみせますわ!」
 ウキウキとした口調でバーバラ大尉は答える。彼女が舞い上がっているのは、諦めかけていた「人手」を得られたからだけではないらしい。だがウィルはその理由をあまり考えたくはなかった。
「……それは心強い」
 ウィルは複雑な気持ちを面に出さず、極上の「営業スマイル」を大尉に捧げた。バーバラ大尉の頬が薄紅色に染まる。
 〈ざます眼鏡〉の奥から熱っぽい視線をウィルに投げかけていた大尉は、思い出したように口を開いた。
「それはそうと大佐。あの約束は、まだ有効ですわよね?」
「は?」
 ウィルはきょとんとして聞き返した。大尉と約束などした覚えはない。
 質問の意味が判らずに目をぱちくりさせているウィルに、大尉は何を勘違いしたのか的外れな言葉を返す。
「まあ、照れなくてもよろしいのよ。大佐とわたくしの仲ではありませんか」
「えぇっ!?」
「准尉が早く一人前になる日を、わたくし楽しみにいたしますわ。――では失礼します」
 目を白黒させるウィルを放って一方的に捲くし立てた総務主任クリスティン・バーバラ大尉・四六歳独身は、「うふふふふ……」と不気味な含み笑いを残し、弾んだ足取りでウィルのオフィスから出て行った。
 彼女の勢いに呑まれてしまった〈森の精〉基地司令官は、声もなくただそれを見送るのみ。
 そして長い時を経て、ようやく呪縛から解き放たれたウィルが疲れたような息をついた。
 そんな彼に、クローチェ軍曹が声をかける。
「バーバラ大尉って、やっぱり大佐のことを、す――」
「軍曹っ!」
 言いかける副官の言葉を、ウィルは鋭く遮った。
「それ以上、言ってくれるな――お願いだビッテ
 ウィルの言葉は丁寧だったが、軍曹に向けた笑みは凄みを帯びていた。
「失礼しましたっ」
 慌てて軍曹は謝罪すると、そそくさと部屋を出て行こうとする。そこへ――。
「父ちゃん、父ちゃん、父ちゃんっ!」
「大変、大変、大変っ!」
 パニック状態の〈グレムリン〉たちが飛び込んでくる。
 しかし少年たちは「不機嫌」の権化のようなウィルを見るなり、息を呑んでその場で固まった。
「うわ、超不機嫌だし――」
 ヴァルトラントが顔をしかめて相棒に囁く。
 ウィルが不機嫌な理由は判っている。自分たちが見たモノのせいだ。
 いまその話題に触れるのは、虎の尾を踏みかねない。だが事と次第によっては、自分たちのこれからにも関わる。となれば、早めに対策を練るためにも、状況を把握しておく必要があった。
「ヴァル、お願い」
 怯えたミルフィーユがヴァルトラントの背後に隠れた。
「しゃーねーなぁ」
 押し出される恰好になった基地司令官の息子は、しかめた顔のまま父に訊ねる。
「あのさ、いま〈空飛ぶ鍋〉から、ロメス大佐が降りてくるのを見――たんだ……け……ど……」
 ジロリと睨まれた少年の声が、段々尻すぼみになっていく。結局、質問を最後まで言えずに、ヴァルトラントは口を閉じた。そして恐る恐るウィルの顔色を窺う。
「大佐じゃなくて、いまは少佐だ。そして本日付けで、〈森の精〉総務部に配属される」
 これには〈グレムリン〉たちも目を剥いた。
「ええぇっ!? なんでっ!?」
「〈トロヤ〉に行くんじゃなかったのっ!?」
「統合作戦本部が、嫌がらせに押し付けやがったんだ。総務部長のソーン中佐があと三ヶ月で定年退職するから、その後釜に据えるんだと。とりあえず中佐がいる間は部長代理として、退職後は中佐に昇進して部長となり、総務部の指揮をとることになる」
「……そんなぁ」
 少年たちは天を仰いだ。窮屈な存在がまた一人増える。
「ま、ロメスの立場からすれば、〈森の精〉に放り込まれるのは、海王星送りになるのと、精神的苦痛はそう変わらんだろうがな。――まったく、『流刑地』とはよく言ったモンだ」
 さほど可笑しくもなさそうに、ウィルは嗤った。
 ショックから立ち直って、まともな思考力を回復したミルフィーユが呟いた。
「でも、ロメス大佐――じゃなくて少佐なら、ミス・バーバラの条件にピッタリだね。なんせ経験者キャリアだし、総務を仕切るコトに関しては優秀なワケでしょ。一度は大佐までいった人だから、彼女のシゴキで逃げ出すようなこともないだろうし。案外、悪くない人事かもしれない」
「ミルフィー!」
 まだ納得できないヴァルトラントが、金髪の相棒を非難する。
「人手を得られたんだから、ミス・バーバラだって、もう僕たちに文句言ってくることはないよ。あとは、僕たちが総務部に近づかなきゃイイだけ」
「むぅー」
 ミルフィーユに諭されたヴァルトラントは、反論できずにむくれるしかなかった。
「そういや、ミス・バーバラで思い出した」
 ミルフィーユの発言でウィルは、ふとバーバラ大尉との「かみ合わない会話」を思い出した。
「彼女、なんか『約束』がどーこー言ってたけど、何か知らないか?」
「え――?」
 ウィルの質問に、少年たちが顔を引き攣らせた。一瞬の出来事だったが、パイロットとして鍛えられたウィルの目は、それを見逃さなかった。
 〈森の精〉基地司令官は眉間にしわを寄せつつ、少年たちを覗き込んだ。
「何か知ってそうだな。素直に吐かないと、どうなるか理解ってるかね。少年たちよ」
「え――っと、だからね……」
 蛇に睨まれた蛙のように萎縮した〈グレムリン〉たちは、しどろもどろ呟く。しかし、ゆっくりとウィルの拳が目の前に突きつけられるのを見ると、観念したように自供した。
「ミス・バーバラがあんまり『早くエビネ准尉を総務部によこせ』ってしつこいからさ、つい『准尉が広報部の仕事に専念できるよう協力してくれて、その結果、彼が一人前の広報部員になれたら、そのお礼にバーバラ大尉を食事に誘いたい――って言ってたよ』って、言っちゃったんだ」
「そしたら大尉は大喜びで、経理部も抑えてくれるって請け負ってくれたの。実際、うるさく言わなくなったでしょ?」
「……うむ、確かに連中からの突き上げは、ある日を境にピタリと止んでいた。なるほど、そういう手で連中の攻撃を封じたワケか。さすが〈グレムリン〉だな。俺には考えもしなかった手だ」
 口では賞賛しつつも、ウィルの目は冷たく据わっている。
 さらに彼は口の端を持ち上げて訊ねた。
「で、誰が『大尉を食事に誘いたい』って言ったのかな?」
「……ヴィンツブラウト大佐」
 消え入りそうな声で〈グレムリン〉は答えた。
 その瞬間、ウィルの中の何かが切れた。
 彼の顔が紅潮していく。さらに握った拳がぶるぶると震えはじめた。
 ヴィンツブラウト大佐は少年たちを睨みつけたまま、じっとこみ上げてくる感情に耐えようとした。が、その努力空しく、結局耐え切ることはできなかった。
 〈森の精〉基地司令官は大きく息を吸うと、怒声と共に一気に吐き出した。
「この――〈グレムリン〉っ!」
「きゃあっ!」
 司令官の怒声と〈グレムリン〉たちの悲鳴が、今日も〈森の精〉基地とカリストの空に響き渡った――。

Das Ende
- wo.Ebine & Gremlin - Die Reihe "Gremlin!" Episode 1
von 08.Juli 2001 bis 13.Feb.2003 Hiro Fujimi

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