■森の少女■page 14

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「やばっ」
 ハフナー中将からのメールを数行読んだウィルは、その精悍な顔をひきつらせた。と同時に彼の頭の中を、月初めに届いた一通のメールがよぎる。
 そのメールは、カリスト司令本部の司令官であるエリクソン大将からの召喚状だった。いや、正しくはパーティへの招待状なのだが、ウィルにとってはそんな心ときめくモノではない。
 確かにウィルは、人と会って賑やかにするのは好きだ。ただし、純粋に飲んで騒ぐ場合に限る。パーティとは名ばかりの陰謀と駆け引きの展示会など、まっぴらご免だ。
 だから当然、返事は「欠席」で出した。
 だが、どうやらそれが宴会主の機嫌を損ねさせたらしい。まあ、〈機構軍・航空隊〉総司令官の招待を断わる部下がいるなど、思ってもみなかったのだろう。大将は、ともに航空隊を統べる副司令官のテオドール・ハフナー中将に、嫌味がましくぼやいたようだ。
 そうして、ウィルの顔をひきつらせたメールが届く次第と相成ったというところか。
 カリスト司令本部でのやりとりを想像し終えたウィルは、もう一度、読みかけのメールデータに目を落とした。
 できるならば、最後まで読みたくなかった。読み終えたら最後、書かれていることを実行しなくてはならない。
 ハフナー中将は、ウィルが真の上官と仰ぎ、慕っている人物だ。中将の命令ならば、どんな任務でも引き受ける――ウィルは常々そう心に決めていた。だが、このメールに書かれているであろう「命令」に従うのは、気が進まない。
 彼の耳元で悪魔が「見なかったことにしろ」と囁く。
 が、その助言に従って、後で中将の愚痴攻撃を喰らうのも御免蒙りたい。それに中将の顔を潰して、カリスト司令本部における中将の立場を悪くするのも本意ではない。
「何かの試練か? これは……」
 泣きそうな声を洩らしながらも、ウィルは覚悟を決めて内容を読み進めた。
 中将のメールには、パーティへの出席を促す丁重かつ厳格な文章が記されている。だが大将の嫌味に屈したにしては、厭々書いたような感じはない。むしろ積極的に書かれたように見えた。中将から送られてくる上層部関連のメールには、いつも言葉の端々に上層部への皮肉とウィルへの忠告が巧みに織り込まれているのだが、今回はそれがないのだ。
 奇妙に思いつつも最後まで読み進めたウィルは、文末にさり気なく添えられたヴァルトラントの同伴を期待する一文を見て得心した。
「ヴァルトラントに会えれば、俺をエリクソンの矢面に立たせてもイイってか……」
 〈聖夜〉を父子水入らずで楽しく過ごすつもりだったウィルは、突然で強引な予定変更にがっくりと肩を落とした。息子と行くつもりだったテーマパークもレストランも、儚い夢に終わった。
「くそっ、やってられっか!」
 午後の仕事に対するやる気を殺がれたウィルは、そのまま不貞寝してやろうとデスクの上に長い脚を投げ出した。そこへ――。
「大佐」
 次席副官のクローチェ二等軍曹が、インターホンを通じて呼びかけてきた。
「何だ?」
 不機嫌全開の声で応答したウィルは、続く部下の言葉に思わず跳ね起きた。
「アリシア・オーツ様がお見えです。面会の予定はありませんが、お会いに――」
「お通ししろっ」
 軍曹に最後まで言わせず、ウィルは来客の入室を許可した。そして慌てて立ち上がり、エウロパからの客を迎えるべくオフィスの入口へと歩み寄る。
「アリシア!」
 開いた扉の向こうに立つ女性に、ウィルは弾んだ声をかけた。さっきまでの憂鬱は、どこかへ飛んでいってしまったようだ。
 女性は部屋の主がわざわざ出迎えてくれたことに一瞬驚いたようだったが、すぐに我を取り戻すと艶やかな笑みを零した。
「お仕事中だった?」
 彼女はウィルの顔色を窺うように小首を傾げた。
「いや、大丈夫。どうぞ中へ――」
 ウィルは一歩退いて道を開けると、半年ぶりに会う女性を部屋に招き入れた。軍曹にお茶の用意を言いつけ、ドアを閉じる。そして完全に扉が閉まったのを確認してから、あらためて驚きの声をあげた。
「それはそうと、どうやって基地に――?」
 検問所からは来客の確認はきていない。面会の予約もなかった彼女が、どうして基地に入れたのか不思議だった。
「決まってるでしょ。私の美貌でよ」
 ソファに向かって歩いていた女性は肩越しに振り向くと、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。
 一瞬、〈森の精〉基地司令官は彼女の言葉を信じかけ、激しく目を瞬かせた。
 彼に見せているのと同じ笑顔を警備兵に見せれば、初心うぶな若年兵は骨抜きにされるだろう。いや笑顔を見せるまでもなく、その姿だけで正常な判断力を失ってしまうかもしれない。それほどに、彼女の容姿は負の表現とは無縁だ。
 しわ一つない卵型の顔に、バランスよく配置された目鼻。癖のない淡い金髪は背中まで届き、大きくもなく小さくもない形の良い胸が襟元の大きく開いたシャツを押し上げている。ピッタリとしたジーンズは、高い位置でカーブするヒップラインと、それに続くすらりとした脚を際立たせる。歳はウィルより六つ上だが、張りのある瑞々しい乳白色の肌は、どう見ても二〇代前半を超えているようには見えない。
 これに惑わされない男はそうそういない。
 しかし彼女は一呼吸おいて続けた。
「――っていうのは冗談で、ホントはUバーンでロメスに会ったのよ。彼の『絶対保証付き』で入れたってワケ」
 厭な名前を聞いて、ウィルは顔をしかめた。そして怪訝そうに訊ねる。
「知り合いだったのか?」
「そりゃあ、彼はロックウッド大将ダディの『金魚のフン』だったもの。イヤでも目につくわ」
 彼女は吐き捨てるように言うと、可愛らしい鼻にしわを寄せた。
「こないだの事件は噂に聞いたけど……まさか彼があなたの部下になるなんてねぇ。一三年前は思いもしなかったわ」
「いやはや、全く……」
 ウィルは新米士官と〈ワーム〉騒動のもたらした結果に苦笑するが、ふとアリシアとロメスに不思議なえにしを感じて神妙な顔になった。
 一三年前、ウィルが手を出した「ある〈機構軍〉司令官の愛人」というのがこのアリシア・オーツであり、その事実を司令官に密告してウィルが天王星送りになるよう仕向けたのが、先日ウィルの部下となったフェルナンド・ロメス少佐であった。
 この二人がいなければ、ウィルは最愛の者を得ることもできず、彼の人生は別のものとなっていただろう。
 そしてウィルもまた、二人の人生に何らかの影響を及したのかも――いや、及ぼしているはずだ。
 そんな三人が、一〇余年の時を経て再び出逢うこととなった。何か不思議な力が働いたようにも感じよう。
 人は出逢うべくして出逢い、別れるべくして別れるものなのかもしれない。そしてどんな出逢いにも、何らかの意味があるのだろう――。
 ウィルは珍しく哲学的な感傷に浸りつつ、座らずに彼を待っている女性の前まで進んだ。
「どうかした?」
 笑顔を消したウィルに、アリシアが顔を曇らせる。
「いや……お姐さんは一三年前のままに綺麗だなぁと思って」
「あら、お上手」
 咄嗟に取り繕ったウィルは、再び柔らかな微笑を浮かべ、自分を見上げているブルートパーズの瞳を覗き込んだ。そして挨拶と親愛の情を込めて、口づける。
 アリシアとの関係は、ウィルが木星に帰還してまもなく復活していた。再会は偶然だったが、そうでなくてもいずれはこうなっていただろう。
 彼女はウィルのいまだ抑えることができない妻への想いを理解し、受け止めてくれる。そして打算も何もなく純粋にウィルのことを想い、包み込んでくれる。それが心に大きな傷を負った現在のウィルには、何よりの救いだった。
 だが彼は、生活を共にしてまでその救いを求めようとは思っていない。彼女と家庭を築いても巧くいかないことは理解っているからだ。
 もちろんお互い好意は抱いている。しかしどちらも束縛されるのを厭い、多彩な恋愛を愉しみたいと考える性分だ。それに彼女は自由奔放に生きているからこそ輝くのであり、籠に入れてしまうとその輝きは途端に失われてしまうだろう。
 そんな彼女をウィルは見たくなかった。だから彼は、お互いの都合の合うときに会ってほんのわずかなひとときを共有するだけで、充分満足だった。
「大佐、飲み物をお持ちしました」
 遠慮がちな軍曹の呼びかけで、二人は挨拶にしては少し長めのキスを終えた。
「入れ」
 名残惜しそうにアリシアから離れながら、ウィルはドアの向こうで待っている副官に声をかけた。
 二人がソファに腰を落ち着けた頃合を見計らって、クローチェ軍曹が現れる。上官のことをよく理解しているできた部下だ――ウィルは次席副官の評価を少しだけ上方修正した。
 軍曹はテキパキとカップや菓子を上官と客の前に並べていく。その手の動きをぼんやり眺めていたウィルは、ふとアリシアの訪問の理由を聞いていなかったことを思い出し、正面に座る彼女に目を向けた。
「しかし、何でいま時分カリストに?」
 デザイナーとして成功している彼女だ。それなりに付き合いもある。〈聖夜〉の迫ったこの時期、第2衛星エウロパでは催事や宴も多い。そのエウロパにアトリエと自宅を構えている彼女も、そういった催しにひっぱりだこのはずだ。こんなところでお茶などしている場合ではないだろう。
 アリシアは目の前に置かれた菓子を見て少女のように目を輝かせていたが、ウィルの質問に目を上げて答えた。
「あなたに会いたくなって」
 クローチェ二等軍曹の手が一瞬止まった。
 ウィルが軽く睨みつけると、若い副官は慌てて給仕の続きに取りかかる。どうやら彼は手ではなく、耳に全神経を集中していたらしい。下士官食堂で披露する話題でも収集するつもりだったのか。
 だがこの程度のやりとりで反応するようじゃ、立派な「情報屋」にはなれそうもないな――ウィルは内心苦笑しつつ、一旦上げた評価を元に戻した。
 一方アリシアは一瞬からかうような視線を軍曹に向けると、あっけらかんとした口調で言い放つ。
「――と言いたいところなんだけど、ホントはここのおチビちゃんたちに用なのよ」
「〈グレムリン〉に?」
 意外なご指名に、ウィルは眉を跳ね上げた。
 ヴァルトラントではなく、〈グレムリン〉だ。「何やらよからぬ企みでもあるのか」と、不安を覚えずにはいられない。
「ええ――あ、待って」
 小さく肯いたアリシアは、給仕を終えて出ていこうとした軍曹を呼び止めた。
「できたらおチビちゃんたちを呼んでいただける? やっぱり本人たちの意思は尊重しなくちゃね」
了解わかりました」
 丁寧に頭を下げて出ていく軍曹を見送ったデザイナーは、〈森の精〉司令官に向き直ると説明を続けた。
「でね――実は〈ヴァルハラ〉で、〈機構軍〉将校の主催するちょっとしたパーティがあるんだけど、それを盛り上げるお手伝いをすることになったのよ。あ、『ちょっとした』って言っても、身内や軍関係者だけじゃなく、カリストでそれなりに力のある連中なんかも呼ぶぐらいの規模なんだけどね」
「そのパーティって、まさか……」
 非常に嫌な予感がして、ウィルは言葉を挟んだ。間をおかず、痛烈なカウンターが彼の耳を直撃する。
「エリクソン大将のパーティよ」
「やっぱり」
 どんどん追い詰められているような気がして、ウィルは眩暈を覚えた。溜息混じりに告白する。
「俺のところにも来た。彼からの招待状」
「あらっ、それなら話が早いわ」
 うんざり顔のウィルと対照に、アリシアは嬉しそうに手を打った。
「そのパーティの演出として、招待客の目を和ませるためにちっちゃな『天使』を数人、会場内をうろつかせようかな――なんて思ったのよね。もちろん私のデザインした衣装を着て」
「ちゃっかり営業活動してるし」
「ボランティアなのよ。これくらいは目を瞑ってもらわなくちゃ」
 ウィルの茶々に、商才溢れるデザイナーは肩をすくめて軽く舌を出した。
「無報酬って――よく引き受けたな」
 それなりに名の知れたデザイナーを無報酬で使おうというエリクソン大将の神経の太さに、ウィルは呆れ返った。
「本当は乗り気じゃなかったのよね。でもエリクソン大将に借りがあるもんだから、断われなかったのよ」
「まさか、あの大将も出資者パトロンなのか?」
 さらっと飛び出したアリシアの衝撃発言に、ウィルは目を丸くした。
 アリシア・オーツの魅力に出資したがる者は多い。ウィルも彼女からそういった出資者の名前を聞かされていたが、エリクソンの名前は初耳だった。
 しかしアリシアは慌ててウィルの言葉を否定した。
「違うわ。ダディが私の上で本当に天に召されたとき、彼の士官学校の後輩にあたるエリクソンが、いろいろ駆け回ってくれたのよ」
「それで借りがあるってワケか」
 納得できたウィルがうなづく。先輩の、世間――特に軍部にあまり知られたくない最期を隠すために、エリクソン大将は苦労したのだろう。それが結果的に、彼女の名誉も守ったのだ。
「それにダディも彼のことは買ってて、いろいろ相談に乗ってやってくれって言われてたから。ダディがしがないモデルだった私にデザインの勉強をさせてくれたから、いまの私があるんだもの。その恩人の遺言は、ちゃんと守らなきゃね」
 そう言ってアリシアは、少し寂しげな笑みを見せた。
 ウィルとの浮気もあったが、彼女もそれなりにロックウッド大将を想っていたのだろう。そういう分け隔てなく愛情を注げる懐の深さが、彼女の魅力の一つでもあった。
「しかし何でまた、大将は盛大なパーティを開く気になったんだ?」
 しんみりした空気を嫌ったウィルは、話題を戻すために気になった点を挙げた。
 エリクソン大将は、いままでこんな大掛かりな宴会を開いたことはない。それが突然、カリストの有力者を呼ぶようなパーティを開くという。彼にどんな心境の変化があったのか。
 感傷に浸りかけていたアリシアは、ウィルの質問に寂しげだった笑みを皮肉っぽいものに変えた。
「エリクソンは退役後のことを考えてるのよ」
「退役後のこと?」
 ウィルは眉を寄せて聞き返す。アリシアは身を乗り出すと、いかにも秘密だと言わんばかりに声を潜めた。
「数年後に定年を迎える彼は、その後の活躍の場を政界に見出したようね。で、いまからその根回しをするつもりなのよ。あなたを招待したということは、何らかの手駒にするつもりなのかもしれない。気をつけた方がいいわよ」
「……いい迷惑だ」
 うんざりしたように、ウィルは口元を歪めた。ますます〈ヴァルハラ〉行きが憂鬱になる。
 〈森の精〉基地司令官は、大きな溜息を吐いてカプチーノに口をつけた。アリシアも気になっていた目の前の菓子に手を伸ばした。
 しばしのあいだ、司令官室が静かになる。
 だがその静寂は、数分もしないうちにインターホン越しに聞こえてきたクローチェ軍曹の呼びかけ――というよりは、悲鳴に近いものよって破られた。
「大佐――あ、ちょ、ちょっとーっ!」
「激写ーっ!」
 軍曹の制止する声と同時に開いたドアから、少年たちが転がり込んできた。そして、彼らの甲高い声が部屋の空気を震わせた。
「ちぇっ。『ぬれば』じゃなかったか!」
「なーんだ、つまんないのー」
 いったい何を期待していたのか――。携帯端末のカメラを構えていた少年たちは、行儀よく座っている大人たちを見て、残念そうに口を尖らせた。
「このマセガキっ!」
 息子のませた言動に、ウィルは赤面して声を張り上げた。動揺するウィルとは対照に、アリシアはただおかしそうにクスクスと笑い声を洩らす。
「アリシア! こんにちはっ」
 父親の叱咤などどこ吹く風らしいヴァルトラントは、アリシアに駆け寄ると元気よく挨拶する。
「こんにちは、ヴァルティ、ミルフィー。二人ともずいぶん背が伸びたのね。それにちょっと凛々しくなったわ」
 立ち上がったアリシアは、少年たちの前に進むと身体を屈め、彼らの柔らかな頬に唇を押しつけた。少年たちもぎこちなくキスを返す。
「うーん、でもキスはまだまだね。もっと練習しないと、彼女ができたときに呆れられちゃうわよ」
「ええっ?」
 アリシアにからかわれて目を白黒させている〈グレムリン〉たちに、思わずウィルは失笑した。ませたことは言っても、知識を行動に移すまでには至ってないようだ。
「そんなコトはどうでもイイよっ。俺らに用事があるって言うから来たのにっ」
「ないんだったら帰るよっ」
 〈グレムリン〉たちは「大人の女性」にからかわれたのが照れくさいのだろう。とにかく話題をそらそうと、声を張り上げ、頬を膨らませた。
 少年たちの抗議に、アリシアはウィルを振り返って苦笑する。そしてもう一度少年たちに向き直ると、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「そうだったわ、ごめんなさい。二人に手伝ってほしいことがあるのよ」
「手伝う?」
 きょとんとした目で少年たちは聞き返す。そんな彼らに、アリシアは〈聖夜〉のパーティで自分がやろうとしていることを説明した。
「――俺らがその『天使』をやるわけ?」
 ひと通り聞き終えたところで、ヴァルトラントが怪訝そうな顔で確認した。
「そう。ちゃんと頭数揃えてたんだけど、いまになってキャンセルされちゃって――。で、頭抱えてたところにちょうど二人を思い出して、お願いにきたってワケ」
「まさか……フリフリとかヒラヒラとか着せられるの?」
 不安げにヴァルトラントが訊ねた。確かにフリルやドレープたっぷりの服は、彼の好みではない。親であるウィルの目から見ても、息子にフリフリやヒラヒラは似合わないと思う。
 しかし五年近く少年の「スタイリスト」を務めているデザイナーは、彼の好みなど百も承知だ。「疑われて心外だ」と言わんばかりに胸を反らせた。
「私がそんな服をあなたに着せたことある?」
「……ない」
 ヴァルトラントは安堵した顔でかぶりを振った。そして今度は迷うことなく縦に首を振る。
「じゃあ、俺は手伝ってもイイよ。でもミルフィーは――」
 少年は口ごもると、金髪の相棒に目をやった。返答の続きを任されたミルフィーユは、申し訳なさそうな顔をして続けた。
「僕はムリ。〈聖夜〉はガニメデの母さんのところにいるんだ」
「えー残念っ。でも、それならしょうがないわね」
 一番の適任者に辞退され、アリシアは困ったように眉を曇らせた。だがここで退くつもりはないのか、さらに食い下がる。
「じゃあ、代わりに手伝ってくれそうな友達いない?」
「友達って――」
「急に言われても……」
 今度は少年たちが困ったように顔を見合わせた。彼らの級友はほとんどが年上で、「ちっちゃな天使」には不適格に思えた。年下となると候補は二人。だがミルフィーユと同い年のクロルは、家族でエウロパの親戚の家へ行くことが決まっている。残る一人は――。
「ハズぐらいかなぁ」
 ためらいがちにミルフィーユが名前を挙げた。それに対しヴァルトラントが眉を顰める。
「でも、彼女はどうだろう? 『うん』て言うかなぁ。大勢の前に出るのは苦手そうだし。それにハズだって、〈聖夜〉ぐらいはお母さんと過ごすんじゃないかな」
「なになに? 心当たりあるのっ?」
 議論する二人のあいだに、目を輝かせたアリシアが首を突っ込んだ。
「クラスメートの女の子なんだけど、こういう賑やかなコトは好きじゃなさそうなんだよね」
 ヴァルトラントの口調は「諦めろ」と告げている。それでもせっかく掴んだ頼みの綱を離したくないのか、アリシアは粘った。
「『なさそう』ということは、本人がはっきり『嫌い』って言ったわけじゃないのね。だったら、まだ可能性があるってことでしょ?」
「もうっ、揚げ足とらないでよー」
「そこを何とか!」
 〈グレムリン〉とデザイナーとの交渉を、ウィルはコーヒーを飲みながら傍観していた。しかし、いつまでたっても終わりそうにない不毛なやりとりに業を煮やし、思わず口を挟んだ。
「一度、話してみたってイイじゃないか。もしかしたら、手伝ってくれるかもしれんだろ」
 唐突に横槍を入れられ、三人の動きがピタリ止まる。彼らはゆっくりと発言者を振り返ると、彼の顔をまじまじと見つめた。
 数秒後、逸早く反応したのは強力な助っ人を得たアリシアだった。
「そ、そうよねっ。訊くだけ訊いてみて、それでもダメだったら諦めるわ」
 アリシアは譲歩できる条件を提示した。それでようやく〈グレムリン〉たちも折れる気になったのだろう。渋々ながらもうなづいた。
「じゃあ、一応訊いてみるよ」
「確率はかなり低いと思うけどね」
 だが一旦腰を上げると、その後のフットワークは軽い。少年たちは言い終えると、すぐさま踵を返した。
「どこへ行くんだ?」
 慌ててウィルが呼び止める。ヴァルトラントは足を止めると、振り返って答えた。
「ハズの家。今日は彼女、〈緑の館〉に来てないみたいだから」
「別に家まで行かなくてもイイだろう?」
 息子の返事にウィルは怪訝な顔をした。少女と話すだけなら通信でもできるはずだ。部屋を出る必要はない。
 ウィルの言いたいことをちゃんと悟ったらしい少年は、いつになく真面目な顔で説明する。
「お願いするんだから、モニタ越しじゃなく、きちんと会って話した方がイイでしょ?」
「……ごもっとも」
 ヴァルトラントの返答にウィルは思わず感心した。息子の考えは礼儀に適っている。
 父親はもうそれ以上息子を引き止めなかった。
「じゃあ、エビネ准尉についていってもらえ。准尉にはひとこと入れておくから」
「了解。あ、ついでに今夜は、准尉のトコに泊めてもらうことにするから!」
 そう言ってヴァルトラントは片目を瞑った。
「な――!?」
 ウィルは思わず言葉に詰まった。そしてようやく怒鳴りつけることができるようになったときには、すでに〈グレムリン〉の姿はなく――。
「ちゃんと『気遣い』のできる子に育ったわねー」
 クスクスと笑うアリシアに、〈森の精〉司令官は気まずそうなひきつり笑いを返すしかできなかった。

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