無題1-01


まだ日中の熱気を充分に残した街の中を

彼はどの街も似たようなものだな と思いながらタクシーに乗っていた。

地方都市へ出張で赴く事の多い彼にとって

既に見飽きている光景だった。

例えばこの街が昨日行った街だと言われても納得してしまうだろうほどに

ありふれた街だった。

彼はいつも、標準以上のホテルを選ぶ事にしていた。

一緒に出張した同僚に付き合って

かなり安いホテルに泊まった時に感じた不快な気分を

彼は2度と味わうつもりはなかった。

少しだけ冷房の効きすぎている部屋についた彼は、

靴を脱ぎ、上着を脱いでハンガーにかけた。

そのまま、浴室へ行き彼は顔を洗って鏡を見た。

少しだけうんざりしているような顔があった。

バッグからペーパードリップで簡単に淹れる事のできる

パックを、一緒に買った紙コップにセットして、彼はコーヒーを淹れた。

コーヒーを飲みながら、彼は出張の間持ち歩いている

B5版のノートPCに電源を入れた。

カード型のPHSでネット接続ができるようにしてあるPCだった。

32歳で離婚暦のあった彼、本田和樹は

コミニュケーションサイトで知り合った人達と

毎晩のようにチャットをしていた。

ほぼ同じ年代の人達と話すのが

彼の仕事の疲れを癒してくれていた。

メッセンジャーを起動すると、メッセージが来ていた。

『おかえり♪帰ったら声かけてね』

チャット仲間として話しているうちに二人だけで

メッセンジャーで話すようになり、今では恋人と言ってもいい

裕子からだった。

住んでいる場所は400kmほども離れていたが、既に3度ほど会っていた。

”今日はチャットはできないかもしれないな・・・”

最近では裕子はチャットでみんなと一緒に話す事を嫌っていた。

他の女性と親しく話す和樹を見ているのが裕子は嫌だった。

裕子はオンライン状態にはなっていなかったが

おそらく表示していないだけだろうと思い、和樹はメッセージを送った。

『ただいま!いる?』

『(*^o^*)オ(*^O^*)カ(*^e^*)エ(*^ー^*)リーー!』

”やっぱりいたか・・・”和樹は苦笑した。

『今日はどこからなの?』

和樹は今いる地方都市の名を告げた。

『そんなとこも行くんだ?』

『そんなとこって(^_^;)この街の人に失礼だろ?』

『だって出張なんて言ってるけど各地の女巡りしてるんじゃないでしょうね?』

『あのな(^_^;)』

『そんなわけないだろう。ちゃんと仕事してるってば』

『ほんとにー?(;¬_¬)あやしい』

『ほんとだって(^_^;)今日だっておっさんに
勝手に自分のPCに入れたソフトの事聞かれてさ』

『うん』

『そんなの知るわけないだろ!って感じだよ』

『そっかあ。大変だったね。』

『(^^)(--)(^^)(--)ウンウン ほんと勘弁して欲しい(^_^;)』

『明日はどこに行くの?』

和樹は明日向う地方都市の名を告げた。

『明日で終わりだったよね?明後日は帰る?』

『うん。帰るよ。もうしばらく出張はいいって感じ』

『だよねえ。一ヶ月だもんね』

『うん。じゃあ。今日は疲れてるから寝るよ』

『えー。もう?他の女と話すんじゃないのお?(;¬_¬)あやしい』

『(^_^;)またそんな事を・・・』

『だってさあ。和樹のルームいつも女ばっかりだし』

『そんな事ないって(^_^;)ちゃんと男だって呼んでるよ』

『じゃあ。友達登録の男女比率言ってみなさいよ』

『・・・女が4で男が1』

『ほら!やっぱり』

『そんな事ないって(^_^;)たまたまだよ』

『どうだかねえ。あやしいなあ。』

『ごめん。今日はほんとに眠いから』

『うん。わかった。じゃあまた明日ね♪』

『うん。おやすみ』

和樹はメッセンジャーを切らずにオフライン状態にした。

友達のHPを一通りまわってみるつもりだった。

『こんばんは♪まだいるんでしょ?』

チャット友達のsakiからのメッセージが来た。

『(ーー;)なんでわかるんだよ』

『だってさっきONだったでしょ?』

『今日は彼と話しないのか?』

sakiには和樹と同様にチャットで知り合った彼がいた。

『うん・・・今日は彼来れないみたい(ToT)』

『そっか。まあ。しょうがないじゃん。毎日は多分無理だろう。』

『うん。それはわかるんだけど・・・』

sakiの彼は既婚だった。既婚であるがゆえに、sakiの彼は

妻に禁止されているというほどではなかったが、

チャットやメッセンジャーで話す事をよく思われてはいなかった。

『ねえ。それよりまだ出張中なの?』

『うん。明日までだけどね』

『明日はどこに行くの?』

”今日はこれで2度目だな・・・”

和樹はまた苦笑しながら明日向う地方都市の名を告げた。

『え?それって私のとこじゃない』

『うん。そうだよ。』

『そうだよって、知ってて黙ってたの?ひどいなあ』

『(笑)だって言ったからどうなるってもんでもないし』

『お茶でも飲もうって言ってくれたっていいのにー』

『お茶でも飲もう』

『遅いわよお(笑)でもいいわ。飲んであげる♪』

『ホテルのラウンジでもいいかな?』

『いいわよ。どこのホテル?』

和樹は明日泊まる予定のホテルの名を告げた。

『上等なホテルに泊まってるわねえ。いいなあ。』

『(笑)仕事で疲れてるしね。ホテルくらいはまともなとこにしたんだ。』

待ち合わせの時間を決めて、メッセンジャーを切った。

もう、誰とも話す気になれなかった和樹はPCの電源も切った。

コーヒーをもう一杯淹れて、窓の外を見た。

車の流れを見ながら、ホテルでいつも感じる少しだけ不思議な気分を

和樹は味わっていた。

車の流れを見る事によって、この街で生活している人達と

訪問者である自分との微妙な違和感を和樹は感じていた。

”ここに俺がいる事など、彼らは知らずに日々の日常を続けているんだな・・・”



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