無題1-10



今夜泊まる宿へ和樹は着いた。

バイクを駐車場の片隅へ停めた。

バイクで1台分の駐車スペースを占領してしまうのは気が引けてしまい

和樹はいつも駐車場の片隅に停めていた。

一泊用の簡単な荷物だけを詰めたサイドバッグをシートから外すと

フロントに向って歩いて行った。


温泉街にあるかなり大きなホテルだった。

本館、東館、西館と、川を挟んで橋で繋がっているホテルだった。

建て増しを繰り返して作られたと思われるホテルの内部は

かなり複雑な構造となっていた。


部屋に落ち着いた和樹はとりあえず風呂に入る事にした。

露天風呂はかなり遠く、橋を渡らなければいけなかった。

露天風呂をあきらめた和樹は岩風呂へ入る事にした。

湯船が岩なのだろうと想像していた和樹は普通のタイルの風呂に

裏切られた気分だった。

”どこが岩風呂だよ。。”

と思いながら壁を見るとそこには巨大な岩が壁一面に積み上げられていた。


”確かに岩風呂には違いないか。。。見るだけだが”

和樹は、こんな巨大な岩をここへ積み上げた労力には感心していた。

”しかし、それ意外には何も感じないな。自然環境の中でもない巨岩を見ても

別にどうという事はないな”


部屋へ戻り、ありがちな料理を平らげた和樹は

暇を持て余していた。


PCは持ってきてはいたが、今日はネットを離れていたかった。

服に着替え、ジャケットをはおると、グラブとヘルメットを持ち和樹は部屋を出た。


バイクは駐車場の薄暗がりの中で佇んでいた。

キーを回し、スターターを押すと共にスロットルを軽く回した。

爆音と共にバイクが生命を吹き返した。

バイクにまたがり、ヘッドライトを点けると、浴衣姿で歩いている

酔客が浮かび上がった。


和樹は何故か軽い苛立ちを覚えながら、スタンドを外して、ギアを踏み込んだ。

普段よりふかし気味にスロットルを回してバイクを走らせた。

酔客は驚いて振り向いていた。


どこへ行くというあてもなくバイクを走らせた。

海岸へ10kmという標識を見た和樹はウィンカーを上げて左折した。海岸への道は

車がほとんど走っていなかった。

和樹はスロットルを一杯に回して走り続けた。


海岸と言いながら、狭い駐車場が1つあるだけだった。

自転車が2つ置いてあった。

砂浜へ歩いて行くと笑い声が聞こえた。

若い女の声だった。


和樹は声をかけた。



「よお。何してんだ?こんなとこで」



「別にーーー」




女の子の一人が言いながらビニール袋に砂を詰めていた。



明らかにろれつが回っていなかった。




”シンナーやってやがったな。こいつら”




「あたしたち15なんだあ」




聞いてもいないのに一人が言った。




「へえ。じゃあ高校生?」




「違うよお。美容師の学校行ってんの」



「ねえ。遊ぼうよお」




二人は口々に言った。




世間の常識ってやつで、この先フォローしていけるはずもない



彼女たちに説教する事は和樹にはできなかった。



かといってこれ幸いと食ってしまう性格も和樹は持ち合わせていなかった。




「また今度な。じゃあ。」



と言って和樹は駐車場へ引き返した。




「うん。ばいばああい」





50mほど歩いたところで後ろから一人が叫んだ。





ばかやろおおおお!





和樹は背中からナイフで刺されたような気分になった。



戻る