無題2-05
街で最も高いビルのさらに高いアンテナ塔から、彼は見下ろしていた。
眼下に見える全ての者を見下しているかのように
彼は見下ろしていた。
だが、その視線は以前とは違い穏やかなものとなっていた。
愛を知った彼の視線は以前の様な険しいものではなくなっていた。
周囲のビルの屋上では、彼の真似をするかのように
若鴉達が下を見下ろしていた。
若鴉のうちの一羽が彼に向って真っ直ぐに飛んできた。
なにか様子がおかしい。彼が群れる事を嫌っているので
滅多に寄っては来なかったのだが。
”どうしたんだ?そんなに慌てて”
彼は若鴉に聞いた。
”瑠璃鴉が猛鴉達にさらわれたんですよ”
”な。。。。”
彼は一瞬言葉を失った。
瑠璃鴉を既に愛してしまっている彼にとって、
それは自分の心臓を鷲づかみにされたような、そんな気持ちだった。
例えば姚鴉なら、別に構わなかっただろう。
”どこだ?どこにさらっていった?”
”神社の方へ行きました。今行ったばかりなので、まだ間に合うかも”
(何に間に合うんだよ。おい・・)
(まあ。わからないでもないが・・・)
”わかった。これは俺の問題だ。お前らは来るなよ”
彼は神社の方へ飛び立ちながら言った。
自分の好きな雌を助けに行くだけで若鴉達を巻き込みたくはなかった。
できるだけ早く飛ぼうと彼は急いで飛んだ。
だが、まるで自分が巣立ったばかりの雛鳥のように速くうまく
飛ぶことができないような感じがした。
実際の彼は鴉の限界を超えた速さで飛んでいたのだが、
焦る気持ちが、彼にそう感じさせていた。
彼の中で永遠に近いほどの時間を飛んだ頃に
やっと神社へ近づいて来た。
鴉達が神社の周りを飛んでいた。
人間から見ればそれは不気味な光景だったろうが、
彼にしてみれば鬱陶しいだけのものだった。
彼の前を塞ぐように向って来る鴉たちをかわしながら、
彼は猛鴉のところへたどりついた。
”よう。随分と早いご到着だなあ。もうちょっと遅けりゃあ
いいシーンを見せてやれたのに”
”ふざけんな。この野郎。さっさと瑠璃鴉を返せ!”
”返せと言われて返すバカがいるかよ。普段やられてる分
今日はたっぷりとお礼してやるよ。”
猛鴉のバカが御託を並べている間に彼は飛びかかろうとした。
”おい。動くなよ。動いたら瑠璃鴉がどうなるかわかんないぞ?”
”くそ。。。”
既に周りを猛鴉の仲間に囲まれていた。
”やれ!!”
猛鴉が言うなり鴉達は襲い掛かって来た。
鴉達は彼の身体中のたいたるところを突いた。
彼は目や首の急所を突かれないようにしていた
身体中を突かれている状態では、次第に体力を奪われて
かわすのが難しくなってきて
”もうだめだ。。。”
彼がそう思った時、彼への攻撃が止んだ。
若鴉達が来たのだった。
若鴉達は真っ先に瑠璃鴉を救い出してくれていた。
そして、彼に群がる鴉達と戦っていた。
”お前達、来るなと言っただろう”
”そんなわけにはいかないでしょう。この間助けてもらっておいて”
彼に瑠璃鴉がさらわれた事を告げに来た若鴉が言った。
”しょうがない奴らだな。。。”
”猛鴉をやって下さい。2度と悪さができないように”
”ああ。そのつもりだ。猛鴉!”
猛鴉を一睨みすると彼は向って行った。
”その傷で何ができるんだ?ふん”
猛鴉は既に彼に勝ったように言った。
確かにこれだけ傷ついた彼にチャンスは少ない。
一撃で再起不能にする必要があった。
彼はよろよろと猛鴉に向って飛んで行った。
”そんな状態で俺をやれる気かよ”
猛鴉がゆっくりと爪で、彼の頭を掴もうとした時、
彼はそれまでとは全く違った素早い動きに転じた。
猛鴉の爪をかわした彼は嘴で猛鴉の右目をえぐった。
”ぐぎゃああああ”
猛鴉は叫び声を上げながら落ちていった。
羽で目をかするなどという甘い事をするつもりはなかった。
片目を失った猛鴉はもう、まともに飛ぶ事も難しいだろう。
瑠璃鴉が飛んできた。
”ありがとう。助けにきてくれて”
”お前を放っておけるわけがないだろう。
それに礼なら若鴉達に言えよ。俺だけじゃあ助けられなかったよ”
”そんな事ないわよ。猛鴉をやっつけてくれたんだもん
でも、若鴉達にもお礼言わなきゃね。ありがとう”
”いや、当然ですよ。いつもお世話になってるんですから”
”世話したつもりはないんだがな”
彼がいつもの調子で言うと、瑠璃鴉が、
”またそんな事言う。だめよ。もっと愛想よくしなくちゃ”
そのセリフは既につがいとなったかのようなセリフだったが、
彼には不思議と心地よかった。
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